第2話 収束(充電器、墓地、未来)
文字数 1,950文字
それは墓石に寄りかかって座っていた。
今、僕はそれを彼と呼ぶことにする。
僕と彼は似た、いや、同じ容姿をしていた。
しかし彼の体の向こうにはそこの景色が透けて見えた。影もなかった。それが僕と彼の僅かな相違点であった。
とにかく、彼は墓地の隅でその体を墓石にもたれさせ、五月の空を仰いでいた。そんな彼から僕は目が離せなかった。
君子危うきに近寄らず、がモットーの僕だったが、まあ自分と同じ姿形のものが目の前に現れたのだから当然だ。
彼と目が合うと、彼は一瞬驚いたような顔をして、それから嬉しそうに笑った。
「待ってたよ、 廣川徹」
ヒロカワトオル、彼は確かにそう言った。
何故僕の名前を知っている?
「僕は君だからだよ」
思わず口元を手でおさえる。
「大丈夫、口には出てないよ。でも、僕は君の考えがわかるんだ。だって君が今考えていることはかつて僕が考えたことだから」
ますますわからない。それでは僕がこの世に二人存在していることになる。
「どういう意味?」
やっとそう問うと、彼は急に真面目な顔をして、早口に答えてくれた。
「突然にごめん。でも、信じて欲しい。僕は未来の君だ。正確には、五十年後の君。もっとも、僕の時間は今日から一ヶ月後の時点から動いていないんだけどね。そして、今日からちょうど一ヶ月後、君は死ぬ。僕がここで君を待っていたのは君に頼みがあるからだ。僕自身である君にしか頼めない」
彼は整然とした様子で説明を続けた。
僕はただ聞いていた。
一通り説明を終えた彼は、すうっと光に溶けていなくなった。
空が青かった。
彼は消える前に僕があと一ヶ月の命であること、それは今まで幾人もの僕が抗ったものの変えられなかった不可避の現実であることを僕に伝え、全てが終わったらこのことを未来の自分に伝えるよう頼んでいった。
僕の死因も、これから僕がどうすればいいのかも教えてくれなかった。
僕は混乱した、わけではなかった。自分でも驚く程に冷静な、ある種他人事のような心持ちでその事実を受け入れていた。そして死ぬとわかってからはなんだかその身が軽くなったようだった。どうせ死ぬのだから、と開き直ることができたからとかもしれない。
思ったことを口にすることも億劫ではなかった。
親友の#隆__たかし__#にはやたらと嬉しそうな顔で聞かれた。
「お前、変わったなあ。なんかあった?」
まあね、と笑顔で返せる。
皮肉なことで、そうしているうちに顔馴染みが増え、人が思っていた以上に親切であることを知った。僕はもうこの世から去るというのに。
そして、一ヶ月は忙しなく過ぎていった。命日までのカウントダウンを忘れるほどに。
五十年後。
日本では短期間で二度に渡る史上最大級の技術革新が起こり、爆発的な進展を遂げていた。
今まで神の領域とされていた時間への干渉が人為的に可能である、という発表がなされた。
そんな時代の、あるビルの一室。
「いやあ、本当にあの時の君は別人のようだったよ。まさかこんなことになっていたとはね」
この男は定年間際のくせに少年のような笑みを浮かべる。
僕の親友で同僚の相川隆。小中学校は同じであったが、高校と大学は別々の所へ行った。そして偶然、同じ会社に勤めることになった。今、ここで僕達は最新技術を応用した機械の製造に携わっている。時間干渉技術の実用化に初めて取り組んだのは彼のいるこの会社の開発部だ。
「何を他人事のように。君がやったことだったんじゃないか。思い出すだけで恥ずかしい」
恨めしそうに睨んでみるが、この出来事が今の僕に繋がっていることは明白で、実際僕は彼に感謝している。
「何を言ってるんだ。そんなに悪いと思ってないくせに。それに、最初に原因になったのは君だろう。まあ、あの状況をみてピンときたのは僕だけど」
実は二週間ほど前、僕は隆に個人的に借りた小型通信機の無線充電器をうっかり踏んづけて壊してしまったのだ。弁償するにもそれはとても高価で僕の年収を遥かに越えていた。どうしたものかと思っていると、彼は僕に弁償のかわりに、ある実験の被検体になることを持ちかけた。
それは、過去に立体映像を送る、という試みであった。過去の僕に、時代に影響が少ないようにメッセージを送る。そして、僕がここにいることが実験成功の証となる。
僕に拒否権があるはずもなく実験は滞りなく行われた。流石は開発部トップの隆と言うべきか、僕を流暢に騙すセリフにシチュエーションは幼馴染み故か。未だ僕に変化がないので、成功したのだろう。
思い返してまた自然と込み上げる。
「ああ、感謝してるよ。ありがとう」
しみじみとした様子の親友を横目に空を見上げる。あの日のように淡く浮かんだ空がどこまでも続いていた。
今、僕はそれを彼と呼ぶことにする。
僕と彼は似た、いや、同じ容姿をしていた。
しかし彼の体の向こうにはそこの景色が透けて見えた。影もなかった。それが僕と彼の僅かな相違点であった。
とにかく、彼は墓地の隅でその体を墓石にもたれさせ、五月の空を仰いでいた。そんな彼から僕は目が離せなかった。
君子危うきに近寄らず、がモットーの僕だったが、まあ自分と同じ姿形のものが目の前に現れたのだから当然だ。
彼と目が合うと、彼は一瞬驚いたような顔をして、それから嬉しそうに笑った。
「待ってたよ、 廣川徹」
ヒロカワトオル、彼は確かにそう言った。
何故僕の名前を知っている?
