第3話 T先輩と歌舞伎町
文字数 674文字
T先輩と歌舞伎町
1980年代の中盤、まだ暴対法が施行される一昔前、高校を出てすぐに就職した私に職場でよくしてくれる先輩にTさんという方がいた。
彼は、背丈は160cmあるかないか、けれど筋骨隆々、私が会った頃はまだ20代の中盤位だったろう。
出色だったのは、その耳。耳が小さくキャベツのように膨れている奇怪な型をしている。
柔道がよく、このような耳をしているので、私は僭越ながら「柔道家ですか?」と訊いてみると、小さく「いや、ボクシングを少々」と答えてくれた。
なんでも、やっていた時は日本ランカーまで、いい所までいったらしい。体格からして、フライ級かジュニアフライ級か。
そんなT先輩が、私を歌舞伎町に飲みに連れて行ってくれた。お互いに大して金も無いので安酒場を梯子し、気がついてみればどうやら893の店に迷い込んだらしい。
大して飲んでもいないのに会計の時に、五万円以上をふっかけられた時には閉口した。
「お支払いになってもらえない。では、身体で分かっていただくほかありませんな」
その支配人らしき漢が指示すると、みるからにその筋のお兄さん達が5-6人バラバラと奥から出て来た。
T先輩は、ゆらりと立ち上がると上衣を脱ぎ、目付きが周囲を見回す戦闘態勢に入った。
彼は、無頼達の攻撃を避けながら、左手一本で皆KOしてしまった。
あっという間の惨劇である。
彼は、請求書を手にすると支配人の目の前でそれをビリビリと破り捨て、私を従えて悠々と店を出た。
「素人相手に右は、要らない」。
私は、酩酊した意識の中で、小男の先輩が古漢に見えた。
1980年代の中盤、まだ暴対法が施行される一昔前、高校を出てすぐに就職した私に職場でよくしてくれる先輩にTさんという方がいた。
彼は、背丈は160cmあるかないか、けれど筋骨隆々、私が会った頃はまだ20代の中盤位だったろう。
出色だったのは、その耳。耳が小さくキャベツのように膨れている奇怪な型をしている。
柔道がよく、このような耳をしているので、私は僭越ながら「柔道家ですか?」と訊いてみると、小さく「いや、ボクシングを少々」と答えてくれた。
なんでも、やっていた時は日本ランカーまで、いい所までいったらしい。体格からして、フライ級かジュニアフライ級か。
そんなT先輩が、私を歌舞伎町に飲みに連れて行ってくれた。お互いに大して金も無いので安酒場を梯子し、気がついてみればどうやら893の店に迷い込んだらしい。
大して飲んでもいないのに会計の時に、五万円以上をふっかけられた時には閉口した。
「お支払いになってもらえない。では、身体で分かっていただくほかありませんな」
その支配人らしき漢が指示すると、みるからにその筋のお兄さん達が5-6人バラバラと奥から出て来た。
T先輩は、ゆらりと立ち上がると上衣を脱ぎ、目付きが周囲を見回す戦闘態勢に入った。
彼は、無頼達の攻撃を避けながら、左手一本で皆KOしてしまった。
あっという間の惨劇である。
彼は、請求書を手にすると支配人の目の前でそれをビリビリと破り捨て、私を従えて悠々と店を出た。
「素人相手に右は、要らない」。
私は、酩酊した意識の中で、小男の先輩が古漢に見えた。