第16話 天斗の覚悟

文字数 1,736文字

 このまま夏を終わらせるものかと太陽は容赦なく私を照りつける。直火で焼かれた私の肌はじり、じりと温度を上げていった。絶え間なく私の皮膚の上に生じる汗の粒が、できた端から蒸気となって空気中に発散されていく。
 テーマパークやグランピングなどにでかけなくとも、天斗とただ川沿いの道を歩くだけで私は満足していた。一定の距離を保ってはいたが、天斗の横で私はくつろいで私自身でいることができ、かつ楽しい気分で過ごしていたのだ。
 次は天斗の家に、という約束通り彼に招かれ、私たちは彼の家へと向かっていた。
 家の中には誰もおらず、両親は仕事で家をあけている、次の機会には紹介すると言って、彼は私を家にあげた。
 天斗の部屋は二階の階段を上がってすぐのところに位置していた。追いかけてきた陽の光が、まだ物足りないとばかりに窓から差し込む。私は小さな丸いテーブルを前にして座る。テーブルの端にセレビィのシールが貼ってある。
「あのさ、あの時僕がもしついて行かなかったらって、今更なんだけど、考えなくもないんだ」
天斗のおしゃべりが始まる。落ち着かない様子で脈略なく、つじつまが合わず、言葉を羅列させていく天斗は、彼自身がまだ定め切れていないチューニングに合わせるのに苦心しているようだった。それに追いつこうとする私も難儀する。
「だけど仕方ないよね。きっと、それ以外できなかったと思う。僕はいい意味で策略家だったし、悪い意味で素直だったから」
ちょっとした焦燥状態が、天斗のスイッチをオンにする。天斗はスイッチが入るとスイッチが壊れるようだ。どこを押しても停止しない壊れたくすぐりエルモのように、小刻みに震えながらアーハッハハハと話し続けている。
「ねえ天ちゃん、私ひとん家では試してみたりしないから大丈夫だよ」
私がいつでも発情していると恐れをなしてでもいるのだろうか、と私は彼を安心させようと試みる。
「うん。今日は何もしないよ。僕はなぜかあの日を何度もなぞってしまうんだ。それで」
こんな風になる天斗をどこかで見た。サークルの説明会の日の彼の自己紹介を思い出した。
「その男が」
「どの男が?」
「役所勤めのコーチさ」
「ああ、小学生の時の地域のサッカークラブの?」
「そう。OBの父兄で、自分の子どもは在籍してないのにずっと運営に関わっていて」
話の内容もあの説明会で、天斗が語った自己紹介の続きのようだった。
「アルファードに乗ってる?」
「エルグランドだよ。それで、そいつに」
「待ってね」
天斗は話したいのだ、とわかった。私に、話したいのだと。彼の覚悟を受け取った。私は聞き手に選ばれた。その信頼に応えたい、と私は思う。
 友ちゃんの機転で事なきを得たが、天斗が語る先に、私も友ちゃんも破滅的な何かを見たのだ。彼が抱えているものもきっと、私が中学生の時に女教師に打ち明けた時のように、無理解による二次被害を引き起こす(たぐい)のものである可能性が高いと推測された。素性の知れない大勢の前でカミングアウトしていい事柄ではないと感じたのだ。
「お茶の準備して。あと私トイレに行ってもいい?」
「うん。それで、そいつに嫌われたら、試合にも出られないだろ? 車に乗せてもらえないことすらあった」
私の問いかけを聞いているのかいないのか、天斗のおしゃべりは止まらない。私は来るとき立ち寄ったコンビニで買ってきたコーヒーを天斗の前に置き、私の前、セレビィの隣にミルクティーを置いた。立ち上がった私の後を、天斗はついてくる。
「車に乗せてもらえないと置いてかれちゃうの?」
部屋を出て、廊下を進んだ私はトイレと思わしきドアの前で振り返る。天斗はそこで合っている、とばかりにうんうん、と二回首を縦に振る。
「そういう時は別の保護者が乗せていってくれるからまあいいんだけど。ただ、車に乗るメンバーがそのままスタメンになるってのはだいたい確定してて、だから朝集合した時には僕らの間でちょっとした緊張が走った」
私がそのままトイレに入り、ドアを閉めてもその前で、途切れることなく天斗は話し続けていた。私は用を足しながらもうすでに泣きそうになっている。天斗が、小学生の天斗が愛しくてたまらなかった。
「それであの日」
ドアの向こうでぐ、っと天斗が息をのんだのがわかる。
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登場人物紹介

果穂

天斗(たかと)

友(ゆう)ちゃん

ミート先輩

想像先輩

ゆうママ

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