第1話

文字数 550文字

 商店街を抜けた通りでババアがゆっくりと歩いていたから、俺は回し蹴りをかました。ババアはもんどり打って転倒したけど、すぐに起き上がった。
「足腰の鍛え方がなってないね」
 頭から血をダラダラ流しながらババアは言った。
「ババア。ここがどこか分かってんのか? おまえみたいな老いぼれでも、少しでも筋細胞があれば剥ぎ取られちまうぜ」
「そんなもん、百も承知だよ。あたしゃ何歳だと思ってるわけ?」
 不意に足払いされた。見えなかった。目の前にババアの姿がない。消えた。途端に恐怖が意識に充満する。まさか、伝説のあいつなのか?
 俺は立ち上がって辺りを見回した。
「ここよ。ここ」
 耳のすぐ裏側で声がした。振り向きざまに右の拳を振るう。空振りに終わって、また背後から囁くようなそれでいて嘲笑を秘めた声が届く。
「世界は広いね。そしておまえは小さい。あたしの名前はヒロミだよ」
 ヒロミ? やはり、あの伝説のボディービルダー、そして真の筋肉ハンターとして崇められる神。ヒロミだ。八十五歳の老衰で死んだんじゃなかったのか?
 俺は震える手で慌ててポケットからケータイを取り出した。まずいことになった。このままじゃ殺される。指が痙攣したように上手くボタンを押せない。早くあれを取り出さなければならない。
「フフッ。グッバイ! ボーイ!」
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