第3話

文字数 2,736文字

 動画公開から半年以上たっても福良がテレビに出ることはなかった。いくぶん世間が福良に対して同情的になったとはいっても、内容が内容なだけに、未成年が見るかもしれないテレビでの福良の起用は難しかった。しかし、一方で週刊誌には毎週のように登場していた。毎回違う女性との密会報道。下は二十一歳から上は七十二歳までと幅広く、その容姿容貌についても千差万別だった。その噂の相手の中に福良を擁護した横山真知子もいたことは世間をザワつかせた。
 こういった福良の行動が積み重なることで、福良の動画の内容に少なくとも性的対象に対しては嘘がないということが世間に広まった。彼はビョーキで今は治療中なのだと。そもそも、盛んな異性関係自体は不道徳と言われることもあるが犯罪ではない。ワイドショーも次第に福良のキャラクターの捉え方をかえて、ある種、好意的なアングルから放送するようになっていた。過去の汚点と特異な生態抱えながらもたくましく生きている男として映すようになっていった。世間の興味も、福良のあの事件から離れて別のゴシップへと移った。そうなるとともに福良への嫌悪感は薄れ、バッシングはほとんどなくなった。それから福良はあらゆるジャンルの番組に出られるようになっていった。過去、事件の前には出ていなかったようなバライティー番組からクイズ番組まで、オファーがあれば何にでも挑戦した。そして、自我を押さえつける必要のなくなった”新生福良輝直”は以前にもまして輝きを放った。
 福良の復活は起用する番組に思わぬ副産物をもたらした。いくら福良のイメージが回復したとはいえ、共演者の女性達全員が福良にいい印象ももっているとは限らなかった。笑顔で会話していても福良の昔の事件がチラつき「私を狙ってるのかしら」と警戒し、いつもとは違う緊張感をもって収録に臨む、視聴者はその様子をドキドキしながら観た。福良の一挙手一投足は視聴者に色々は妄想を駆り立てた。福良がいま、アシスタントに耳元で何かいってなかったか、何か今の一言には共演者へのアプローチが隠されているのではないか。それともすでに、いい関係になった相手ではないのか。彼はこれまで密会報道になった相手とでも平然と共演していたし、そのことをしっている視聴者はほかの共演者も含めた人間模様をドキュメンタリー感覚で楽しんでいった。
 そして、本人待望の映画界に復帰した福良も光った。演技に色気が増して、感情の表現が細やかになっていた。それ素直になれたからこそ得られた力だろう。小手先の演技といわれていた以前からはガラリと雰囲気の違う重厚さをまとった。福良は復活した。

 福良の所属事務所の応接間は緊張感に包まれていた。
 「先生によろしくお伝えください」直立していた社長は、恭しく目の前に座る中年男に頭を下げた。
 男は返礼もせず、分厚い封筒をアタッシュケースにしまって「では」とだけいって出て言った。
 「ふーう。もういいぞ。頭を上げろ」社長はそう吉岡にいってから倒れこむよに応接セットのソファーに体をあずけた。
 福良のチーフマネージャーの吉岡は社長にいわれて頭をあげた。
 「今の人だれなんですか。一体なんだったんですか」
 「ああ?あー。吉岡、お前ギョーカイに入って何年目だ」
 社長は椅子に深く座り直して吉岡にたずねた。
 「えっ、えーと十五年ですかね」
 社長はタバコに火をつけて一息してからいった。
 「十五年、もうそんなになるか。そうか、お前は口が堅い奴だからまあいいか。よし、特別に教えてやる。ただし誰にもいうな。もちろん福良にもだ」
 するどい眼光で社長は吉岡にいった。
 「はっはい。わかりました」
 吉岡は顔を強張らせてこたえた。
 社長はそれから二口タバコをふかし、それを揉み消してから話し始めた。
 「噂くらいきいたことあるだろう。裏のシナリオライターって話」
 吉岡は記憶を辿り、ある噂を思い出した。その噂ではギョーカイを裏側を跋扈する凄腕のシナリオライターがいて、高額の報酬でどんな人物でも新たな物語を纏わせて、芸能人生を再生させるという噂だった。
 「それじゃ、まさか今の人は」
 「ああ、あの人の使いだ。怖いようなー、こんなスジ書いちゃうんだもんなー。登場人物は誰も気づかないんだぜー。今でもそうだけど」
 あの人と呼ばれる男は実在していたのかと吉岡は妙な感心をしながらも、これまでの騒動の思い返して気付き、ぞっとした。
 「しゃ社長。それじゃ、福良はあの人の書いたシナリオ通りにやっていたってことですか。でも、僕は何も聞いてないですし、ドッキリのあの番組にしたって福良が自分から出るって言い出したことじゃないですか。それとも福良には何か指示していたっんですか」
 「馬鹿か。タレントにそんなこというわけないだろうが。いったらいくらカムバックしたって、あの人のスジだったってバレたら『ああ~自分の力じゃなかったのかっ』て、自信を無くすだけだろうが。それに、俺だってあの人がどんなシナリオを書いたか知らんよ」
 「じゃあ、いったいどうやって。誰がどう考えても福良は致命的でしたよ。でもそれを福良の誠実さが世間に伝わったからカムバックできたんじゃないですか。それのどこにあの人のシナリオがか介入できる余地があるっていうんですか。えっ、ていうか、いつ社長は依頼したんですか」
 「あー、ああ。一年くらい前だったかな」
 「一年前って、ドッキリよりも全然前じゃないですか」
 社長は意味ありげに笑っていった。
 「だから怖いんじゃないかよ」
 社長は吉岡の肩をぽんと叩いて念を押すようにいった。
 「誰にもいうなよ。他の社員にも誰にもだ、いいな。じゃないと……」
 社長はそこで言葉をきって、社長室から出て言った。
 「えええー」
 吉岡をソファーに座り込んで頭を抱えた。いくら考えてもことの顛末に不自然な点は見あたらない。福良の行動にもだ。福良の性欲が異常に旺盛なのは出会ったときから社長と自分は知っていた。一本気で真面目な部分もそうだ。なので、あの福良が謝罪したいと言いだしたことも、その原因を作り出したことも、福良ならばありえることだ。おかしいところは何もない。しかし、それは、話を積み上げた結果であって、そこに他者の意図が介在する隙間などなかったはずだ。第一、福良の一歩間違えたら大怪我しそうな性癖と性格をもつ福良を一体どう操縦すれば今の福良の栄光まで導けたというのか。いくら考えてもそんなストーリは思い浮かばない。それどころか、この物語のオープニングがどこだったのかもわからない。そして、もうエンディングを迎えたのかも。
 「怖い世界だ」
 吉岡は身震いする体をさすりながら自分のデスクに戻った。
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