第2話

文字数 3,938文字

 福良輝直は終わった。放送中だった連続ドラマは放送中止になった。公開直前だった映画は上映延期になり、いつ上映できるかは未定のままだ。このままオクラという話も出ている。夕方の枠で再放送が予定されていた福良の出演作品も放送は取りやめになり、インターネット配信も停止された。一部のレンタルビデオ店ではまだ貸し出ししているようだが、常に貸し出し中になったいた。街角でインタビュアーが騒動について質問すると、福良の名前を出しただけで、みんな笑い出した。
 「福良だってー」
 「キモいって」
 「あんなのマジ最悪だって」
 みんな嘲りと少しの興奮をもって答えた。
 二日後には、彼の関係者を名乗る人物たちの証言も出始めた。
 「そうっすね。あいつは単体女優物よりも企画物のほうが好きでしたね」モザイクで顔隠した、中学時代の友人を名乗る男や、「彼とは1日に十三回ヤリました」とゴシップ誌に証言する元モデルだとか女優の卵だと自称する女もゴロゴロ出てくる始末だった。
 最初の頃は、前代未聞のチン事に世間は沸き、笑いの種として扱ったが、ある時を境に取り扱い方がかわっていった。
 「男の欲望を満たすためだけに無理矢理水着にされた女性の写真を見ていたことは許しがたいですが、しかし彼は犯罪を犯したのでしょうか。考えてみてください。鍵つきの楽屋という極めてプライベートな空間に勝手に入って撮影するなんて、盗撮じゃないですか。彼はプライベートな場所で、その、ナニ、いや失礼、マッサージをしていたでけじゃないですか。男の人なら誰でもなさうでしょ。それなのに、どんな責任があるどいうのでしょうか。もしこの問題で、責任があるというなら、これを企画したテレビ局にこそ責任があるはずです」
 ワイドショーのコメンテーターを務める経済学者が問いかけた。強烈なフェミニストとしても知られる彼女が、こういって福良を擁護したことに世間は驚いた。しかし、彼女の意見はもっともだという声があちらこちらで言い出されて、ついに一つの大きな流れができた。そんな中、世の男性たちの三割程度は身につまされた。似たような経験が自分にもあったではないかと。必死の最中だというのに、ノックしないで扉を開けた母や姉や妹に逆上した経験があってではないかと。そのことを思い出し、見られたのがもし全国の他人だったと考えたら。とても福良を笑う気も失せていった。それは女性でも同じだった。たしかに息子がムスコを、弟が兄が父がムスコを、といった場面に遭遇したら。福良はそれを電波に乗って全国へ流されえてしまった。女性陣も男性陣同様笑えなくなった。
 しかし、根強い反福良派もまだまだいた。福良は隠しカメラの存在を知っていたくせに行為におよんだのだという”福良ド変態説”論者から、福良の顔を見ると、怒張した男性器が思い出されて生活に支障をきたすという心的外傷を負った人。故意ではないといったところで、彼の行為は社会人として、自宅以外で行為に及んだことの賛否も含めて議論を呼んだ。

