第12話

文字数 3,187文字

泣きながらカフェの中に入ると店長が何も聞かずに人の少ない席に案内をしてくれる。
すぐにメロンソーダが運ばれてきて
「ゆっくりしていきな」
そう優しく言ってくれる。こんな人が父だったら良かったのに。そう思いながらメロンソーダを飲む。
店長は今日も何があったのかは聞かず私が口を開くのを待ってくれている。
でも私は家での事は言う事ができないまま少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「ありがとうございます落ち着きました」
「良かった何かあればいつでも聞くから困った時はすぐここにおいで」
店長の優しさに感謝しながらお会計をしようとすると
「お金はいいよ」
そう言って店長はニコッと笑ってくれる。「でも、」と口にするが店長は笑顔で頷いてくれたのを見て私は言葉に甘える。

家に着くと父はもう寝ていて、母から
「ごめんね、大丈夫だった?」と聞かれる。
何度も離婚をしてくれたらと思うこともあったし、母も手を挙げられているのだからと直接母に言ったこともあった。
「お父さんは本当はきっと優香のこと応援してるんだよ。少し不器用なだけだよ。」そう言ってかわされてしまったことがあった。
どうしてと思う事は今でもあるけれど母もきっと怖い思いをしているし、まだ小さい弟の面倒で大変だからと思うようにしていた。

部屋に戻ってからしずくとの1日を思い出して少し切ない気持ちになりながらもまた明日からの非現実に期待を寄せながら眠りにつく。

父がいない時には母に良く学校の話をした。
今年に入ってから仲良くなった2人のことも母には伝えた。
「私ね今好きな人がいるんだ」
「どんな人なの?」
「名前がね、素敵なの。それに話していてすごく楽しくて嬉しいことがあったり好きなことを話してる時にはいつも手振り身振りが多くなってかわいいんだよ。たぶん本人は気付いてないけど!」
「そっか素敵な子なんだね」
「うん!」
そんなやりとりをしながらもうすぐ行く和馬の野球観戦に何着て行こうかなんて考えていた。




7月になって和馬の応援にしずくと行く事になった。
その日は真夏日で日差しの強い日だったけど私は変わらずに長袖を着ていった。
半袖を着ようかと一瞬思ったけれど、先日の肩を叩かれた事が頭に浮かんですぐにラックにかかっている長袖のシャツを手に取った。

27年ぶりの準決勝という事もあって思っていた以上に応援に来ている人が多かった。クラスメイトの姿もチラホラと見えていたけど試合が始まればそんな事は気にならず、見入っている私がいた。

グラウンドにいる和馬はいつもとは違った表情で必死にボールを追いかける姿に感動していた。
ふと応援に来ていた吹奏楽部に目が行きそこでトランペットを吹く自分の姿を思い浮かべる。
私の人生がほんの少し違っていたらあの中に混ざって一緒に汗を流せていたかもしれない。
和馬の様に泥だらけにはならないけどスタンドから大きな音で応援を響かせていたかもしれない。そんな事を思いながら私は一体何を頑張っていて何のために生きているのか、そんなことまで感じてしまう。

横を見ると必死に応援するしずくの姿があった。
しずくがいるからきっと今私は救われてる、1人だったらきっと壊れてしまっていた。そんな気がする。

野球のことはあまりわからないけれど、後少しのところで負けてしまったことは私でもわかった。
その後少しのために必死に和馬たちは戦っていたことも。

試合が終わった時に気が付けば自然と涙が流れていた。
もちろん試合には感動した。でもそれ以上に私の生活と照らし合わせた時にグラウンドにいる選手もスタンドにいる人たちもみんなが眩しく輝いて見えて、私だけがこの空間の中で唯一輝きのないものとして感じていた。
何のために生きてるのか、私なんかがこの場にいていいのか。誰からも必要とされていないしきっとこんなふうに誰かを感動させることなんてこの先一度もないと思う。
もし2人が私を必要としてくれていたら良いなそんな事を思っていると自然と涙が流れていた。

