#7

文字数 2,442文字

「調べ終わったよ。また呼ぶまでは部屋で過ごして」
「はい」
 先生が犯人を突き止めた。
 今回こそは犯人が死なないように止めないと。
 部屋に戻ってベッドに座って、緊張で手が震えてくる。
コンコン
「はい」
 呼んだのは先生だ。
「霧島くん、ホールに出て」
「わかりました」
 ホールには、すでに占部さんが待っていた。前よりいくらかよくなっている様子はない。犯人が分かっても何もいいことはないのだ。事件の瑕が癒えるはずもない。
ぼくは先生と長い間共にいたからわかる。たとえ先生の指摘する犯人が死ななかったとしても後味のいい事件というのはないのだろう。
 先生が橋谷さんとホールに出てきた。これからいよいよ始まる。
 先生が口を開いた。
ザアー
「みんなに集まってもらったのは謎解きをするためだ」
 ホールが緊張に包まれる。嵐の音が一層大きく聞こえた。
「まず、犯行時刻に確かなアリバイを持つものはぼくと霧島くんだけだ。これはいいね」
「はい」
「僕と霧島君は南側の部屋にいた。そこから現場の北側の部屋に行くにはホールを通らなきゃいけない。でも藩王が行われたと思われる時間帯、ホールにはずっと占部さんか橋谷くんがいたわけだからぼくと霧島には犯行は無理だ」
 ぼくたちは納得したようにうんうんとうなずく。占部さんの肩は相変わらずふるえたままだ。
「しかし、奈森の部屋は二階で、ぼくと占部さんは一回のトイレと部屋に立ったんだぞ」
「そうだな。確かに二階へ行くにもホールを通らなきゃいけない。ほかに道がなかったらの話だがね」
「まさか、隠し通路」
 そんな可能性があったか。思いつきもしなかった。でもこの館のどこにそんなものがあるというのだろう。
「そう。ついてきて」
 満足そうにそう言って先生は占部さんの部屋に向かった。
 ぼくらもそれに続く。部屋に入ると先生は部屋の中央にあるベッドのマットレスと床板を取り除き始めた。
 それらが取り払われると先生はどこから持ってきたのかドライバーを使って床のタイルをはがした。
 いくつかはがし終えた場所から出てきたのは薄暗い通路だった。
「朝から調べていて気付いたよ。館の外見と部屋の広さが合わない。犯人はこの通路を通って犯行に及んだ。この通路は奈森さんの部屋のタンスの中につながっている。タンスの背板が引き戸になっているなんて誰も思はないからね」
「これで死体の位置の謎も解けた。犯人はドアから出入りしなかった。だからドアにもたれかけさせられたんだよ。ああ、ちなみに橋谷さんが行ったトイレには隠し通路はなかったよ」
 そこまで言って先生は大きく息を吸った。
「以上のことから犯人は君だ、占部さん。みんなを混乱させようとしたことが仇になったね」
 指摘されて彼女の肩は大きくふるえ、彼女は慌てて否定の言葉を探す。
「なにをいってるの岸野君。隠し通路のことは知ってたけど、あたしはやってない。でたらめ言わないで」
「嘘じゃない。君がぼくたちを集め、奈森君を殺したんだ」
「動機は何なのよ。私には奈森君を殺す動機がないわ」
 占部さんの声はどんどん高く、大きくなる。
「ゴーストライター」
 先生のその言葉に彼女は凍り付いたように見えた。
「えっ」
「きみの作品は、五作目から君が書いたものじゃなくてゴーストライターが書いたものだろう。登場人物の口調、性格が微妙に違った。地の文は一人称が急に増え始めた」
 ぼくと橋谷さんも一斉に占部さんのほうを見る。信じられない。占部さんの作品が途中からゴーストライターの書いたものだったなんて。
「そんな。そんなことないっ。でまかせよっ」
 占部さんも否定する。
「おそらく、奈森君にゴーストライターをやらせていたんじゃないか。でも脅されたんだろう。もっと金を出せとかでないとばらしてやるぞとか。それでかっとなったんだ」
「本当か、占部」
「違うっ。なんで信じてくれないのっ。もういいっ」
 そう叫んで彼女はホールの入り口に向かって走る。
「あっ。どこ行くんですか。外は嵐で、あぶないんですよっ」
 慌ててぼくは部屋を飛び出し、彼女を追った。
 あとから先生と橋谷さんもついてくる。
「待ってください、占部さん」
 声を張って叫ぶ。
「きゃぁぁ」
 突然追っていた占部さんの影が亡くなった。
「危ないっ」
「むこうは崖だっ」
 後ろから先生と橋谷さんの声が聞こえる。
 ぼくはそこで立ち尽くした。
向こう側にぼんやりと崖が見えた。
「そんな。また死んでしまった」
ぼくはそれ以上近づくのをやめ、重い足取りで館へ引き返した。
館では先に戻っていた二人が濡れた髪や服を乾かしていた。
「霧島君も、タオル」
 橋谷さんにもらったタオルで、ぼくは力なく髪を拭った。見ると先生はうなだれていた。それも当然だ。また、犯人が死んでしまったのだ。ぼくも自分の不注意に憂鬱な気分だった。
「部屋に戻ってもいいですか。少し休みたいので」
 ある程度乾いたところで言った。
「うん。じゃあ僕も戻らせてもらうね」
 部屋に戻ってドアを閉め、ベッドに座ると後悔がぶり返してきた。
 どうしてあの時扉の前に立っておかなかったのだろう。意味はないと知りながらも何度だって考えてしまう。
何度経験しても慣れることはできない。「ひょっとして僕は彼女を助けることをあきらめていたのかもしれない」そんな考えが浮かんだと途端、ぼくは大声で泣きだした。
 目的を失ってただ先生についていくだけのことに何の意味があるんだ。
何もできないとあきらめていたら、こんなパーティについてこなかったかもしれない。そうすればこんなつらい気持ちになりこともなかったのに。
ぼくが来なくても事件は起こり、占部さんと奈森さんは死んだだろう。でも来なければよかったと思ってしまう。
 落ち着こうと横になっても頭の中に事件の様子ばかりが浮かぶ。
 眠ることもできないままぼくは自分を責め続けた。
 そしてふと違和感をもった。
 それについて考えていくと、目の前が真っ暗になった。
結論にたどり着いたとき、ぼくはさらにどん底に突き落とされた。
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