第27話 弟妹の願い

文字数 5,043文字

 試合は俺達が二つともボールを持った状態で再開された。


 俺は靴紐を結び直して準備を整える。しかし、
(つっ・・・・!!)
 先程無理な体勢で取った時、右手人差し指を突き指していた。

「漸井君・・・?」
 鳳城は何かを察したのか、俺の方をのぞき込む。
「よし、さっさと終わらせるぞ!」
「いや、そんな・・・」
 俺は鳳城の言葉を聞き終わる前にボールを投げる。

「いっっ・・・!!」
 投げる際に声が漏れる。
「くっ・・・」
 どうにかまた一人外野送りにできたが、ボールが一つ相手の内野に渡る。 


「よし、じゃあうちもいくで!」
 続いて鳳城も投げると、
「がぁ!!」
 当たった。しっかり命中した――――――相手の外野に。
「あ」
「どういう投げ方したらこっちに飛ぶんだよ!」
 真横に放たれたボールが当たり、相手の中学生が怒る。
(ごもっともです・・・)
 投げるのが苦手だと言っていたが、これは重症だな。

「漸井君ごめんなー、やっぱりうち投げるの無理みたいやわ」
「大丈夫大丈夫、あとは俺がやるから」
 強がって言ってみるが、そう何度も投げられるか不安だった。

 ボールが二つとも相手チームに渡ると、再び前後から挟み打つ陣形を取る。
「鳳城、内野からのボールは俺が取るから後ろは任せた」
「任せとき!」

 俺は前からくるボールだけに集中した。
 が、その時だった。
「ごはっ!!」
 後頭部に謎の鈍痛が重く響き、その影響で前から来るボールも反応できずに腹部に深く沈み、俺は前に倒れた。
「あー!ごめんなー漸井君!顔に向かって飛んできたからつい避けてもうたわ!」
「お前・・・」
「でもそんな状態だと外野にいても可哀想だし、漸井君は休んどき」
 そういうと、遠くで見てた二人の姉弟を呼ぶ。
「沙希!凌太!お兄ちゃんを連れっててあげ!」
「わかった!」
「うん!」
「ちょっ!鳳城待てって!」


 俺は強引に引きずられる形で観覧席に着いた。
「お兄ちゃんお疲れ、かっこよかったやん」
「あ、あぁ、ありがとう・・・ってそんなこと言ってる場合じゃなくてすぐ戻らないと!」
「兄ちゃんそんなに焦らんと、笹姉に任せ解けば大丈夫や」
「そうだよお兄ちゃん」
「どういうこと・・・?」
「まぁ見といたら分かるわ」
 俺は二人の言っている意味が理解できないまま、鳳城の応援をすることになる。


「おいおい、結局また一人に戻ったけどいいのかよ。とっとと終わっちまうぜ」
 中学生は煽り、それに鳳城は応える。
「そうやなー、すぐに終わってまうかもなー」
 鳳城は俺に当たって落ちたボールを拾い、両手にボールを持って言う。

「ボールは二つ、人数差もこんなにあってルールはめちゃくちゃ・・・そこでお願いなんやけど」
「あ?」
「ボールの当て方はなんでもええ?」
「どういうことだよ?まぁ好きにしろよ、どうせ何しても勝てないんだから」
「ありがとな、ほないかせてもらうで!」
 鳳城がそう言った次の瞬間、

「がっ!」
 ボールが一人、命中する。
「よーしまず一人、どんどんいくでー!」
「おまっ!なんでもありって言ったけどそれはっっっぐぁ!!」
 鳳城はもう一つのボールも命中させる。

 遠くで見ていた俺も、相手チーム同様に驚かされていた。
「足!!??」
 隣で見ていた二人は予想通りといった様子だった。
「大丈夫ってこれのことだったのか」
「せや、笹姉は中学までずっとサッカーやってて、足が器用すっごいなんや」
「足を使わせた笹姉に怖いもんなかないで」
 二人の言葉を体現するように鳳城は綺麗にボールを捌き、相手の内野を減らしていた。


 相手チームの内野は9人まで減ったが、ボールは両方とも相手に渡る。
 すると再び芸もなく、再び挟み撃つ形で陣形をとる
「これで終わらせるぞ!」
 そう言って前後から同時にボールが放たれる。
「鳳城!」
 俺はコートに出そうになったが、鳳城は掌を此方に向けて制止させる。

 直後、正面からきたボールを両手で受け止めると、後ろからきたボールを左足のヒールで蹴り上げ、ボールは空高く飛んだ。
「「「「!?」」」」」
「よっ」 
 空高く飛んだボールが落ちて来る間、片手にボールを移動させ、もう一つのボールも受け止めた。
「さっ、あともう少しやな」