それと同時に、少しでも可能性があるなら私も輝ける瞬間に出会いたいと思っていた。
私の将来の夢、カウンセラーになって誰かの役に立てたなら私も輝く事ができるかもしれない。
残りの期間で必死に勉強して大学に行ってそこから大学院に行って、資格を持ってカウンセラーになる。頑張れば今からだって間に合うはず。

「お店寄ってく?」
しずくを誘って球場を後にした私たちは一緒にいつものカフェへと行く。
和馬の試合を見てやっぱりカウンセラーになりたいと思った事を伝えてそれをしずくが応援してくれたのが嬉しくて、つい早く家を出たいなんて口にしていた。しずくはバイトもしてるんだから家だって出れると言ってくれたけど、実際はそんな簡単な事じゃなくてこのまま家での事を静かに打ち明けてみようかと言葉を続けようとしたところで止めてしまう。

もししずくが私の生活を知ったらきっと今までの様には過ごせなくなってしまう。
これからはきっと気を遣われながら過ごす事になるし、もしかしたら私の事を嫌いになっちゃうかもしれない。そうなるくらいなら私のもう一つの生活は隠し続けて、このまんまの関係が続けばいいなと思ってしまった。
しずくが私をどんな風に思ってくれてるのかはわからない。
でも私はしずくのことが好きだから。どうしても嫌われたくなかった。

しずくの将来について聞いたら羨ましいと言われた。
私が言ってないのだから当然だけど何もわかってもらえてないと思うと少しショックですぐにそんなことないと伝えた。
それでもしずくは羨ましいと言ったから、知られたくない、でもわかってほしいそんな思いから強く当たってしまった。
しずくがごめんと言ったのを聞いて私もすぐさま謝る。
しずくは何も悪い事を言っていない。それなのに強く当たってしまったことに深く反省をする。

確かにやりたいことはあるからしずくにとってはそれが羨ましかったのかもしれないけれど、私からすれば羨ましく思われる部分なんて一つもなかった。それどころか隠したいと思うくらいに恥ずかしい生活があるだけで、その現実がとにかく嫌だった。

その後すぐに和馬の試合の話題になって気まずくなる事もなく会話が続いた。

家に帰ってから色々なことを考えた。今日の和馬や他の選手、スタンドにいた人たちが輝いて見えたこと、これから私がそんな風になっていけるのかという不安。

もしこれから先も輝く瞬間が訪れないのなら、今の幸せな時間は私にとってのピークなんじゃないかそんなことさえ思えた。
もしもそうなのだとしたらこの幸せの中でいなくなりたい。そうすればきっと2人は私のことを忘れないでいてくれるだろうし、それが何よりも今の私にとっては嬉しいことの様に感じた。

ふとテレビの横にあったコードを見て今まで考えたことのなかったイメージが頭に浮かぶ。
すぐに馬鹿馬鹿しいと思ってそのイメージを捨てようするけれどなかなか離れてくれない。
別のことを考えようと思って今日静かに話した内容を思い浮かべる。

私は本当にカウンセラーになれるのかな。そもそも大学に進むことはできるのかなそんな事を考えながらどんなふうに親を説得しようかなんてことを考え始める。
きっと学校での私なら何とかなると言って明るく解決しようとするのだろうけど家の中の私ではそんな簡単に捉えることはできない。

そんなことを考えているうちに先ほどまでの悪いイメージは頭から無くなり気が付けば眠りについていた。



それから夏休みになって私たちは3人で過ごす時間が今までよりも多くなっていた。
一緒にカラオケにいったり私のわがままで水族館に行ったりもした。
とにかく毎日が楽しくて、高校生活がこのままずっと続いてくれればいいなとか、私の生活を塗り潰すくらいたくさんの思い出ができたらいいなと思っていた。
相変わらず家での生活は辛くて嫌なことばかりだったけど。
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