放送禁止!峠最速応援歌

文字数 1,185文字

『俺、明日あの曲をオンエアするよ』ーー

 同業者で同じバンドのファンである村田に、俺はメッセージを送る。
 しばらくして返ってきたのは『やめとけ』の一言だった。

 アナウンサーの俺は、あるバンドのファンをやっている。ただの地味な1ファンだったのだが、新入社員歓迎会のとき一発芸でそのバンドのボーカル真似をしたら、上司に気に入られてしまった。
 それ以降、事あるごとにテレビでそのバンドの歌を歌う羽目になってしまったのだが、今日はそんなことはどうでもいい。
 今朝、ネットの地方新聞で見た情報。アナウンサーならば日々細かいニュースまで目を通すのが仕事なのだがーー俺が尊敬するバンドのボーカルのお姉さんの記事を偶然見かけた。
 お姉さんはパン屋を営んでいるのだが、なんでも長野の山奥の工房から毎日山を下って麓のホテルや旅館などに納品するという。
 ……山を下って? まさか!
 俺は数年前見たような気がした記事を探す。俺のうっすらとした記憶が確かだったらあるはずだ。『峠の魔女伝説』が。
 あったーー峠の魔女。なんでも長野の山に法定速度ギリギリですごいドライブテクニックを持った軽トラックが出没するという話。一瞬で後ろにつかれ抜き去られるらしく、一部では某走り屋漫画に触発されたファンが真似をしているのではないかとちょっとした問題になっていた。しかし、事故などないし、法定速度を遵守している上に交通マナーは問題なかったようで、ただの『なんとなく不気味な車の噂』としてまとめられていたのだ。
 まさか、この『峠の魔女』が俺の大好きなバンドのボーカルのお姉さん……?
 気になったことは確かめなくてはならない。それが報道の仕事だ。だから俺は、自身が持っている関東ローカルのラジオ番組で職権乱用することにした。
 あの曲を流せばきっとわかる。走り屋漫画に触発されているとしたらきっと、お姉さんは反応する。いつもより早くパンを納品するだろう。まぁ、運転中にラジオを聞いていれば、という前提は必要だが。
 地元のホテルでは、いつも朝3:00にパンが届けられることを確認している。車を運転しているのはそれより早い時刻……。ギリギリラジオの放送停止時間前だ。

『あの曲は事故を誘発しかねないから、ラジオでのオンエアは禁止されているだろ。ましてや深夜だったら大問題だ』
『止めるな、村田。俺はあのテクノサウンドを公の電波で流さないといけない』
『止めるって。ある意味事故誘発のテロだぞ。お姉さんを犯罪者にしたいのか? そもそも放送倫理に反する』

「……む」

 さすがに放送倫理を無視したり、お姉さんを犯罪者にするわけにはいかない。推しのお姉さんに事故に遭ったりしてほしくはない。村田の言葉を俺は静かに受け取った。
 しかし気になる。お姉さんは果たして本当に『峠の魔女』なのか? 
 ーー俺の知りたい真実は、いつも闇の中なのである。
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