第1話

文字数 3,273文字

 「あっ、福良さんが入ってきました」
 隠しカメラが仕込まれた楽屋に人気若手俳優の福良輝直が入ってきた。その様子を進行役の芸人ドーモ堂前がモニターを見ながら小声で説明する。
 福良は自分の主演した映画の告知するためにテレビ局の楽屋にきていた。番組の内容は生放送のバライティー番組で、人気スイーツの紹介や街中をぶらぶらするVTRを見て何かコメントをするというものだった。そして福良はそれをやり終えて楽屋に帰ってきたのだった。しかし、番組は福良にだけ内緒にしたまま、まだ続けられていた。
 「いや~、カッコいいですね~福良くんは。今や飛ぶ鳥を落とす勢いの俳優さんですからね。しばらく素の福良くんの姿を見てみましょう」
 画面にはリラックスした様子でマネージャーと話す笑顔の福良が映っている。しばらくするとマネージャーが机の上においてある三冊の写真集を指出して「あっ、この子達は次の番組の共演者なので、よかったら目を通しておいてください」といった。
 「うまい、ナイスアシストですね、マネージャーさん」
 さりげなく机の上の写真集に福良の気を向かせた芝居をドーモ堂前がほめた。
 「あっそう」
 しかし、福良は手にしようとしない。そこでマネージャーは「ちょっと、スタッフさんと打ち合わせをしてきます」といって、立ち上がった。
 「それでは、マネージャーさんが退出したらスタートです。レッツ、ドッキリー」
 マネージャーが楽屋をでたのを確認したドーモ堂前がゲーム開始を宣言した。
 福良は最初メンズファッション誌にてを伸ばしパラパラとめくった。次にヘアカタログを手にとり、それもサッと眺めるだけだった。
 「なかなか、見てくれませんね~」
 別室では、楽屋の様子が映ったモニターをドーモ堂前と三人のグラビアアイドルがやきもきしながら見ていた。今回のドッキリの内容はこうだった。この三人の写真集のうち、どれを最初に福良が手に取るか、そして最後になるのは誰か、一位には賞品で、三位には罰ゲームという、軽い内容のものだった。
 「あ~、緊張する~。あーし、めっちゃ福良さんのファンなんで~、ちょ~選んで欲しい~」
 水海マリンが少しかすれた声でいった。
 「そうだよね、緊張するよね。どう?箱崎ちゃんは?」
 ドーモが箱崎加奈子にマイクを向ける。
 「選んでもらえたらうれしいけど、まあ、私はオジ様が趣味なので」そう答えてカメラにキス顔をしてみせた。
 「あらら~、世の中のオジさんたちがひっくり返っちゃうよ。じゃあ、あしたばちゃんはどうかな?」
 「もよ、おバカさんだからわかんなーい」
 あしたばもよは体をくねくねさせながら答えた。
 企画的には三者三様のタイプの女の子を揃えて”あの福良”はどんな女がタイプなんだというのが狙いだった。今が旬の若手俳優の隠された一面が見られれば視聴者の興味を引ける。そして、福良サイドは、最近とっつきにく印象をもたれ始めてきた福良の穏やかな一面を見せて、いやな噂を払拭したかった。そんな両者の思惑が一致してのドッキリ企画だった。
 「あっおーっと、福良さんが写真集を手にとった。誰のだ」
 ドーモの実況が熱を帯び始める。
 「ああー、あしたばちゃんのだー。福良くんはあしたばちゃんがタイプだったのかー」
 「もよ、うれしい~」
 「いや、ちょっとまてよ。パラパラめくったら置いて、次のに手を伸ばした。これを、見たといっていいものか。判定が難しい」
 次の箱崎のもパラパラ見たらぽんと置いて次へ。水海のも同様、すぐに閉じて、放るようにぞんざいに置いて、すぐさまスポーツ新聞に手を伸ばした。
 ドーモたちのいる別室に不穏な空気が流れる。三人いて誰一人福良の興味を引けずに流し読みされた。しかも自分たちの勲章とも言える写真集を、さも興味なさげに扱われた。見た目で勝負している三人のグラドルにとってそれはプライドを傷つけられる行為だった。ドーモも業界が長いだけに空気をさっして三人のファローを始めた。今盛り返せば、なんとかこの企画を成立させられる。
 「これは、右から順番に見ただけのようだった。これでは判定が難しいぞー。いやー、三冊もあったから選びずらかったのかー」
 「そっ、そうみたいですね。はっはは、あっ、だったら三人とも一位ってことでいんじゃない?」ベテランの箱崎も立て直そうと必死に作り笑いで答えた。残り二人もそれに合わせて口角を引き上げながらうなづいていた。
 すると、福良にまた動きがあった。少し辺りを気にするような様子を見せながら写真集に手を伸ばした。
 「おや、福良さんが新聞をたたんで、また、写真集に手をのばしたぞ。これで決まる、さあ、誰のだ。誰。誰っ」
 しょっぱい企画のまま終わりそうだったが、福良の思いがけない行動のおかげで、なんとか最初の想定通りになりそうだった。これであとはタイミングをみて突入してネタばらしだ。
 「あっ、福良くんが見ているのは水海マリンちゃんの写真集だー。ということは優勝はマリンちゃんでーす」
 「マジ?やったー、ちょうーうれしいだけど。まじやばいって」
 「今度はゆっくりとページをめくっているぞ。しっかり見ている。おおっと手が止まった。気になる水着なのか」
 すると、福良は箱崎の写真集も手にとった。
 「ああっと、ここで決まったー。急に決まった。二位は箱崎ちゃーん。そしてビリはあしたばちゃんでーす。いやー、一時はどうなるかと思いましたが、決着は突然でしたねー」
 「もよ、かなしー」
 「そうです、って、ほら、あしたばちゃん、福良くんがあしたばちゃんのも見てますよ」
 福良は、端がめくり上がらないように他の雑誌を重しをして写真集を三冊とも机の上で広げているようだ。カメラは福良の背中越しにその様子を撮っている。
 「いやー、福良くんがみなさんの写真集をしっかりと見てますよ。”福良も見た”みたいなチャッチコピー入れさせてもらえば、また売れるんじゃない?」
 ドーモもグラドルも企画がうまくいってほっとしながら、コントロールルームからの楽屋突入の指示をまっていた。

