三月三十日 曇り(宴当日)①
文字数 1,638文字
助手役を仰せつかっていれば、今頃は某所で宴とやらの準備を手伝っていたことだろう。その方がヤキモキすることもないし、きっと愉しい。だが、茜が今いるのは指定通りの新荒川大橋である。一応、お昼は済ませてきてはいるが、上の空だったこともあり、イマイチ食事した記憶がない。満腹なのに、どこか満たされないものを感じてしまうのは、傍に誰かがいないから、だろうか。
三月五週目の日曜日は彼女の心持ちを映すが如く、曇天。十三時半ともなれば春の陽気に満ちていても良さそうな時間だが、寒気が逆戻りしたように肌寒い。今から早くて三十分後に何かが起こる。だが、この寒さの中を、三十分も待たなければいけないのか。茜は今更ながら呟いてみる。「花冷えでも何でも、家族と一緒に花見に行った方が良かった、かな」
橋の歩道に留まる人がチラホラいることに気付いたのはそれから数分後。その後も紙やボトルを手にはせずとも、見物客らしい人々がどこからともなく集まってきて、上流側を中心に歩道を埋め始めた。
確たる予感はなかったが、もしかしたら、というのはあった。土手上の一隅に自転車を停めてから、本流の上あたりまで歩いてきていた茜である。首尾よく、そのまま人垣に納まる恰好になり、来るべき刻に備えている。予定時刻の十分前には、すっかり人が増えていて、心の隙間を埋めるように、人と人の間隔も狭まっていくのだった。もう、何だかんだ言ってはいられない。お役を果たすべく、スタンバイするばかりである。
気が付いたら定刻になっていた。いったいどうしてこれだけの人が集まったのか、疑問がふくらんでくる。隣のカップルに聞いてみるか、それとも・・・
ここで会話の一つ二つ交わせば、ちょっとしたつながりができ、発案者の思惑に適うことにもなるかも知れない。だが、グループで来ている場合は別として、周りを見回す限り、今ここにいる者どうしでの会話というのは特にない。現時点では、とりあえず集まった、ただそれだけである。
「シンタさんの狙い、ちょっとハズレ?」
可笑しいやら、情けないやら、茜は胸中複雑になってきた。不意のドキドキを押さえ込みながら、動画撮影モードに入る。落としたらえらいことになるから、余計に鼓動が高まってくる。宴というのも罪なものだ。
もともと渋滞しがちだが、車道を通るクルマの列もこの人だかりに気をとられているようで、ノロノロに拍車がかかっている。当然のことながら、取材関係者の到着も遅れる。茜の近くが何やら騒々しくなったのは、その一つ、どこかのローカル局だかが来たためである。
宴タイムがまだ始まっていないことを確認すると、女性レポーターはカメラに向かって、こう切り出す。
「はい、現場に到着しました。果たしてその宴というのは何なのか、これからカメラで追ってみようと思います・・・」
いったんブレイクが入ったのがわかったので、茜は思いきって質問してみることにした。言うなれば逆インタビューである。
「って、このこと何で知ったんですか?」
「地元の某有名ブログとか、番組宛の投稿とか、よ。お嬢さんは?」
「これ、です」
レポーターは、してやったりの笑みを見せると、カメラに指示を出し、殊更に騒ぎ立てる。
「おーっ! 皆さん、見てください。これがそのメッセージボトルの現物です。お嬢さん、これどちらで?」
「スミマセン。その宴の方、記録したいんで、ちょっと・・・」
決して悪い気はしなかったのだが、インタビューにつきあってると、いずれは新太の話になってしまいそうだし、とにかくミッション優先だったのでこの返し。ついキッパリとやってしまった。
生中継ではなかったらしく、今のやりとりはボツ扱いということで済んだようだ。茜が一礼すると、レポーターさんは何も言わず、さっさと移動してしまった。平穏は戻り、時の流れと川の流れが同期し始める。近所では、ボトルの実物がどうのこうのと盛り上がっているようだが、茜は飄然とその刻を待っている。
三月五週目の日曜日は彼女の心持ちを映すが如く、曇天。十三時半ともなれば春の陽気に満ちていても良さそうな時間だが、寒気が逆戻りしたように肌寒い。今から早くて三十分後に何かが起こる。だが、この寒さの中を、三十分も待たなければいけないのか。茜は今更ながら呟いてみる。「花冷えでも何でも、家族と一緒に花見に行った方が良かった、かな」
橋の歩道に留まる人がチラホラいることに気付いたのはそれから数分後。その後も紙やボトルを手にはせずとも、見物客らしい人々がどこからともなく集まってきて、上流側を中心に歩道を埋め始めた。
確たる予感はなかったが、もしかしたら、というのはあった。土手上の一隅に自転車を停めてから、本流の上あたりまで歩いてきていた茜である。首尾よく、そのまま人垣に納まる恰好になり、来るべき刻に備えている。予定時刻の十分前には、すっかり人が増えていて、心の隙間を埋めるように、人と人の間隔も狭まっていくのだった。もう、何だかんだ言ってはいられない。お役を果たすべく、スタンバイするばかりである。
気が付いたら定刻になっていた。いったいどうしてこれだけの人が集まったのか、疑問がふくらんでくる。隣のカップルに聞いてみるか、それとも・・・
ここで会話の一つ二つ交わせば、ちょっとしたつながりができ、発案者の思惑に適うことにもなるかも知れない。だが、グループで来ている場合は別として、周りを見回す限り、今ここにいる者どうしでの会話というのは特にない。現時点では、とりあえず集まった、ただそれだけである。
「シンタさんの狙い、ちょっとハズレ?」
可笑しいやら、情けないやら、茜は胸中複雑になってきた。不意のドキドキを押さえ込みながら、動画撮影モードに入る。落としたらえらいことになるから、余計に鼓動が高まってくる。宴というのも罪なものだ。
もともと渋滞しがちだが、車道を通るクルマの列もこの人だかりに気をとられているようで、ノロノロに拍車がかかっている。当然のことながら、取材関係者の到着も遅れる。茜の近くが何やら騒々しくなったのは、その一つ、どこかのローカル局だかが来たためである。
宴タイムがまだ始まっていないことを確認すると、女性レポーターはカメラに向かって、こう切り出す。
「はい、現場に到着しました。果たしてその宴というのは何なのか、これからカメラで追ってみようと思います・・・」
いったんブレイクが入ったのがわかったので、茜は思いきって質問してみることにした。言うなれば逆インタビューである。
「って、このこと何で知ったんですか?」
「地元の某有名ブログとか、番組宛の投稿とか、よ。お嬢さんは?」
「これ、です」
レポーターは、してやったりの笑みを見せると、カメラに指示を出し、殊更に騒ぎ立てる。
「おーっ! 皆さん、見てください。これがそのメッセージボトルの現物です。お嬢さん、これどちらで?」
「スミマセン。その宴の方、記録したいんで、ちょっと・・・」
決して悪い気はしなかったのだが、インタビューにつきあってると、いずれは新太の話になってしまいそうだし、とにかくミッション優先だったのでこの返し。ついキッパリとやってしまった。
生中継ではなかったらしく、今のやりとりはボツ扱いということで済んだようだ。茜が一礼すると、レポーターさんは何も言わず、さっさと移動してしまった。平穏は戻り、時の流れと川の流れが同期し始める。近所では、ボトルの実物がどうのこうのと盛り上がっているようだが、茜は飄然とその刻を待っている。