第1話 四月 ピンクリップクリームの話
文字数 3,044文字
店先の花壇に若葉が芽を出した。
店主のクラシック・クロフォードはそれを愛らしく見つめて小さめのじょうろで水をやる。
「もっと大きくなって花をさかせてね」
金の胸までの髪は透けるようなハニーブロンド、その髪を前でゆるく結わえて緑のリボンで垂らしている。
背は高く、そのため踵が低い、ローヒールを履いていた。
目の色は湖のような深い青。なんでも見透かすかのようだ。
背が高いが、細めの彼は黒いシャツにピンクのスカーフをまとって細身のジーンズを履いていた。
白い肌によく映える、赤い口紅をつけ、切れ長の目に金のアイシャドウを控えめに入れている。
ダイアモンドに見えるプチネックレスをつけ、耳にも同じピアスをつけている。
偽物か本物かは、本人のみぞ知る。
第一、クラシック・クロフォードはこのアクセサリーしかつけない。
ぱっと見、とても綺麗なお姉さん。でも胸はない。
彼は店のシャッターを開けてガラスをさっと拭くと店番を始めた。
この店は六畳程度の小じんまりした店だった。
何の店かというと、なんでもある、雑貨屋さん。店の名前は「ウォーターライト」だ。
おもに女の子を対象にした小物を扱っているが、鍋もあるしなぜか異国の豚の貯金箱もある。
駅前から少し外れた道にある、少し変わった店だ。
この店の店長、クラシック・クロフォードは店の両脇に「本日開店」というのぼりと「貴方の願い、かなえます」というのぼりをたてた。
今日は月曜日、さて、こののぼりでどんなお客様がきてくださるのやら。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
クラシックは満面の笑みで席をたち入ってきた少女たち二人を見た。
女の子たちは、一人は髪が長い勝ち気そうな感じで、もう一人はおとなしそうな女の子だった。
「あの……。外ののぼりを見てきたんですけど」
「ああ、そうなの。この店、今日開店したんだ。よろしくね。かわいい御客さんは大歓迎だよ」
クラシックはウィンクをして微笑んだ。
そんなことをしてもキザにも嫌味にもならないくらい、彼の美貌と相まって決まっていた。
店に入ってきた女の子たちは、この美貌の店主に一瞬めんくらい、数秒かたまった。
「や、やっぱり出直そうよ、ルシェール」
気の弱そうな女の子がルシェールと呼ばれた女の子のそでをひく。
しかし、ルシェールは意を決してクラシックに言った。
「あ、貴方……お…男の人なのよね……?」
「そうだよ」
「じゃあ、なんでそんなかっこしてるの?」
クラシックは肩をすくめて残念そうな顔をした。
「いまどきでもそんな事いう子っているんだね。これは個人の自由だよ。ほら、口紅もリボンもかわいいし綺麗じゃないか。
そういうものって見てて気持ちがいいと思わない?」
「お……思う」
ルシェールは少し赤くなった。
「でしょう? だからだよ。ピンクのスカーフもかわいい色だし」
そう言ってクラシックはにっこりと笑って片手でスカーフの端を少し持ち上げた。
「まあ、普通の男はこの良さが分からないけどね。若いうちに堪能しておける事はしておかなくちゃね」
ルシェールが店の中を見ると、確かにメルヘン調の小物なども置いてあり、かわいいものが多い。
そこでルシェールは隣の女の子に肘で合図した。
「ほら。リラ。貴女の用事でしょ」
「うん」
そう言って、彼女、ショートカットの髪のリラはクラシックの前へと出た。
「私、さっき店の前を通って『貴女の願い、かなえます』っていうのぼりをみたの」
「うん」
クラシックは腕を組んで少し微笑んだ。
「あれが見えたんだ。で、話っていうのは?」
リラは胸の前で手を組むとクラシックに訴えた。
「私、告白したい人がいるんです。でも勇気がなくて出来なくて。かなえる方法があるなら教えてほしいんです」
少し赤くなってリラはクラシックの目を見た。
「ふーん。いいねえ、かわいいねえ。こういうのって素敵だね。私にはすぎさった若葉たちの恋!」
「あ、あの……」
「いいよ、協力しちゃう。なんだか楽しくなってきた。こういうの、わたしが一番好きなんだよ」
「何かいい知恵とか、ありますか?」
「まあ、告白するかしないかは、貴女しだいだけど、後押ししてあげることはできるよ」
そう言うとクラシックは店の中を歩きだした。
髪飾りを手にとって、首をかしげて棚にもどす。
飾り櫛をとっては、また棚にもどす。
そして最後にピンクのリップクリームを手にとり、リラに渡した。
「それ付けて告白してみて」
「え?」
「そうすれば、きっと願いはかなうよ。買う?」
「おいくらですか」
「5ドルでいいよ」
「じゃあ、買います」
「ちょっと待ってて、つけ方を教えてあげるから」
そう言ってクラシックは店にしつらえてある鏡の前にリラを座らせた。
一緒に来ていたルシェールもその隣に座らせる。
「これはね、チークにもなるんだ。少し手にとって頬になじませた後、口紅の要領で口へ塗っていく。筆がなくてもにじまないからね」