 コントロールルームのスイッチング担当のディレクターは迷っていた。
 「どうします?映像、切り替えますか」プロデューサーの咲島に指示をあおいだ。
 「マズくないっすか。人気俳優が、あんな真剣な顔してグラビアを見てるところ画面に映すのは?」
 福良がベルトを両手で掴みながら睨め付けるように三人のグラビア写真をのている様子がモニターに映っていた」
 「だよなー。イケメンが売りの俳優だもんねー。でもさー、背中と右側ばーっかりじゃさー、絵変わりしなよねー、あれじゃん?うん、つまんないじゃん。だからー、四つ全部のカメラをさ、こうバババッと交互に入れ替えながら映そうよ。そしたら顔の印象も薄まるっしょ?」
 「そうですか。わかりました。じゃ、いきます」
 スイッチャーが四つのボタンをリズムよく押して映像を切り替えた。モニターには四つのカメラがそれぞれ撮っている映像が交互に映写された。
 「いいーね、ここでーフッー、ここで音も流してー。ああー切り替えのテンポはもー少しゆくーりでね。うーん、そそそっイヤッス」
 ノリノリの咲島の指示で音楽が入る。ゆるいテクノ調の音楽に乗せながら福良の前後左右の姿がフラッシュのように映る。まるで昔のカラオケ映像のような演出だが、たしかに福良の顔から注目をそらすことができた。そしてデレクターも動きも早い画面の切り替えのなかで福良のことはよく見えていなかった。福良はズボンを足首まで下ろしていた。
 「あっ、ちょ咲島さん。あれ」
 メインモニターにはコンマ何秒間隔で自分のムスコを鬼のようにしごく福良が映っていた。
 「あッバカ、切り替えろ」
 あせったスイッチャーは、よりにもよって福良の正面のカメラで切り替えをやめてしまった。福良の右手がとんでもないスピードで上へ下へと。急いでボタンを押す。街中を映す天気カメラに切り替えたが、その間の約二秒、福良の全力自慰行為が全国に生放送された。
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