第3話

文字数 1,278文字

 ある日のこと。駿介は一件の依頼を受けた。それは今まで聞いたことのない内容だった。
 なんと昆虫であるコオロギの葬儀依頼だったのだ。
 まさかの依頼に戸惑いを憶えたが、せっかく軌道に乗りかけた三高葬儀社に、断るという選択肢はない。依頼主は資産家らしく、たかがコオロギとはいえ最高のプランを希望された。なんでも、人間をもしのぐ規模で取り行いたいという。
 参列者も二百人を越えそうだと聞かされた。駿介はペット斎場での葬儀を提案したが、相手はどうしても自宅で送りたいと、一歩も引く様子がなかった。

 そこで駿介は、その日のうちに依頼主の元に駆け付けた。
 屋敷に入るなり、灰色の毛並みをした猫が飛びついてきた。人懐っこい性格らしく、ニャンニャンとわめきながら、駿介の顔をぺろぺろと嘗め回す。
 続いて現れた家人によると、この屋敷の孫娘が飼っている、ブリティッシュショートヘアの「虎吉」ということが判明した。
 今回の葬儀が上手くいけば、このどら猫がもしもの時、仕事がもらえるかもしれない……などと、取らぬ狸の皮算用を計算した。
 その後、遺族との間で通夜と葬儀の打合せを行った。先方は金に糸目は付けないとのことだったので、検討の結果、人間も顔負けの最上級プランを用意した。
 準備には人手を要したので臨時のバイトを募集した。緊急なので、はたして希望者がいるのか不安だったが、通常では考えられないほど高額な時給を提示したこともあり、予定の三倍以上の問い合わせがあった。
 通夜と葬儀には住職本人が駆け付け、しかも弟子と見られる坊主たちを五人も引き連れてきた。その中に住職のせがれの姿はなかった。どうやら、違法ドラッグが見つかり、鑑別所に入れられているらしい。
 祭壇や棺は職人の手掛けた、彫刻の刻まれた最上級の品で、溢れんばかりの菊の花で埋め尽くされ、有名人さながらの大仰な式となった。
 写真も、小さなものを入れると百枚以上となり、どれも同じに見えるが、遺族(?)には全て思い出深い物らしく、一つひとつ丁寧に扱うことを肝に銘じられた。
 幹洋はこれまで以上、慎重にエンバーミングを施した。コオロギはもちろん、昆虫さえも初めての経験であったので、細心の注意を払いながら消毒液を塗り進める。緊張で手が震えるが、それでも為し終えることが出来た。後は納棺するだけである。
 そこでトラブルが起こってしまった。
 棺に納めようとした際、手が滑って右足をもぎ取ってしまったのだ。
「に、兄さん。大変だ、どうしよう」
 真っ青になった幹洋は、震える声で駿介に助けを求めた。
「何やってんだ。こりゃあ、とんでもないことになった」
「やはり正直に言った方がいいよな?」
「『ごめんなさい。右足が取れちゃいました』ってか? 俺たちプロがそんな失態を演じたなんてことが知れたら、次はないと思え」駿介は額の汗をぬぐった。「ここは何とか誤魔化さなくては」
「でも、いったいどうやって?」
 そこで駿介はうろたえる弟に指示を出した。
「接着剤をもってこい。確か車に積んであったはずだ」
 幹洋は不安に駆られながら、屋敷を飛び出した……。
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