第9話 呆気ない結末の先に

文字数 3,326文字

 一回の表、彰人が左打席に立つ。

 相手の野球部のピッチャーはいきなりエースの登板で、投球練習の段階ですでにかなりの速球を放っていた。

 
 互いに息を整え、ピッチャーがボールを投げる。

 ボールは140kmを優に超えて放たれた。

 が、それを彰人は初球から簡単に打った。 ボールはライトとセンターの間を抜け、3ベースヒットになりそうな当たりだったが、そこは強豪野球部、彰人を2ベースに止める。

 早くも打順が回って来た。
 俺は右打席に立ち、深呼吸をする。昔は短くバットを持ってコンパクトなバッティングを得意としていたが、長打が必要な今それでは意味がない。
 そう思いバットを長く持つ。

 俺の準備ができたところでボールが放たれた。

 ボールはど真中ストレート。

 しかし初球を見送りワンストライク。ベンチから見ていた時と、実際にバッターボックスに立って対峙して見るのでは感じ方が違う。彰人は簡単に打っていたが、これを攻略するのはかなり困難だ。
(バッティング自体久しぶりなのに・・・これ打てるのか・・・?)

 不安を抱いている間に2球目が投げられる。

 外角低め。

 フルスイングをするも振り遅れ、ツーストライク。
 後がなくなった。
 次空振りか、彰人を返す程のヒットを打てなきゃ今回のルール上交代だ。
 相手のピッチャーも俺が彰人程脅威がないと知ってか、肩の力を少し抜いているように見える。

 
 そうして放たれた運命の3球目。
 ボールは先程より球速が落ちているようだ。 
(行ける・・・!)

 そう確信した矢先、ボールが内側をえぐるように曲がってきた。


(シュート!?)
 そう感じたときにはすでに遅く、詰まらせて打ったボールはセカンドフライでアウトになり、交代となる。

「わるい・・・」
「いいよいいよ、最初はあんなもんだろ。慣れてきたら一発ドカン!っと頼むぜ」
 彰人はそう言ってマウンドに向かっていく。


 一回の裏

 野球部の一番はキャプテンから始まった。その立ち振る舞いから、初球で終わらせてようとする気迫が感じられた。

 俺はミットを構えて彰人の球をしっかり捕球すればいい。さっきのバッティングでは足を引っ張ったから、これくらいはやってやらねば。

 遊びで始まったこの試合も、俺はいつのまにか本気で楽しみつつあった。

 俺がミットをど真中に構えるのを彰人が確認すると、大きく振りかぶった。そしてそこから放たれたボールは、ミットに吸い込まれるように綺麗な直線の軌跡を描く。


 乾いた音がグラウンドに響き、ミットにボールが収まっていた。
(っつぅ~~~~~~~) 

 ワンストライク、キャプテンはバットを振ることもできずに棒立ちだった。先程まで俺達に見下した態度をとっていたキャプテンも、この一球で表情が一変していた。
 それもそのはず、野球部が試しにスピードガンで計測していた値は145km。なぜこのような人物が今迄野球部にいなかったのかと、ベンチの方ではざわつきを隠せていない。

(これ何十球もとれないぞ・・・)
 対して俺は左手の激痛に耐えていた。


 二球目。

 内角低めにミットを構える。
 ボールはまたミットに収まると思われた。がしかし、今度はバットに掠り後ろに飛ぶ。
 
 ファール。
 ツーストライクとなり結果的には追い込んではいるが、さすがは野球部のキャプテン、2球目ですでに合わせにきている。


 三球目。

 外角低めに構える。
 キャプテンはすでに勝った気でバットを構え直し、放たれたボール目がけてフルスイング。
 
 しかし結果は空振り。ボールはミットの中に収まっていた。
 
 向かってくるボールはミットに対してすこし高い位置に向かっていたが、打者の前で少し落ち、空振りをとった。
 そう、彰人の投げたボールは"チェンジアップ"だ。先程までの140km超えのストレートから一変、球速が30km以上落ちたボールによって打者のタイミングを狂わせる。 
 普段のキャプテンならもう少し注意深くなっていたと思うが、度重なる彰人の煽りで冷静な判断が欠けていたのか、このような結果になった。


 その後の2番3番打者も空振り三振となり、三者凡退で終わらせる。

「しゃっ!」
 彰人は意気揚々とマウンドから降り、俺も彰人に続いてベンチに戻る。
 交代には多少のインターバルがあるので、俺はプロテクターを外した後、彰人に断って手洗い場に行くことにする。

