第11話 ゆうママのカウンセリング

文字数 2,503文字

 天斗は自分のことを粗末にしていると私に言った。天斗以外の人にも指摘されたことがある。高校で出会った友ちゃんだ。
 前年に、大規模な編成があり、今まで三つに分けられていた学区がなくなり、私の住んでいた市内全域の高校が受験可能になった。私は自分の家から最も離れた高校を受験し合格した。同じ中学出身の子は一人もいなかった。
 入学早々、まず三年生の先輩たちの間で私はまわされた。実際にまわされたわけではない、つまり、何人もが一堂に会して順番に、というわけではなかったが、私は自分がまるでアメフト部員たちに囲まれた、ホテルニューハンプシャーのフラニーになった気分だった。すぐやれる女子のリストでも出回っているのか、日替わりのように、入れ替わり立ち替わり色んな男が現れては、私の中で果てていった。
 中学卒業直前に、体育教師の斉藤とヤったことで、タガが外れたようだった。私にとって、セックスの相手をすることは、落としたハンカチを、拾って手渡されたようなものになった。どうも、と受け取るだけだ。知らないふりをしたり、いらない、と手を払いのけたりする方が不自然だ。日常的で、わざわざ取り沙汰されるまでもない、そのように軽視することができるなら、私の罪も軽くなるはずなのだった。
 私が悪いと考えていた。私が悪い子だから、だと考えていた。中学時代の、女教師の激昂を思い出す。実の父親と寝る、私のしていることは、ひとの逆鱗に触れる悪事なのだ。そんな悪い私が、いてはいけないような私が、上に乗った男がせわしなく動いている間だけは、ひとの役に立ち、存在していても許されるような気持ちがしていた。
 救うどころか、追い詰めていっていることを、体感していないわけではなかった。それでも私はその考えを視界から追い出し、ゆさゆさと揺らされながらぼんやりと天井の模様を眺め続けた。他にやりようを知らなかった。
 まもなく同じ一年生の男子の間でも、公衆便所として有名になった私に、友ちゃんは声をかけてきた。
 誰にも言えない秘密を抱えた私は、ずっと友だちを作るのが困難だった。気を抜くと私の心のダムは決壊して、全てをぶちまけてしまうという危機感を常備していた。うちとける、ということができぬまま、私は周囲に壁を築きあげることに躍起になっていた。
 何の用かと警戒する私に、友ちゃんは、自分のことを粗末にしてる子をほっとけないのだと言ったのだ。カッとして私は言う。
「なあに? 嫉妬? 自分が非モテだからって、難癖つけてくるのやめてくれる?」
 私は幸運だったのだと思う。友ちゃんはキャッチしてくれた。私の全身から発せられていたヘルプ信号を、自身でさえ掴めていなかった、助けてほしいという心の叫びを、掴み取り、言葉に落として差し出すことを、私に成し遂げさせた。私の身に起きたことを洗いざらい聞かされた時、果穂は悪くないよ、大変な思いをしてきたんだね、と友ちゃんはたれ目の目をもっとたれ目にして涙を見せたのだった。
 放課後、友ちゃんと一緒に下校していた。湿気を孕んだ粒が飽和してぽつ、ぽつ、と降り出した雨が地面を濡らす。傘を持たぬ私を、友ちゃんはうちで雨宿りしていくように、と、家の中へ招き入れた。
 お母さん、プロなんだよね、と言う。だから料金が発生するけど、そう言って、友ちゃんは自身の母親、ゆうママを私に紹介した。
「三十分五千円」
カウンセラーを職業としている、ゆうママに提示された額だった。参考書を買うだとか、放課後スタバに行くでもいい、父に言えば出してくれるだろう。父に出してもらった金で、父の悪事を暴くのだ。カウンセリングなど受けたことのなかった私は、相談、という名の断罪、もしくは告訴のようなものだと感じていた。
「なら自分で稼ぐのはどう?」
ゆうママはそう言って、知り合いの営むパン屋を紹介してくれた。早朝五時から私の登校時間までの間、パンの製造の補助をするバイトだった。
 私が手にしたバイト代で、彼女のカウンセリングの予約を取ることができたのは、まだもっと先の話になる。
 カウンセリングを受けなくとも、彼女は具体的なヒントを惜しみなく私に与えた。パン屋での早朝バイトが始まった私に彼女はこう言った。
「お父さんには起こさないで、って言ってみたら? 朝早いから、起こさないでって」
それは暗に、私は寝ていたわけではない、ということを伝える、ということだった。そのたびに、起こされていたのだということを、父にわからせるということだった。
 すっかりなくなったかのように思えた。父が深夜、私の部屋を訪れることはなくなった。それでも皆無になったわけではなかった。ついに行為の最中に、私は目を開けてしまう。父と目が合う。そんなことをされているとはつゆ知らず、寝続けている、わけではない私と目が合ったのだ。一旦は動きを止めた父が、再度腰を動かし始めた。限界だった。
 私はいよいよ一万円札を握りしめ、予約した時間に友ちゃんの家を訪ねる。三十分では足りず、延長する確信があった。
「繋がってくれてありがとう」
ゆうママは私を歓迎し、あなたはもう後戻りはできないラインを超えたと私に教えた。
「自分のために、お金や時間、労力を支払うことは、自分にそれだけの価値があると思えなければできないことでね。果穂ちゃんはそれができた。しかも無形のものに。もう戻りたくても戻れないの、速度は関係ない。後は進むだけ」
 彼女は私へのカウセリングと共に、具体的な解決策もどんどん提案する。加速度的に、現実が、変わっていった。
「パン屋での仕事には、もっと早い時間のシフトもあるのよ。電車もバスもまだ動いてないの。私と一緒に、車で行くしかないのよ」
私はお風呂もご飯も済ませると、翌日の時間割を揃え、友ちゃんの家に行って泊まるようになった。父の帰りは遅く、顔を合わせることはほとんどなくなった。
 私の歩みが止まりそうになった時、絶え間なく横たわる励ましがあった。勇気を得た私は父に告げる。家を出て、一人暮らしがしたい。父は黙って保証人になってくれた。どこか、ほっとした様子に、私は父も苦しかったことを知る。
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登場人物紹介

果穂

天斗(たかと)

友(ゆう)ちゃん

ミート先輩

想像先輩

ゆうママ

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