第1話

文字数 760文字

 都会での生活に私は疲れた。今日、解雇を知らされた。大手精密機械メーカーだったが、長引く不況の果てのことだった。私は五十歳で、三ヶ月前から契約社員として働いていた。
 それ以前は、都会の喧騒からやや離れた小さな町工場で、現場の管理主任として会社と家庭のために身を粉にして働いていた。だが、不況という名の病魔に倒産に追い込まれてしまっていた。
 私には妻と専門学校に通う娘が一人と、今年高校に入学した息子がいる。家族のこれからの生活を考えると不安ばかりがよぎる。帰宅して出迎えてくれる妻になんて言ったらいいのだろう。子供の学費はどこから捻出しようか。長年、主婦だけに専念してくれていた妻は町工場が倒産してからパートに出てくれていた。もう子供も大きいし、アルバイトなら出来る年齢だし、私も働きに出れば大丈夫よ。そんなに気を落とさないで。悩んでいたって仕方ないもの。焦らずに探せば仕事はきっと見つかるわよ。節約の勉強にもなるじゃない。大丈夫よ。と、妻は優しく言ってくれていた。子供たちも同様、私を蔑むようなことの一切を口にはせず、普段通りに振舞ってくれていた。帰宅して今回の件を報告すればまた、妻は変わらず同じことを言うだろう。不安な素振りも見せないだろう。
 
 アナウンスが終点を告げた。ドアが開いてスーツ姿の男と灰色のパーカを着た男に次いでホームに降り立った。片手に鞄を提げたサラリーマンと制服姿の学生が多い。人々の流れに合わせて、私は階段を上がって駅の中を歩き、外に出た。初秋の冷たい風に吹かれて、枯葉が足元を転がるように通り過ぎていった。吐息がほのかに白くなった。
 バスターミナルの近くでギターを演奏している若者がいた。通行人は誰も足を止めない。静かな吐息のような歌声と、そこにギターの音色が冷たい夜気に心地良く響いていた。
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