探偵師はもふもふ妖精の依頼で動く

文字数 2,000文字

 第二王女ルメが死んだ。王室医師団によると病死。夏休み、家族揃ってのご旅行の際に、不運にも毒性のある花粉を吸い込んだものと判定された。
 ただ、重要人物が亡くなった場合、外部の医師が今一度検屍するのが習いだ。
 宮廷付の探偵師、カモン・ラ・ロトンドは結果を受け取るべく、ゲルラ医師の医院を訪れた。
「事件性なし。病気だね」
 若い割に顎髭を伸ばしたゲルラは、顔見知りの探偵師に告げつつ、書類を手渡す。
「一致してるかい?」
「――はい、医師団の見立てと同じです」
 ロトンドの返事に満足げに首肯したゲルラ。だが、探偵の話は終わらなかった。
「実はお願いがあります。この件で別の依頼がありまして」
「別の?」
「ええ、ここに」
 ロトンドは俯き、コートの前を開くと懐に「出て来て」と呼び掛けた。
「やっとかー」
 現れたのは、全身薄ピンク色の毛を持つ妖精フワールだ。もふもふっとした毛のおかげで一見、両手で抱えるサイズの球体だが、本体はリスと人を足して二で割った感じである。
「確かルメ王女のペット、いや、お友達か」
「うん、フワールのキャウ」
 当のフワールが名乗った。声は女の子っぽいが、実のところ性別は不定だ。
「キャウが、亡くなったのはルメ様じゃない、多分第一王女のルク様だと」
「大それたことを。何故そう思う?」
 ゲルラの問いにキャウは喰い気味に答える。
「匂いが違う。今朝、第一王女が近くに来たとき、ルメの匂いがした」
「つまり、本当に死んだのはルク様なのに、ルメ様が死んだことにし、なりすましたと主張するのか」
「ルメが今、ルクになりすましてるのは事実だよ。死んだのが誰かは知らない」
「ゲルラ先生、判断できますか」
「王女姉妹は十月(とつき)差で、外見はそっくり。細かな違いはあるんだろうが、極近しい者にしか見分けられまい。それこそ王様を始めとするご一家か、王女らの世話係」
「そういった連中は隠蔽に積極的に関わってるよ、きっと」
 キャウの口ぶりに探偵が渋い表情をしつつ尋ねる。
「ルク様の匂い、分かるのかい? 確かルク様は君達のような妖精とは距離を取る方だ。双子みたいなものだし、匂いも似ているのでは」
「ルクは妖精ももふもふも嫌ってたね。ぬいぐるみ一つ持たず、王道教育を叩き込まれて。だから私も近付けた回数は少ないけど、でも、ルクとルメの匂いは確実に違った」
「教育と言えば」
 ゲルラが切り出した。
「跡取り候補の王女姉妹の内、教育や対外的な評判から実際に継げるのは現状、姉のみ。なのに姉が死んだなら、妹を姉に扮させるってのはありかも、な」
「実は友好国の王子だか貴族だかを迎える話も進んでいるらしいです。ご対面はまだでしょうし、入れ替わりは不可能じゃない」
「ほら、動機あるじゃん」
 もふもふの中から右腕を伸ばし、さらに親指を立てるキャウ。
「仮説が真実を射抜いてるとして、キャウはどうしたい? 王様達が隠すと決めたらもう覆せないよ」
「私は、ルメと今まで通りに過ごしたいだけ。なのに、急に相手にしてくれなくなった。明らかに遠ざけようとしてる」
「もふもふ愛好者じゃないルク様が、急に好きになると不自然だもんな」
 腕組みし、うんうんと頷くゲルラ。探偵は取りなす風に言った。
「ルメ様に直に話せば、分かってもらえそうかい?」
「もちろんさ。突然もふもふ好きになってもいいじゃないか。『妹を急に失いショックだったが、キャウの存在が慰めになった』とでも言ってよ」
「なるほど。それならなおさら、御遺体が誰か確定させないとね。先生、僕は法医学の専門じゃないが知識はあります。キャウを見ていて閃いたのですが……御遺体の鼻腔を調べてみては?」
「鼻の穴……そうか」
 ゲルラは頷いた。

「まさか、あなたが証拠になるなんて」
 面会に応じた第一王女は、キャウの訴えとロトンドの理屈の前に、あっさり認めた。
「ルク姉とは逆に、私の鼻は毛だらけなのかしら」
「数日離れた程度では、だいぶ残存していましょう」
 ロトンドは言わずもがなの返事をした。
 第二検屍の折、ゲルラが遺体の鼻腔を調べると、フワールの毛は一切なかった。キャウと常日頃から接していたルメであれば、フワールの毛を吸い込んでいるはず。鼻腔内を少々洗った程度では落ちまい。
 もしこの理屈でルメが真実を認めなかったときは、遺体にまた刃を入れ、肺を調べることになっただろう。そうならなくてよかったと探偵は思う。
「ひどいよ、ルメ。どうして無視したのさ?」
「ごめん、キャウ。ルク姉が亡くなって、私も大人にならなくてはいけなかったの。分かって」
 ルメにぎゅっと抱きしめられたキャウは、「しょうがないなー、分かったよ」とツンデレな反応を見せた。
「これからはルクと呼ぶように気を付けるよ」
「お願いね。――ロトンドさんも、すべては内密に」
「無論、承知しております。この辺で邪魔者は退散するとしましょう」
 恭しくお辞儀した探偵は、静かにきびすを返した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み