最終話B(後編)

文字数 1,608文字

えっ?
うそ……? シンイチ……?(スマホを下ろす)
なんで……? なんで私の部屋の前にシンイチがいるの……?(シンイチに近づく)
ミサト!
シンイチ!!
(ミサト、シンイチに抱きつく)
おかえり、ミサト
なんで? なんでシンイチがフランスにいるの……?
賞の発表を見てからすぐに飛んできたんだ。ついさっきこっちに着いたばっかり
なんで先に言ってくれなかったの?
サプライズにしたくて。ミサトを驚かせようと思ったんだ
私が引っ越してたらどうするつもりだったの!
ミサトをお祝いしに行くことに夢中で……そこまで考えてなかったんだ。
ミサトがさっき家変わってないって言ったのを聞いてじつはホッとしてた。ごめん
もう!
十年ぶりだね、ミサト
うん……
(ミサト、シンイチの顔に触れる)
ほんとだ……ほんとにシンイチの顔だ……変わってない
ミサトだって変わってないよ。以前の生意気そうな可愛い顔のまま
なによそれ。ほめてないでしょ
(お互い微笑)
あのさ、シンイチ
二年も連絡してなかったのに、どうしてすぐ来てくれたの
待つ、って決めたんだ。ミサトの夢がかなうまで、いつまでも
僕はミサトの夢を――ミサトのことを、ずっと応援したかったから
ミサトをフランスで独りにさせたくない気持ちもあったよ。けど僕はミサトに夢をあきらめてほしくなかった。僕がミサトに会うことが、ミサトが夢を捨てるきっかけになったらいけないと思ったんだ
だから二年前のあの日から、僕は、ミサトのことを日本でいつまでも信じて待つことにした
いつまでもって……もし私が十年たっても二十年たっても画家になれなかったらどうするの
待つよ
十年でも二十年でも。一生でも
一生って、そんなの……
私なんかのために自分の人生、棒にふる気だったの……?
違う。ミサトだから僕は、自分の人生を賭けたいと思ったんだ
僕はミサトの夢が好きだから、ミサトを応援することが自分の人生だと信じられた。ミサトが夢をかなえるためなら、僕はどれだけ犠牲になってもいい。そう思えたんだ
そんなの……そんなの……!
卒業の時にミサト言ってたよね。「フランス国際美術賞の最高賞を獲るの」って
で、次の年からヨーロッパの各地で個展を開いて、タイムズ紙の「今年の人」に選ばれて、堂々帰国。日本を代表する現代アーティストの一人になる! って
僕はまだ、その夢を信じてるよ
シンイチ……
バカじゃん……。私の言った妄想なんか真に受けて……
そうかな?
そうだよ。ぜったいそう!
シンイチはバカ! 世界一のバカ!
ハハ。バカでも世界一ならいいかな
そういうお気楽なところがバカなの!
うん。ごめんミサト。バカでごめん
ほんとバカ……
あ、そうそう。これ
お祝いの花束、持ってきたよ
あっ、アスターの花!
私の好きな花、覚えててくれたの?
もちろん。約束だったからね。ミサトが画家になったときに、アスターの花束を渡すって
十年間フランスでがんばったミサトへ。おめでとう
シンイチ……
うん。ありがとう
(ミサト、花束を受け取って涙ぐむ)
きれいな紫色……。やば。私今日泣いてばっか……
顔グシャグシャだよ
絶対メイク落ちてる……。せっかく先生の奥さんから借りたのに
化粧品?
買うお金ないもん
もしかして、このドレスも?
うん。今日の発表会のことを先生に伝えたら、奥さんが用意してくれたの
これがなかったら私、Tシャツで表彰式行くとこだった
(自嘲ぎみに笑うミサトに、シンイチは優しく微笑みかける)
キレイだよ、ミサト
……
シンイチ
うん
(ミサト、花束を片手に再び抱きつく)
好き
大好き
うん
僕も好きだ、ミサト
今日一日夢みたい……。目が覚めたら全部もとに戻ってそうで怖い
大丈夫。これからはずっとミサトのそばにいるから
本当?
うん
私、絵しかできないし、わがままだし、すぐケンカしちゃうめんどくさい女だよ
知ってる。そんなミサトが好きなんだ
シンイチ……
いままで独りにさせてごめん。一生幸せにする
うん……






【Happy now and forever…】
おわり
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

二浪の後、芸大に入学。卒業後は単身、フランスに渡る。油彩画が得意。画家を目ざして縁もゆかりもない地で奮闘する。絵のことを語りだすと一晩中止まらない。

ミサトと同い年の芸大仲間。卒業後、家具のデザイン会社に就職する。世界的な画家になりたいという大きな夢を持つミサトのことを応援している。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色