第4話 舞台「四角街のジェファミニカ」

文字数 1,461文字

 ~四角街のジェファミニカ~
 
 その文言を見た私は思わず震えた。持っていたフライヤーを危うく破るところだった。フライヤーはツルツルしていて破りにくそうに思えた。しかし、破ることを自分事として考えていない私は、そこまで意識が回らなかった。意識が回らないのに表現していた。
 私の知らない人の名前と顔が羅列されたそれをテーブルに乗せて、人差し指を使って回したら、万華鏡みたいになった。
 万華鏡って(笑)
 お姉ちゃんがくれたそれは、同じサークルの友だちが出演する舞台演劇の案内だった。私は舞台演劇を見たことがない。映画館に行ったことがないので当然である。私は物事を理解するのに時間を要する人間であるから、自分のペースなどお構いなしに進んでいく鑑賞型の芸術を好まないのだ。そんな私にお姉ちゃんは言った。
「自分のペースなどお構いなしに進んでいく鑑賞型の芸術から得られるもので、自分のペースを尊重してくれる鑑賞型の芸術に深みをもたらしてくれるものもあると思うよ」
 確かにそうかもしれない。ただ何より、自分のペースなどお構いなしに進んでいく鑑賞型の芸術に傾倒して、大学で映画制作をしているお姉ちゃんが、自分の反対側の芸術を悪く言わなかったことが嬉しかった。嬉しくなったついでに舞台にも行くことにした。
 久しぶりの姉妹でのお出かけに、私は興奮冷めやらなかった。結局、何をするかより、誰とするかなのだろう。まずい、これでは演劇鑑賞があまり重要でないことを暗に示していると思われるかもしれない。いや、正直に告白しよう。私は舞台演劇にあまり関心がない。そもそも、舞台のチケットが5千円もするのが私に衝撃を与えていた。衝撃の度合いでいうと、成長期が終わったのに1年で身長が5センチ伸びた時くらいである。5千円と5センチって分かりにくくしちゃたね。舞台のチケットは5センチではないよ。デジタルだから。大きさの概念なんてないんだ。作ることはできるけど。
 最寄りの駅から15分ほど歩いたところに、その会場はあった。私は舞台と言う位だから、劇場やホールの類を想像していた。しかし、そこにあるのはどこにでもありそうなペンシルハウスだった。お姉ちゃんは勇敢にも中に入っていく。私はついていくことしかできない。もしお姉ちゃんが姉の権利を私に譲渡したとしたら、私は姉という役割を全うすることができるのだろうか。
「段差あるから気をつけて」
 お姉ちゃんは段差に気をつけたのだ。誰に言われたわけでもないのに。私は言われたから段差に気をつけた。それは提灯に釣鐘、または月とすっぽんだった。このシリーズ誰でも作れそうなので、どこかで、月とすっぽんみたいなことわざ手作り体験教室をやっているんだろうなと思った。私はそこにはいかないけど独学で作った。涙と鼻水。
「麗しき妹よ。知らない世界に飛び込む覚悟はできた?」
 お姉ちゃんは私のことを時々、麗しき妹と呼ぶ。私はお姉ちゃんの妹で良かったと切に思う。だから当然私は笑った。炭酸飲料を飲んだ後みたいにはじける笑顔で。
「罪な女だ。女の笑顔に勝るものなんてないことを知ってるな?」
「女子の涙よりも勝る?」
 お姉ちゃんは、ニコッと笑って私を見た。
「私は笑顔を守るために生きているんだ。笑顔に勝るものがある世界では生きられない」
「もう、お姉ちゃんたら、もう」
 言葉が人を形作る。言語化することで自身の心が規定される。だから、私はいつの間にか麗しき妹になっていた。

 舞台演劇の話はどこ行った?
 どこにも行きやしないよ。君が探し続ける限りは。
 

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