 そこから先は一方的な展開だった。鳳城は肩や膝などを使って巧みに捌き、複数人同時に当てることもあった。


 俺は試合を観戦しつつ二人と話す。
「お姉ちゃんすごいな」
「うん!」
 凌太君が嬉しそうに返事をし、続けて沙希ちゃんも嬉しそうに話す。
「笹姉な、スポーツ全般上手で、スポーツをしてる時が一番楽しそうにしてるんよ。あーでもお兄ちゃんも分かってると思うけど、投げる類のスポーツは駄目駄目なんやけどね」
「そうだったな。けど駄目駄目でも、楽しそうにしてたのは感じたられたな」
「ほんまスポーツ馬鹿な姉やんなぁ」
 3人で会話に笑いが生まれる。

 そして沙希ちゃんが続けて話す。
「笹姉は中でもサッカーがめっちゃうまいねん。でも男子以上にうまくてな、うちらはサッカーはやめてん」
「え、それはどうして?お姉ちゃんと一緒にやりたくないのか」
「最初は追い抜いてやろうって思ったんやけど、笹姉と同じことやってても勝てんことに気付いて、やめたんや」
「あーそれで太一は野球を・・・」
「俺もや!」
「凌太君も野球やるのか・・・ってまさか沙希ちゃんも?」
「うちはもうやってない、今はバスケ部や」
「みんな運動部入っているんだな」

 そう言った後、ふと以前のことが引っかかった。
「でも、あんなに動けるのに何も部活に入らないのはもったいないな」
「入りたくなくて入っとらんわけやない」
「どういうこと?」
 俺は2人に尋ねる。

「・・・笹姉からどこまで聞いとるかわからんけど、うちらのおかんは今おらんねん」
「単身赴任だっけ」
「せや。昔は笹姉もすごい部活に打ち込んでて、うちらもそんな笹姉を見てるのが好きやった。けど2年前からおかんが単身赴任で家におらんくなってからや。両親共働きやから笹姉が家事を殆どするようになって自分の時間はなくなっていったんよ。それでな、うち言ったんよ『笹姉だけに任せられん!』って。せやけど、うちらのことを思ってくれて、殆ど手伝わせてもらえへんのや」
「母親代わりになっているんだな・・・」
「うちらも2年前に比べて色々と一人で出来るようになったんになぁ・・・」
「そうか・・・だから駄目だったんだな・・・」
「駄目?」
 小さく漏れた言葉に凌太君が尋ねる。
「俺さ、今野球チームを作ってんだ。けど未だメンバーが足りてなくてこの間お姉ちゃんを誘ったんだけど、そういう事情だったんだな」
「!・・・・・」
 沙希ちゃんは俺の話を聞くと、何かを考え込んだ。

 そして、
「・・・・えと」
「どうした?」
「うちの笹姉は、その・・・お兄ちゃんのチームで楽しくできるやろか?」
「愉快な奴らばっかだから心配することないよ。でも・・・・・・」
「ほんま?・・・ほんなら—————!」
 沙希ちゃんが途中まで言いかけた時だった。

「みんなー終わったでー!」
 どうやら勝負の決着がついたようだった。
 鳳城の背後には退散していく中学生たちが見えた。
「あの子たちは?」
「なんや、土下座しようとしとったから止めさせたんや。皆反省しているようやし、今回はお互い悪かったちゅうことにして解散させといたわ。それでよかった二人とも?」
「う、うちはあいつらが反省しとるんやったらそれでええ!」
「凌太は?」
「俺もええよ!」
「ほんならよかったわ」
 そう言って鳳城は二人の頭を撫でる。

 するとその時、最後の一人が遅れてやってきた。
「おーい!!」
「なんや、太一も来よったん」
「俺だけ留守番とか嫌やわ!」
「せやけどもう笹姉と兄ちゃんが終らしてくれたで」
「え~~~!!俺が来た意味ないやん!」
 皆の間に笑いが起こる。

「ほんなら、もう終わったことやし帰ろうか」
「じゃあ俺もこの後用事あるし、もう行くよ」
 俺自身も忘れかけていたお使いの件を思い出す。
「そういやそんなんゆうてたな」
「そういうわけだから、また明日学校でな鳳城。みんなもまたな」
「今日はほんまありがとうな!」
 俺達が別れを告げて帰ろうとした時—————

「待って!!」
「ん?」
 沙希ちゃんが俺の袖を掴んで言う。
「沙希?」
「笹姉・・・今日楽しかった?」
「え?う、うーん、せやな・・・楽しんでいたところもあったかもしれへんなぁ。けどそれがどうしたん?」
「そうやな・・・・」
 沙希ちゃんは何か慎重に言葉を選んでいるようだった。
「笹姉はスポーツ好きやもんね、昔からずっと」
「沙希・・・?」
 鳳城はまだ沙希ちゃんの言おうとしてることが分かっていない様子だった。