そういってクラシックは自分の手の親指の甲の部分にリップクリームをとると、リラのあごに手を添えて頬へ色を乗せる。
そして筆で唇へ色を乗せた。
薄い淡いピンクの唇が出来上がった。
自然な感じの色でリップしかつけてないのに唇がういていない。
発色もつやも申し分ない。
「ねえ、今その告白とやらに行っておいでよ。リラちゃん、すごくかわいいよ」
そうクラシックに言われてリラは赤くなった。
横にいたルシェールも鏡に映る親友の姿を見てぽうっとなる。
「そうだよ、今行ってみようよ」
「で、でも」
「携帯もってるでしょ?」
そう言ってルシェールはリラに強引に相手に電話をかけさせた。
しばらく相手と話をしていたリラは頬を紅潮させてルシェールとクラシックをみた。
「これから駅前で会ってくれるって。ねえ、私、どこも変じゃない?」
そう言って頬を紅潮させるリラにクラシックはにっこりと笑った。
「最高にかわいいよ」
ルシェールも言う。
「うん、かわいいよリラ」
その言葉に勇気づけられてリラとルシェールは店を出て行った。
「やれやれ。最初の御客さんはかわいい子たちだったね」
高等学校の子たちだろうか。それにしては純な子たちだった。
クラシックはまた店番を始めた。
「それにしても、あれ、みえる子、いたんだ」
なぞの言葉を残して。
三時間後、リラとルシェールは連れ立ってまたウォーターライトへ来た。
「成功です!」
リラは 満面の笑顔だった。
「ねえ、店長さん、名前はなんていうの?」
リラとルシェールの両方から言われ、クラシックは少し笑った。
「クラシック・クロフォードだよ。クラシックでいい。恋のかなったリラちゃんと友達想いのルシェールちゃん」
二人は顔を見合わせて赤くなった。
外ではリラの彼氏が待っていた。
「クラシックさん、有難うございました。想いがかなってよかったです」
「いえいえ。また買い物にきてね」
そういうとリラは店を出て彼氏と一緒に帰って行った。
それを見たルシェールはクラシックに向き直った。
「クラシックさんに聞きたい事があったからリラには先に帰ってもらったの」
ふうん、とクラシックは微笑した。
「なにかな」
「リラは『貴女の願い、かなえます』っていうのぼりがみえたっていうんだけど、私はどうしても見つけられなかったのよね。どこにでてたの?」
「それはね」
クラシックはいたずらっぽく笑った。
「心の中、だよ」
イメージイラスト
※イラストの解説は、本作のいつも一番うしろに入れておきます。
店主のクラシック・クロフォードはそれを愛らしく見つめて小さめのじょうろで水をやる。
「もっと大きくなって花をさかせてね」
金の胸までの髪は透けるようなハニーブロンド、その髪を前でゆるく結わえて緑のリボンで垂らしている。
背は高く、そのため踵が低い、ローヒールを履いていた。
目の色は湖のような深い青。なんでも見透かすかのようだ。
背が高いが、細めの彼は黒いシャツにピンクのスカーフをまとって細身のジーンズを履いていた。
白い肌によく映える、赤い口紅をつけ、切れ長の目に金のアイシャドウを控えめに入れている。
ダイアモンドに見えるプチネックレスをつけ、耳にも同じピアスをつけている。
偽物か本物かは、本人のみぞ知る。
第一、クラシック・クロフォードはこのアクセサリーしかつけない。
ぱっと見、とても綺麗なお姉さん。でも胸はない。
彼は店のシャッターを開けてガラスをさっと拭くと店番を始めた。
この店は六畳程度の小じんまりした店だった。
何の店かというと、なんでもある、雑貨屋さん。店の名前は「ウォーターライト」だ。
おもに女の子を対象にした小物を扱っているが、鍋もあるしなぜか異国の豚の貯金箱もある。
駅前から少し外れた道にある、少し変わった店だ。
この店の店長、クラシック・クロフォードは店の両脇に「本日開店」というのぼりと「貴方の願い、かなえます」というのぼりをたてた。
今日は月曜日、さて、こののぼりでどんなお客様がきてくださるのやら。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
クラシックは満面の笑みで席をたち入ってきた少女たち二人を見た。
女の子たちは、一人は髪が長い勝ち気そうな感じで、もう一人はおとなしそうな女の子だった。
「あの……。外ののぼりを見てきたんですけど」
「ああ、そうなの。この店、今日開店したんだ。よろしくね。かわいい御客さんは大歓迎だよ」
クラシックはウィンクをして微笑んだ。
そんなことをしてもキザにも嫌味にもならないくらい、彼の美貌と相まって決まっていた。
店に入ってきた女の子たちは、この美貌の店主に一瞬めんくらい、数秒かたまった。
「や、やっぱり出直そうよ、ルシェール」
気の弱そうな女の子がルシェールと呼ばれた女の子のそでをひく。
しかし、ルシェールは意を決してクラシックに言った。
「あ、貴方……お…男の人なのよね……?」
「そうだよ」
