第2話 五月 市民まつりの話

文字数 4,353文字

 店先にある花壇の花に、小さめのじょうろで水をやったクラシック・クロフォードは今日もご機嫌に花に話しかける。

「花につぼみがついたね。黄色いつぼみか」

 少し量を調節して水をやりすぎないようにする。
 金のハニーブロンドの髪が前かがみになった事で顔にかかった。
 その陰影もクラシックの美貌を際立たせているようにみえた。

 今日はオレンジ系の口紅をし、いつもの黒いシャツに真っ赤なショールをしていた。
 目元は銀色を控えめに。
 そしていつものプチネックレスとそろいのピアス。

「さて。今日はこれを張っておかなくちゃね」

 クラシックは店の前を佩き清めると、窓を拭いて、そこにチラシをはった。

 「5月5日 市民祭りにつき、アルバイト一名募集」

 というものだ。


 五月に行われる市民祭りに市役所で店を出す。屋台のようなものだ。

 そこでこの店の雑貨を売るために人手が足りないため、アルバイトを雇うのだ。

 はてさて、誰がやってきてくれるのやら。



「こんにちは! クラシックさん、アルバイト募集しているって本当ですか?」

 店に入ってきたのはこの前リラという友達と来て、色々世話をやいていたルシェールという女の子だった。

 
「あ、ルシェールちゃんじゃないか。こんにちは。アルバイトに興味あるの?」
「ある、ある、あります! 最近おこずかいが足りなくて」
「無駄使いは良くないよって、これじゃお母さんみたいだね」
「本当ですよ。でも欲しいもの沢山あって」
「まあ、その年頃にはよくあることだね」

 クラシックは仕方がないというように微笑する。

「大人はいいですよ。お金いっぱいもってるし」
「大人は大人で色々大変なのですよ、ルシェールちゃん。世の中そんなに甘くないよ」

 クラシックは嫌味にならないようにおどけてウインクをする。
 それだけで場の空気は華やかになり、ルシェールも納得した気分になった。

「分かったわ。それと名前。ルシェールでいい。「ちゃん」はいらないわ」
「そう? かわいいと思ったんたけど」
「あんまり可愛らしいのも、ね、もう高等学生だし」
「じゃ、ルシェール、って呼ぶね」

 クラシックは納得し、ルシェールの目をみた。
 ルシェールはにっこり笑うと「よろしく」と言う。

「で。アルバイトの件なんですけど、私でもいい?」
「いいよ。しっかり働いてくれればね。と……言ってもしょせんお祭りだからね。半分遊びだよ」
「給料は?」
「一時間で7ドル出すよ」
「妥当……かな」

 ルシェールは納得した。
 アルバイトの詳細を書いた紙をもらい、契約書を書き、「ウォーターライト」の一日アルバイトとしてルシェールは雇われた。



 市民祭り当日、ルシェールは朝八時にウォーターライトへと来た。
 そこにはもう、店のものを荷造りして箱につめているクラシックがいて、車が店の前に止まっている。

 クラシックはプラスチックの40センチ四方の箱をルシェールに渡すと、にこやかに言った。

「おはよう、ルシェール。この箱にあと小さな小物を入れておいてくれないかな。置物とかポーチとか髪飾りとかさ」
「はい、わかりました! それにしても今日もクラシックさんは綺麗ですね。手入れが行き届いているというか」
「とうぜん! 私は綺麗にしてるのが好きだし、綺麗なものが好きなんだ」
「綺麗なものが好きなの?」
「そう。でもただ綺麗なだけじゃ駄目なんだ」
「じゃあ、どういうもの?」
「それはね、ひ、み、つ」

 クラシックはいつものウィンクをする。

 今日のクラシックのいでたちは 黒いジーパンにピンクのシャツ、若草色のスカーフとベルト。そしていつものネックレスとピアス。

 クラシックは車のかぎを開けると白いミニバンの運転席に乗り込んだ。

「じゃ、行こうか。車に乗って」
「はーい」

 そうして車は市役所へと発進した。

 

 市役所につくと、すでにもう様々な店が出店の用意をしていた。

 ウォーターライトの出店の用意は案外簡単だった。
 箱に入れてきた色々な小物を指定されているテーブルへ載せるだけだ。
 それも商品に詳しいクラシックがやってくれるのでルシェールは少し手持ち部沙汰になった。

「化粧品はここ、ポーチはここ、バッグはここ」

 てきぱきと商品をテーブルへ並べて行く。
 その間に隣の店の人とあいさつをしておいた。

 隣の店はマフィンを売る店だった。

 ウォーターライトの出店は、大きい商品は後ろ、小さい商品は前、と商品の種類によってわけられていった。

 そして例ののぼりを立てる。

「あなたの望み、かなえます」

 隣のマフィンを売る女性が、ルシェールに話しかけてきた。

「「あなたの望み、かなえます」って面白いのぼりたてるのね」
 
 それにルシェールは少し戸惑って答える。

「店長が変わってるからですよ」

 店の少し前にのぼりをたてているクラシックの背中を見て、マフィンを売る女性が言った。

「ああ、あの綺麗な人が店長なの?」

 それにルシェールは小声で話した。

「でも男の人ですけどね」
「そうなの? でも綺麗ねえ~」

 実際、朝の光を受けてハニーブロンドがきらめいている。服も派手なだけあってクラシックは雑誌の中から出てきたように目立っていた。



 十時。市民祭りが始まる。

「いらっしゃい、いらっしゃい! あ、貴女にはこれがいいですよ、このネックレス。その服ととても似会っています。どうですか、おひとつ」

 クラシックは生き生きと商売を始めた。隣で立っているルシェールはお金を受け取ったり、商品を袋に詰めたりしている。

 そうしているうちに、ふと気がついた。商品はすべて5ドルだった。

「どうですか、このきりこ模様のグラス。見た目がとっても綺麗でしょう? ご友人とのお茶会にどうですか?」

 商品は飛ぶように売れて行く。
 クラシックには天性の商売の資質があった。

 商品がすべて五ドルで経営が成り立つのも、なにか儲かる秘訣を知っているからだろう。

 ルシェールはそんな生き生きしているクラシックの横顔を見て、何か胸のあたりが熱くなった。
 なんだかドキドキしてくる。

(ドキドキって何よ)