「さっき聞いたんや。お兄ちゃん今野球やってるんやって」
「あーたしかそないな話、前に聞いっとたなぁ」
 鳳城は俺が前に一度誘った時のことを朧気に思いだす。
 
 すると、
「せやから、笹姉もやればええやん」
「え?」
 沙希ちゃんの言葉に鳳城が驚く。

「今お兄ちゃんのチーム人数足りないらしいねん。だから笹姉一緒にやってあげてや」
「そんなのあかんよ・・・漸井君や他のみんなにも迷惑になるし」
 鳳城は困りながら言う。

 沙希ちゃんが何も言わずに俺の方に向いたので、それに応えた。
「俺もチームの皆も歓迎すると思うけど・・・」
 俺はさっき聞いたことが引っかかり、言葉が続かない。
 
 俺が言い淀んでいると、鳳城が言う。
「仮にそれがよくても、うちはやらん!」
「どうしてや!あんなに楽しそうにしてはったのに!」
「それとこれとは話が別や!」
 二人の周りにピリピリした空気が纏い、凌太君も泣き出しそうな顔をしていた。

 俺はこの場を打開するため何か話そうと考えるが、思いつく前に沙希ちゃんがゆっくり話し出した。
「笹姉はさ・・・うちらのこと気にしすぎなんや」
「そ、そんなん当たり前やろ!それがうちの・・・!」
 鳳城が言い終わる前に、沙希ちゃんは話す。

「もうええよ、笹姉はこれまで十分ようやってくれたよ。おかんが単身赴任でいなくなってから2年間、自分のやりたいこと我慢して、苦手なだった家事も覚えて、うちらのために尽くしてくれた・・・でももうええんや、うちら笹姉には楽しくいてもらいたい、笑っていてほしいんや。凌太も4年生になってみんな大きなった。家のことならもう笹姉に頼らなくても大丈夫や。だから笹姉、もう自分のやりたいことやってや。うちらは笹姉が楽しくしてるのが好きなんや」
「沙希・・・」
 沙希ちゃんの想いを聞き、上がっていた熱も引いていた。

 沙希ちゃんに続くように二人の弟も話す。
「笹姉、蒼太兄のチームで野球するん!?俺応援するわ!!」
「俺も!」
「太一・・・凌太・・・」
 鳳城は葛藤していた。

 そして鳳城の中で何かが吹っ切れたのか、大きくため息をついた後、顔を上げた目の端に涙を浮かべながらも笑って言う。
「ほんまずるいわぁ。そんなにうちを家から追い出したいん?・・・・・・わかった、漸井君のチームに入らせてもらうよ」
「「「やったー!!」」」

 皆が喜んでいる中、鳳城が付け足すように言う。
「けどこれからは、前より早く家にが帰れんくなる日も出て来ると思う。せやから皆、一緒に手伝ってくれる?」
「もちろんや!」
 沙希ちゃんがの食い気味に言い、太一と凌太くんも続く。
「当たり前やろ、もう子供扱いすんなよな!」
「せやせや!」
 鳳城は弟妹からの想いを受け止める。
「うん・・・皆ありがとうな」
 
 最後に鳳城は再び俺の方に振り返り言う。
「漸井君、そういう訳やけどええかな?投げることはまだ不慣れだけど、他の面で協力させてもらうわ」
「あぁ、これからよろしくな」
「こちらこそ、よろしゅうな」
 俺達は固い握手で誓いを示した。

 その時、鳳城が何かを思い出して言う。
「せや、漸井君何か用事ある言うてたけど大丈夫なん?」
「あ」
 時計を見ると時刻は17時を回っていた。
「やば!俺もう行くわ!また明日!」
「あっ気ぃつけてなー!」
「明日から笹姉をよろしゅうなー!」
「また野球やろなー!」
「ばいばーい!」
 俺は鳳城姉弟に見送られ先を急ぐ。


 買い物を済ませて家に着いた頃には18時を過ぎていた。母さんからは、『高校生にもなって買い物一つもまともにできないのか』と、酷い言われようだった。
 今日は小学生や母にいろいろ言われ傷つく日ではあったが、それ以上に大きな収穫があった。

 これから鳳城が加わることで一段といいチームになるはずだ。


 チーム完成まで、あと一人—————
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登場人物紹介

漸井蒼太(ささい そうた)・・・主人公

篭谷彰人(かごやあきと)・・・蒼太の親友

押杵美桜(おしきねみお)・・・同級生、杏色の髪にポニーテールが特徴

篭谷優未(かごや ゆみ)・・・彰人の妹

藤沼聡(ふじぬまさとる)・・・同級生、アフロ、ムードメーカー的立ち位置

西園寺怜菜(さいおんじれいな)・・・同級生、お嬢様

秋浜美早紀(あきはまみさき)・・・蒼太たちのクラスの担任

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