「じゃあ、なんでそんなかっこしてるの?」
クラシックは肩をすくめて残念そうな顔をした。
「いまどきでもそんな事いう子っているんだね。これは個人の自由だよ。ほら、口紅もリボンもかわいいし綺麗じゃないか。
そういうものって見てて気持ちがいいと思わない?」
「お……思う」
ルシェールは少し赤くなった。
「でしょう? だからだよ。ピンクのスカーフもかわいい色だし」
そう言ってクラシックはにっこりと笑って片手でスカーフの端を少し持ち上げた。
「まあ、普通の男はこの良さが分からないけどね。若いうちに堪能しておける事はしておかなくちゃね」
ルシェールが店の中を見ると、確かにメルヘン調の小物なども置いてあり、かわいいものが多い。
そこでルシェールは隣の女の子に肘で合図した。
「ほら。リラ。貴女の用事でしょ」
「うん」
そう言って、彼女、ショートカットの髪のリラはクラシックの前へと出た。
「私、さっき店の前を通って『貴女の願い、かなえます』っていうのぼりをみたの」
「うん」
クラシックは腕を組んで少し微笑んだ。
「あれが見えたんだ。で、話っていうのは?」
リラは胸の前で手を組むとクラシックに訴えた。
「私、告白したい人がいるんです。でも勇気がなくて出来なくて。かなえる方法があるなら教えてほしいんです」
少し赤くなってリラはクラシックの目を見た。
「ふーん。いいねえ、かわいいねえ。こういうのって素敵だね。私にはすぎさった若葉たちの恋!」
「あ、あの……」
「いいよ、協力しちゃう。なんだか楽しくなってきた。こういうの、わたしが一番好きなんだよ」
「何かいい知恵とか、ありますか?」
「まあ、告白するかしないかは、貴女しだいだけど、後押ししてあげることはできるよ」
そう言うとクラシックは店の中を歩きだした。
髪飾りを手にとって、首をかしげて棚にもどす。
飾り櫛をとっては、また棚にもどす。
そして最後にピンクのリップクリームを手にとり、リラに渡した。
「それ付けて告白してみて」
「え?」
「そうすれば、きっと願いはかなうよ。買う?」
「おいくらですか」
「5ドルでいいよ」
「じゃあ、買います」
「ちょっと待ってて、つけ方を教えてあげるから」
そう言ってクラシックは店にしつらえてある鏡の前にリラを座らせた。
一緒に来ていたルシェールもその隣に座らせる。
「これはね、チークにもなるんだ。少し手にとって頬になじませた後、口紅の要領で口へ塗っていく。筆がなくてもにじまないからね」
そういってクラシックは自分の手の親指の甲の部分にリップクリームをとると、リラのあごに手を添えて頬へ色を乗せる。
そして筆で唇へ色を乗せた。
薄い淡いピンクの唇が出来上がった。
自然な感じの色でリップしかつけてないのに唇がういていない。
発色もつやも申し分ない。
「ねえ、今その告白とやらに行っておいでよ。リラちゃん、すごくかわいいよ」
そうクラシックに言われてリラは赤くなった。
横にいたルシェールも鏡に映る親友の姿を見てぽうっとなる。
「そうだよ、今行ってみようよ」
「で、でも」
「携帯もってるでしょ?」
そう言ってルシェールはリラに強引に相手に電話をかけさせた。
しばらく相手と話をしていたリラは頬を紅潮させてルシェールとクラシックをみた。
「これから駅前で会ってくれるって。ねえ、私、どこも変じゃない?」
そう言って頬を紅潮させるリラにクラシックはにっこりと笑った。
「最高にかわいいよ」
ルシェールも言う。
「うん、かわいいよリラ」
その言葉に勇気づけられてリラとルシェールは店を出て行った。
「やれやれ。最初の御客さんはかわいい子たちだったね」
高等学校の子たちだろうか。それにしては純な子たちだった。
クラシックはまた店番を始めた。
「それにしても、あれ、みえる子、いたんだ」
なぞの言葉を残して。
三時間後、リラとルシェールは連れ立ってまたウォーターライトへ来た。
「成功です!」
リラは 満面の笑顔だった。
「ねえ、店長さん、名前はなんていうの?」
リラとルシェールの両方から言われ、クラシックは少し笑った。
「クラシック・クロフォードだよ。クラシックでいい。恋のかなったリラちゃんと友達想いのルシェールちゃん」
二人は顔を見合わせて赤くなった。
外ではリラの彼氏が待っていた。
「クラシックさん、有難うございました。想いがかなってよかったです」
「いえいえ。また買い物にきてね」
そういうとリラは店を出て彼氏と一緒に帰って行った。
それを見たルシェールはクラシックに向き直った。
「クラシックさんに聞きたい事があったからリラには先に帰ってもらったの」
ふうん、とクラシックは微笑した。
「なにかな」
「リラは『貴女の願い、かなえます』っていうのぼりがみえたっていうんだけど、私はどうしても見つけられなかったのよね。どこにでてたの?」
「それはね」
クラシックはいたずらっぽく笑った。
「心の中、だよ」
イメージイラスト
※イラストの解説は、本作のいつも一番うしろに入れておきます。