 沈黙を破り福良は突然現れた。騒動から三週間たった日、一本の動画が投稿サイトにアップされたのだった。固定されたカメラにフレームインしてくる福良。ダークスーツ着ている。フレーミングはバストショットだ。少し痩せたようだが、顔色は悪くない。福良は深々とお辞儀をしてから、ゆっくりと語り始めた。
 「みなさん、こんばんは、福良輝直です。今回は私の行動によって、世の中にご迷惑とご心配をおかけしたことをお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした」今度は十数秒、頭を下げた。
 「今回のことでまず、お詫びしたいのは水海マリンさん、箱崎加奈子さん、あしたばもよさんです。今回の騒動以来、私とのAV出演のオファーが執拗で困惑されたと伺いました。それもこれも私が皆さんのグラ…グラビアで、あんな……あのようはことをしっ、してしていまい、ここに謝罪いたします、申し訳ございませんでした。ううっ……AVプロダクションの方々、オファーにつきましては、私は前向きに検討を進めていますが、どうか彼女たちへのアプローチには方法を選んであげてください。よろしくお願いします。それと……この騒動のあいだに私についての誤った情報がいくつかあったので、ここで訂正させてください。私は企画物だけが好きなのではありません。女優単体物だって好きです。確かに、素人ナンパ物も乱交物だって、バスツアーのもみんな好きなんです。お気に入りの女優さんだって何人もいます。なので、企画物のみが好きだという誤った情報をここに訂正させていただいきます。そして、グラビアアイドルの皆さん、何名かの方とは、お仕事をご一緒したことがありますが、……すみません。いやらしい気持ちを胸に抱えたまま、仕事をしておりました。本当に申し訳ございません。本来ならば、そういう淫らな心は自宅で出し切ってくるべきなのですが、忙しさにかまけて処置を怠ったうえ、自分の性欲を過小評価してしまい、一部、残したままだというのに、現場へいってしまいました。本当に申し訳ございませんでした。このことはこれまで現場を共にした、女優さんや女性スタッフさんにも同様に謝罪いたします。現場での私の態度で不快になった方もいたと思います。現場での不機嫌そうな表情についてはマネージャーからも注意させていましたので、気がついていました。それは決してみなさんに対しての怒りではなくて、私自身が必死になって股間の膨らみを抑えていたときの、そのための表情だったのです。現場で言い出せなくて、申し訳ございませんでした」
 三度頭を下げる福良。肩が小刻みに震えているの。数秒ののちに上体を起こした。
 「そして、こんな私に温かい言葉をかけてくださった皆さん。特に、テレビで今回の騒動について、私の愚行に意見して下さいました経済学者の横山真知子先生。……私は……私は…。ぐっす、すみません」
 福良はハンカチで涙を拭った。息をするたびに胸の動きが服越しからもわかるほど呼吸は荒い。目は赤く、涙がにじんではいるが、その瞳には、奥で確かに光る、福良の覚悟の炎のようなものを、画面越しでも伝える力があった。
 「私は、この三週間の間、自分と向き合ってきました。一体、自分の着火点はどこにあるのかと、また、限界はどこにあるのかということに対して真摯に向き合いました。手始めにこれまで興味の持てなかった熟女の方々の動画を見ました。私はどうやら食わず嫌いをしていたようです。なんともいえない魅力がありました。次にスカトロです。正直、いい印象はもっておらずに避けていましたが、私は、ここは決して避けてはいけない道だと自分に言い聞かせて動画を見ました。最初、私はたまらず目をそむけてしましましたが、こらえて見ました。見続けているうちに、私は気づいたんです。私はおろかでした。目の前の出来事ばかりに目を奪われてしまって女優さんの心情をちゃんとみていなかったのです。する方される方両方には確かに絆のようなものを感じました。どうやら私、私の心の奥に存在する琴線が触れたときに私は発火するのだと思いました。私は愛と肉欲のその両方に対して、人並み外れた興味をもっているのだという風に思ったのです。しかし、どこかしっくりこなかったので、私は西洋絵画にその答えを求めました。はたして『美』を目的に天才たちが描いた絵画を、私は淫欲の対象としてしまうのか。……楽勝でした。すぐでした。ミロのヴィーナスなどは、むしろいいくらいでした。そして、自分で書いた絵でも挑みました。私は絵が下手なのですが、これでも問題なく、いたしました。私は自分に恐れをなしました。私はどうやらとんでもない怪物をこの体の中に飼っているのかと。いや、そんなはずはない。もしそうだとしたら私は真っ当な人生など歩めないではないかと、頭を抱えました。朝も昼も夜も、私の意に反して膨らむ股間を抱えたまま途方に暮れました。そこで私は、到底、興奮できない対象を探しました。そこでたどり着いたのが、木目でした。これで最後だと人型に見える木目でチャレンジして見ましたが、イケたのです。そこで私は、自分が異常性欲者なのだということを認めるにいたりました。どうやらこの先は、私自身ではどうにもならいと思い、先日その道の権威でおられる塩冨木増三先生に診察していただいきました。これがその時の診断書です」
 福良はカメラに病名が映るように近づいた。
 『病名、先天性精巣過活動性多量精液生産症および心因性勃起頻発症』
 「このような診断でしたが、私は驚くどころかやはり何かしらの病気だったのかという安堵に包まれました。人間は原因がわかると、それが何であれ安心するものですね。たとえどのような弊害や治療がこれから待っていようとです。私は主治医の先生に完治するのかとききました。先生の表情は暗いものでした。何ともいえないと返答を絞り出してくれました。先生もまた、こんな私を不憫に感じて下さる優しい方の一人でした。それから先生は気長に取り組もうといってもくれました。気長に生活に支障をきたさない程度に抑えられるようにしましょうといってくれました。私は現在その治療、といっても対処療法ではありますが、その治療を受けている最中です。もし、いや今はこの先のことはいわないでおきたいと思います。とにかく今日はこれまでのことと、全女性の皆様への謝罪をさせていただきたいと思いまして、このような形で申し訳ございませんが、謝罪とさせて頂きたいと思います」
 福良は、顔面を膝にぶつけんばかりの勢いで腰をおり頭を下げた。そこで動画は終わった。
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