「僕は君だからだよ」
思わず口元を手でおさえる。
「大丈夫、口には出てないよ。でも、僕は君の考えがわかるんだ。だって君が今考えていることはかつて僕が考えたことだから」
ますますわからない。それでは僕がこの世に二人存在していることになる。
「どういう意味?」
やっとそう問うと、彼は急に真面目な顔をして、早口に答えてくれた。
「突然にごめん。でも、信じて欲しい。僕は未来の君だ。正確には、五十年後の君。もっとも、僕の時間は今日から一ヶ月後の時点から動いていないんだけどね。そして、今日からちょうど一ヶ月後、君は死ぬ。僕がここで君を待っていたのは君に頼みがあるからだ。僕自身である君にしか頼めない」
彼は整然とした様子で説明を続けた。
僕はただ聞いていた。
一通り説明を終えた彼は、すうっと光に溶けていなくなった。
空が青かった。
彼は消える前に僕があと一ヶ月の命であること、それは今まで幾人もの僕が抗ったものの変えられなかった不可避の現実であることを僕に伝え、全てが終わったらこのことを未来の自分に伝えるよう頼んでいった。
僕の死因も、これから僕がどうすればいいのかも教えてくれなかった。
僕は混乱した、わけではなかった。自分でも驚く程に冷静な、ある種他人事のような心持ちでその事実を受け入れていた。そして死ぬとわかってからはなんだかその身が軽くなったようだった。どうせ死ぬのだから、と開き直ることができたからとかもしれない。
思ったことを口にすることも億劫ではなかった。
親友の#隆__たかし__#にはやたらと嬉しそうな顔で聞かれた。
「お前、変わったなあ。なんかあった?」
まあね、と笑顔で返せる。
皮肉なことで、そうしているうちに顔馴染みが増え、人が思っていた以上に親切であることを知った。僕はもうこの世から去るというのに。
そして、一ヶ月は忙しなく過ぎていった。命日までのカウントダウンを忘れるほどに。
五十年後。
日本では短期間で二度に渡る史上最大級の技術革新が起こり、爆発的な進展を遂げていた。
今まで神の領域とされていた時間への干渉が人為的に可能である、という発表がなされた。
そんな時代の、あるビルの一室。
「いやあ、本当にあの時の君は別人のようだったよ。まさかこんなことになっていたとはね」
この男は定年間際のくせに少年のような笑みを浮かべる。
僕の親友で同僚の相川隆。小中学校は同じであったが、高校と大学は別々の所へ行った。そして偶然、同じ会社に勤めることになった。今、ここで僕達は最新技術を応用した機械の製造に携わっている。時間干渉技術の実用化に初めて取り組んだのは彼のいるこの会社の開発部だ。
「何を他人事のように。君がやったことだったんじゃないか。思い出すだけで恥ずかしい」
恨めしそうに睨んでみるが、この出来事が今の僕に繋がっていることは明白で、実際僕は彼に感謝している。
「何を言ってるんだ。そんなに悪いと思ってないくせに。それに、最初に原因になったのは君だろう。まあ、あの状況をみてピンときたのは僕だけど」
実は二週間ほど前、僕は隆に個人的に借りた小型通信機の無線充電器をうっかり踏んづけて壊してしまったのだ。弁償するにもそれはとても高価で僕の年収を遥かに越えていた。どうしたものかと思っていると、彼は僕に弁償のかわりに、ある実験の被検体になることを持ちかけた。
それは、過去に立体映像を送る、という試みであった。過去の僕に、時代に影響が少ないようにメッセージを送る。そして、僕がここにいることが実験成功の証となる。
僕に拒否権があるはずもなく実験は滞りなく行われた。流石は開発部トップの隆と言うべきか、僕を流暢に騙すセリフにシチュエーションは幼馴染み故か。未だ僕に変化がないので、成功したのだろう。
思い返してまた自然と込み上げる。
「ああ、感謝してるよ。ありがとう」
しみじみとした様子の親友を横目に空を見上げる。あの日のように淡く浮かんだ空がどこまでも続いていた。