 ルシェールはそんな自分を叱咤するように強く自分を戒める。べつに好きとか、そういうのじゃないんだから、と。
 じゃあ、なんで好きになっちゃいけないのか、と言われると、それは何か無謀な気がしたからだ。

 ああいう格好をしているのだからクラシックはきっと男の人が好きなのだろうとルシェールは思う。
 そんな人に恋をしても不毛なだけだ。

「ルシェール。ルシェール」
「あ、はい」

「お客様から代金を頂戴して。プレゼント用にラッピングしてね」
「はい!」

 余計な事は考えない、とルシェールは自分を叱咤した。

 赤くなりながら、事前に教えてもらったラッピングをして、袋に入れてお客さんに渡す。


 昼休憩をもらって屋台で売っていたピロシキをウォーターライトの裏で食べていると、マフィン売りの女性が店の品物を客として見ていた。

「ねえ、店長さん。貴女の願い、かなえますって、あなたみたいに綺麗になるには、どうすればいい?」

 クラシックに冗談混じりに話しかけている。

「お姉さんは十分に綺麗じゃないか。素敵だよ、その髪も、瞳も」

 にっこりと笑いかけ、マフィン売りもいい気分になった。

「そうかしら。ありがとう。店長さんはここの化粧品使っているの?」
「そうだよ。この化粧水なんて肌がつるつるになるんだから」
「じゃあ、一つもらおうかな。店長さんがあんまり綺麗だからつい欲しくなっちゃうわ」

「ありがとうございます」

 また売れた。

 あののぼりもあながち外れていないところがまたみそだ。

 ルシェールはピロシキを食べながらその様子を見て思う。


 クラシックが昼飯を食べている時はルシェールが店番をし、もってきた商品のほとんどが売れてしまった。

 夕方の光が庁舎や出店のテントに反射して、今日の終わりを告げる。


「ああ、気持ちがいい! ルシェール、今日は美しい日だね」

 クラシックはカラになった台に手をついて一言、感無量に言った。

「沢山売れましたね。どうしてそんなに売るの上手いんですか」
「商品に魔法をかけていくのさ」
「まほう?」
「この商品たちをかわいがってくれるようにって」

 クラシックは綺麗、とか、素敵、とか、美しい、という言葉をとても自然に使う。

 それにもルシェールは惹かれた。

「ああ。今日は魔法を使いすぎて疲れちゃった」

 クラシックは冗談交じりにルシェールに言った。

 残りのものをかたずけていると、ふと店の前に人がたった。

「見つけた」

 ルシェールがその人を見上げると、これまた美人な男の人が立っている。服装はクラシックのように奇抜ではなく、ごく普通だ。
 でも醸し出す雰囲気に華がある。が、なにか毒々しい花だった。

 クラシックの美貌は、派手だが凛とした白い花だが、この男の持つものはとげのある紫のバラだ。

 ルシェールがぽうっとしてクラシックの方を見ると、クラシックは顔面蒼白だった。

「ベル……なんでほうっておいてくれないんだ」

 いつにない、クラシックの焦った表情だった。

「俺のお気に入りだからさ、アス」

「私はもう、あそこにはもどらない。ここでやっていくんだ」

「お前が考えているほどここは綺麗なところじゃない」

「それでもあそこよりはマシだ。帰ってくれ」

「今日は帰るよ。店の位置も分かったしね。でもきっとアスは帰ってきたくなるさ。お前は醜(みにく)すぎるからね」

 そう言ってベルと呼ばれた男は店のチラシ案内を持ってニヤリと笑うと去って行った。


 毒々しい華――ベルは美しいクラシックのことを醜すぎる、と言った。

 聞き間違いかと思った。
 ルシェールは泣きたくなった。一番綺麗になることを気にかけているクラシックに「醜い」は最上の侮蔑だ。
 ベルはなんて性格が悪いんだろう。

「ルシェール」
「……」
「ルシェール。嫌な思いをさせてごめんね。今日はいっぱい働いたから何か食べて行こうか」

 にっこりとルシェールの顔をのぞいたのは、やはり綺麗なクラシックだった。

「わ、私、クラシックさんは綺麗だと思うわ」

 それにクラシックは少し悲しげに笑った。

「ありがとう」

「昔の彼氏に侮辱されてもめげないで!」

 ルシェールは精いっぱい励ましを込めて言ったが、クラシックはきょとんとしている。

「昔の彼氏?」
「だってそうでしょう? 隠さなくてもいいですよ」

「彼氏、ね。あははは!」

 クラシックは心底楽しそうに笑う。

 ひとしきり笑うと目じりにたまった涙を拭いてクラシックは明るく言い放った。

「なんか美味しいもの食べに行こう! おごるからさ!」

「はい!」

「美味しいパスタの店を知ってるんだ」
「じゃあ、そこに行きましょう!」

 クラシックとルシェールは朝きたミニバンに乗ってレストランへと繰り出した。
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