第7話

文字数 2,739文字

いよいよ試験当日を迎え、不安と緊張の中で会場へと行く。
ここまでの勉強の成果を精一杯に振り絞り答案を埋めていく。

試験が終わり、体の力がスッと抜けていくのが全身で分かった。
「よし」その言葉通り中々の出来だったと自分でもわかる。
帰路に何気なくいつものカフェに1人でより、いつもの席に案内をされる。
1人で来るのは初めてで3人だった空間に1人で座るのはどこか寂しくやけに広く感じた。
店員さんに注文をした後にふと口から出た言葉に自分でも驚く。
「優香ってどんな子でしたか」
今まで何度か和馬と2人でこのカフェには足を運んでいたが一度も聞いた事がなかった。
優香について知りたい。そう思っていながらなぜ聞かなかったのかと自分に呆れながらも店員さんの答えを待つ。

「とにかく明るい子だったよ。」
「そうですよね。」
いつも通りの答えかと少しの安心と口に出したことへの後悔を感じていると
「でも、」
続きがある事に驚き再度目を見開いて店員さんを見つめる。
「あまり家庭環境は良くなかったみたい。」
その言葉にやはりと思いながらも、自然と言葉を続けていた。
「どうしてですか?」
「何度か泣きながらバイトに来た事があったんだよ。その度に早く家を出たいって言っていたかな。特にここ一年くらいはそれが多かったように感じるよ。」
「そうなんですか。家で何があったかは言ってませんでしたか?」
「そこまではわからないよ。でも、優香ちゃんからは君たちには言わないで欲しいって言われてたんだ。だから優香ちゃんに怒られちゃうかもしれないね」
そう言って店員さんは仕事へと戻る。
知らなかった。一緒にいてもそんな様子は一度も見た事がなかったし、バイト先に泣きながら行くなんてきっとよっぽどの事があったんだろうと思う。

家に帰ってからも店員さんの言っていた事と今まで見てきた優香の様子が頭の中を巡る。
何度考えてもやはりイメージが合わないと感じながらも、やはり僕は何も知らなかったんだと思い知らされる。

次の日になってから昨日の事は一度忘れ、今取り組むべき事に目を向ける。自己採点だ。
試験の結果次第でこれからの人生が大きく変わると思いながら自己採点をする。
「よかった」
安心と共に嬉しさが込み上げてくる。
今まで受けた模試を超えるほどの出来で試験を終える事ができていた事に驚きながらもひとまずやれる事はやれたという思いで胸がいっぱいになる。
後は合否の結果を待つだけだと思いながら家族にひとまずの結果をLINEで知らせる。

夜になって、僕は母さんに名前の由来を聞いた。今までにも聞いたことはあったけれど、改めて今このタイミングで知りたいと思った。
「どうしてしずくなの?」
母は少し笑いながら、けれど真剣にすぐに答えてくれた
「あなたたちはね希望なの。もちろん私たちにとっての希望でもあるけれど色々な人の希望になって欲しかった。ひなたはみんなを明るい場所へと連れて行けるような太陽の人になって欲しかったし、しずくには色んな悲しみや辛さを包み込むような海になって欲しかったの。」
「じゃあどうしてひらがななの?」
僕はこの名前が好きじゃなかった。せめて漢字だったら思ったことだってあったくらいだ。
「それはね、より多くの人の希望になってほしい。子どもも大人も、漢字が読める人もそうじゃない人も。ひらがなにしたら少しでも多くの人に2人が希望を与えられると思ったのよ。」
知らなかった。ひらがなにした理由なんて大してないと思っていたけれどちゃんと意味はあったし理由を聞いて良かったと思えた。
「ありがとう」
理由を教えてくれたこと、この名前をつけてくれた事に感謝を伝えた。

僕はこの名前の通りに誰かの希望になる事が出来ているのだろうか。僕は僕自身の事もきっと理解できていない。そんな僕はカウンセラーとして人の痛みを解ることのできる人になれるのだろうか。
なにより、優香にとっての希望に僕はなれていたのだろうか。
少しでもなれていたらと思いながら、これから先の人生は名前に負けないくらい大きな海のように色々な人の痛みや辛さを包み込める人になっていこうと胸に誓った。

しばらくして試験の結果を知る。合格だ。
初めて進学校に入学してよかったと思った。
途中で志望校を変えたにも関わらず無事に合格できた事はきっと今までコツコツと勉強をしてきた成果だと思う。
無事に合格できた事で残りの高校生活は少しは気楽に過ごす事ができる。
そんな思いで和馬にLINEを送る。

「受かったよ」
「おめでとう!さすがだ!」
「ありがとう。空いてる日カフェでも行かない?」
「いいね、ちょうど俺も話したい事があったんだ」

高校三年生の三学期という事もあってあまり学校に行く事もなく和馬と会う事もかなり減っていた。
久しぶりに会うことへの喜びと共に和馬からの話したい事が気になった。
和馬はいつも気さくでどんな話にも上手く合わせてくれるやつだった。
そんな和馬から改まって話があると言われるとどこか違和感を感じる。
受験が終わってひと段落ついたこのタイミングでの話と言われるとどうしても優香のことだと感じてしまう。
何か大事なこと、優香のもう一つの生活について和馬は何か知っているか、もしくは何か気付いていたのかもしれない。



待ち合わせの時間通りにカフェへと着くと、和馬の姿はまだなかった数分遅れて到着した和馬に手を振り、久しぶりと言った軽い無駄話をしてから店内へと入る。
いつもの席に案内をされ、2人ともメロンソーダを頼む。

「合格おめでとう!」
「ありがとう」
和馬からの祝福を受けて改めて僕の進路が確定したのだと身に染みる。
それから少し、しばらく会っていなかった間の話をする。和馬は大学の野球部の練習に参加したりと何かと忙しい日々を送っていたらしく、試験勉強だけが高校生の姿ではないんだと知る。

少し無言が続きどちらから話を切り出そうかというタイミングで和馬が口を開く。
「優香のことなんだけど」
思った通りと言わんばかりに僕はじっと和馬の目を見つめて次の言葉を待つ。
「勝手にこんな事言って良いのかわからないけど、家庭環境が酷かったらしい。前に優香と仲の良かった子と話をしてそこで聞いた事だけど、日頃から暴力を受けて虐待の中で育ってるって噂があったらしい」
少し腑に落ちた気がした。僕たちには見せていなかった生活のこと、店員さんが言っていた話のこと、あれらは全部優香が家庭で受けていた虐待が関係していたのかもしれない。
そのまま、和馬は話を続けて3人で過ごした期間、優香がいたあの頃の事の出来事の中で不思議に感じていた事が少しずつ解消されていく。

それと同時に僕が知ろうとしている事が優香にとって本当は知って欲しくない事なのかもしれないという気持ちが頭によぎっていく。
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