第1話 二十四歳

文字数 1,500文字

(スマートフォンでの通話)
卒業おめでとう
おめでとー

今日はごめんね、先に帰っちゃって

就職先の会社から急に呼ばれたんだ

いいよいいよ。また二人で卒業パーティやろ

それよりも――

ついにきたね、この日が

卒業式?
ちがうよー
私が世界的な画家になるための第一歩、芸大の卒業式が!
卒業式じゃん
もう。わかってないなーシンイチ君は
「私が世界的な画家になるための第一歩」っていう修飾語が重要なの!
修飾語?
まあミサトが画家になりたいっていう気持ちは十分すぎるほど伝わるよ
でしょ
卒業試験も審査員特別賞だったし
そう! 狙ってたの!
不思議だね。うちの学校じゃ、最優秀賞より特別賞の方が将来プロで活躍する人が多いっていう
私も優等生的な作品じゃなくて、もっとトガった油彩が好きだったから
そういう思いで描いたら、ほんとに獲っちゃった
ミサト、才能あるよ
ふふ、まあねー
もっと言って。もっと言って
ミサト才能あるよー。ミサト才能あるよー
ほんっっっっと、私って才能の塊よね
ってことで私、フランスに行ってくるから
ほんとにフランスへ行くんだね。怖くない?
ぜんぜん。なんで?
ひとりで海外なんて、よく行けるなって
しかも就労ビザとって長期滞在って。僕は不安でしかたがないよ
フランスに滞在できるビザとれるなんて奇跡的だよ?
こんなチャンスもう二度とないんだから、いま行かないと
それに私は、自分のやりたいことをしにいくだけだから
すごいね、その行動力。僕も見習わないと
僕だって油絵を描いてたけど、ミサトみたいにわき目もふらず徹底して、っていうことができなかった
でもシンイチ、家具のデザイン会社に就職するのもすごいと思う

まだ小さい会社だけど、個性的なデザインで大手企業から引っぱりだこなんでしょ


たまたま。運がよかっただけだよ
それよりミサトのほうがよっぽどすごいよ。僕はずっとミサトの絵に対する情熱を間近でみてきたから、よくわかる
ミサトはぜったい画家になるよ
ふふーん。でしょ? なにせ私には、千種類以上の絵の構想があるから!
とりあえず小さな賞への応募から始めて、弱冠二十七歳でフランス国際美術賞の最高賞を獲るの
で、二十八からヨーロッパの各地で個展を開きつつ、二十九でタイムズ紙の「今年の人」に選ばれて、三十歳で堂々帰国! 日本を代表する現代アーティストの一人になるの!
人生設計バッチリだね
もちろん。目標は具体的にしないとね
もしフランスで賞獲ったら花束持っていくよ。ミサトの好きな、アスターの花も入れて
あ、覚えててくれたの? ありがと~!
でもひとつだけ心配だなぁ
ん? なにが?
ミサト、ちゃんと自炊できる?
ジスイ……
な、なんの話かしら……よくわからないわ……
ほら、前にうちで目玉焼き作ってくれたこと、あったでしょ。あれが
ちがう! あれは失敗作だから!
玉子が上手く割れなくて、殻が玉子に入っちゃって、フライパンに油をひくのを忘れて、目を離したすきに焼けすぎて、塩と砂糖をまちがえて、最後床に落としちゃっただけだから!
だけ……
じゃあ、どんなのをつくる予定?
えーと、例えば、その……お湯を入れて、三分でできあがり? みたいな?
あ、三分で、お湯を捨てて、できあがり? とか
……健康、気をつけてね
……うん
マジレスされても……
でも、ほんとにがんばってね
あっちじゃスリが多いみたいだから。外出するとき気をつけて
うん。気をつける
ってか、なにその現地情報
ほんとだよ。フランスへ旅行にいった知り合いから聞いたんだ
カバン開けっ放しにしたまま、町を歩いちゃだめだよ
肝に銘じます
よろしい。(笑)
(笑)
それより絵。応援してるから
ミサトの絵は他の人じゃ絶対マネできないから。自信もって
うん
シンイチ、ありがと
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登場人物紹介

二浪の後、芸大に入学。卒業後は単身、フランスに渡る。油彩画が得意。画家を目ざして縁もゆかりもない地で奮闘する。絵のことを語りだすと一晩中止まらない。

ミサトと同い年の芸大仲間。卒業後、家具のデザイン会社に就職する。世界的な画家になりたいという大きな夢を持つミサトのことを応援している。

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