第1話

文字数 1,704文字

 倉満聖次と佐村耕一の二人が、その骨董品店の前に立ったのは二月程前のことである。
その時、店主の難波恵は多くの書画・骨董が埃を被ったまま放置されているその店の奥で
コンピュータの操作に没頭していた。知識ばかりは身に付けたものの、骨董の目利きなど
ほとんど経験のない恵は、先年亡くなった父が遺した借財の返済の足しになればと、ネッ
ト・オークションに出展するべき骨董品の目録を作成していたのである。
 たまに店先を訪れる物好きな客にもまったく関心を示さない恵に、いつしか客も去って
いくというのが通例であったが、この二人の男はそうではなかった。さて、二人が恵を訪
ねてきた理由とは…。

 数百年来の旧家で、地元の名士として名高い倉満家の現当主、聖次は窮地に立たされて
いた。十数年前、聖次自らが設立し、経営を担ってきたベンチャー企業の抱える負債が、
今や倉満家が長年に渡って蓄え、維持してきた土地・家屋、絵画・骨董、株式など、すべ
ての財産を処分しても追いつかないくらいの額に達していたのである。
 ところが聖次は、この状況に至っても決して他人に助けを求めようとはしなかった。傲
岸不遜と言われるまでにプライドが高く、旧家で名士という家柄を後継することを常に意
識して四十年近くを生きてきた聖次にとって、他人に弱みをさらけ出し、その情けにすが
ることなどまったく思いもよらないことだったのである。
 しかし、いくら誇り高き名家の出であると言っても、債務の不履行を許してもらえるほ
ど世間は甘くない。聖次は、年若い頃からの数少ない友人の一人で、父、徹がその晩年に
雇い、今は財務担当の秘書という名目で働いている佐村耕一に可処分財産を見積もらせ、
打開策を探らせた。
 そんな中、佐村が聖次に報告したのは、三十年ほど前、徹が極小規模に行っていたある
発掘作業の記録であった。記録によるとそれは、倉満家がその勃興期から所有している
奥深い山林のひとつに簡便な機材を持ち込み、極少人数の人員を使って行った極秘計画
であったらしい。当時、まだ十歳にもならなかった聖次も、徹が倉満家の歴史に興味を
持ち、まったくの趣味と言いながら相当な時間と労力、私財を注ぎ込んでいたことをぼん
やりと憶えている。しかし、その計画がどういう結末を迎えたのか、記録にも、また聖次
の記憶にも残っていない。当時、聖次は中学受験を目指して忙しくなりはじめた時期でも
あり、気づいた時には、徹の歴史への興味は失われてしまっていたようであった。それ
が、数多く抱える種々の家業の忙しさのせいだったのか、それともただ単に飽きてしまっ
たのか、理由は判然としないながらも、ある時期を境に一切の記録はなくなっていたので
ある。
 先祖を尊び、家名への誇りが一段と高かった徹は、その誇りを糧としてあらゆる方面で
傾きかけていた家業の数々を立て直すことに成功した苦労人であったが、何を考えて、こ
の発掘作業に夢中になっていたのか。その理由は佐村が処分可能な財産を探して倉満家の
古い所蔵物を調べるうちに見つかった。それは、広大な土地を所有するに至り、この地方
の名士と認められるに至った頃の倉満家三代目当主、吉九郎が遺した記録文書で、伝来の
土地に莫大な金銀が埋め遺してあると読めるものであった。
 聖次はその記述に心を奪われた。三代目吉九郎と言えば、この地方が生んだ偉大な経済
家の一人として知られ、倉満家を名士に押し上げた最大の功労者でもある。その彼が蓄え
た金銀が、今も倉満家の所有する山林のどこかに人知れず眠っているとするなら…。
 更に詳しく調査を進めるよう命じられた佐村は、財務担当秘書としての立場から仕入れ
た情報を駆使し、聖次の許可を得た上で、協力者とするべき二人の人間に目星をつける。
その一人が、借金を抱えて死んだ父の後を継いだばかりの恵であり、もう一人は、佐村に
は個人的にも恩があるという地質学士で掘削技師の堀井彰であった。多額の借金を抱えた
二人が、聖次の提示する高額の報酬を前にして秘密の宝探しへの協力を断れるはずもなか
った。
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