 手洗い場に着くと手にはめていた守備用のグローブを外し、左手を水で冷やす。
「うっ・・・」
 思わず声が漏れる。あれほどの速球を受けていた左手は赤く腫れていた。
「俺も彰人と同じくらいうまくできたら、本当に勝てそうなのにな。ははは」
 これでは良いバッティングは望めない。彰人にホームランを打ってもらうしかないが、それは他力本願すぎる。 
 左手をある程度冷やした後、水を顔に浴びて気を引き締める。

 グラウンドに戻ると彰人が待っていた。
「ごめん、ちょっと喉乾いてて水飲んできた」
「あっちもまだ準備してるし問題ない。この回で終わらせようぜ!」


 こうして二回の表が始まる。

 彰人は先程と同様に初球から打ち、もう少しでホームランのところだったがぎりぎり届かず3ベースヒット。
 そして続く俺は・・・・空振り三振。
 あっという間に交代となった。
「く~惜しかったな」
「またわるいな・・・」
「気にすんな!さ、守備につこうぜ」
「あぁ」
 彰人に励まされ再び守備の準備をする。


 二回の裏。

(っっつ・・・・)
 腫れている手はグローブに入れるだけで痛みが走る。
「よっしゃこい!」
 強がりでも何でもいい。今はこの野球部に勝ってみたい、その気持ちだけが俺を動かしていた。彰人の球は一巡やそこらで打たれないだろう。
 無茶かと思われたが、俺が捕球し続けてば本当に勝てるかもしれない。


 しかし、この期待と興奮は彰人の投げた球によって霧散した。

 投げられた第一球はのストレート。しかし球速は100km満たない程に放られていた。
(えっ・・・・)
 それを打者は見逃さず一気にバットを振りぬき、ボールは遠くに消えていった。
 

 そうして野球部との試合は二回裏のサヨナラホームランで幕を閉じた。

 試合後は約束通りデータを消した。それを確認したキャプテンは今週の試合のミーティングをするため、部員を連れて校舎に入っていった。


 それを見送った彰人は、
「いやぁ負けちまったな。やっぱり相手にならないかー」
 悔しそうな仕草を微塵も見せなかった。

 しかし俺は先程の投球について問う。
「さっきわざと打たれるように球投げただろ」
「違う違う。すっぽ抜けたんだよ」
「・・・俺のせいか?」
「そんな訳な」
 ない、そう誤魔化す前に俺の顔を見て言い直す。
「・・・・・あれ以上蒼太に捕球させられないだろ」
「やっぱり手のこと知っていたのか」
「最初の捕球の時点で一瞬苦しそうな顔してたからな。手見せてみろよ」

 渋々グローブを外して、腫れている手を見せる
「やっぱり・・・いきなりこんなことさせたのが無茶だったな、ごめん」
 俯いて罪悪感を感じているようだ。


 しばらく静寂の時間が流れる。

 そしてそれを振り払うように、彰人は急に顔を上げて言う。
「で、いつ再戦しよっか」
「またやるのかよ!」
「もちろん。でも再戦をするのはまだまだ先の予定で考えてる」
「それまでの間練習するってことか?」
「それもあるけど・・・」
 彰人はそこで一度言葉を区切る。

 そして溜めていたものを吐き出すように言った。
「仲間を集めよう」
「は?」
「だから、仲間を集めて普通のルールで再戦をするの」
「今更かよ・・・」
「あの特別ルール自体俺たちに不利過ぎたしな。それに、大勢でやった方が楽しくなりそうだろ」
「は、はぁ・・・」
 彰人は笑いながら話す。

「仲間集めって・・・いやその前に再戦をするにしても、これからの忙しい時期に野球部がまた相手してくれるか?今回は彰人が半ば脅迫で押し切ったけど」
「うーん、もうネタもないからまた仕込むしかないか・・・」
 彰人が次の再戦に向けて悪い笑みを浮かべ目論んでいると、

「その再戦、受けてやろう!」

 俺達は突如として現れた声の主の方へ向くと、そこにはある人物が立っていた。
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登場人物紹介

漸井蒼太(ささい そうた)・・・主人公

篭谷彰人(かごやあきと)・・・蒼太の親友

押杵美桜(おしきねみお)・・・同級生、杏色の髪にポニーテールが特徴

篭谷優未(かごや ゆみ)・・・彰人の妹

藤沼聡(ふじぬまさとる)・・・同級生、アフロ、ムードメーカー的立ち位置

西園寺怜菜(さいおんじれいな)・・・同級生、お嬢様

秋浜美早紀(あきはまみさき)・・・蒼太たちのクラスの担任

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