第9話 女房達の和歌

文字数 1,185文字

 一条帝と、中宮であるわたくしと、その女房である美しく才媛である女性たちで文化の華が咲く、夢のような御代が現れた。
 東宮は、一条帝のいとこで、父君は冷泉上皇(一条の父の兄君)母君は父道長の姉。わたくしのいとこ。次の春宮はおそらくわたくしがお育てしている一宮敦康親王。その次がおそらくわたくしのお産み申し上げた敦成親王か、東宮の居貞親王の皇子敦明親王か。天皇様の后は多く、皇子も多く、外戚も多く、(まつりごと)は複雑怪奇だと思っていたことだ。。。この予想は、見事に外れた。 

 わたくしはこののち60年以上も生きたので、詠まれた順番はあやふやだが、女房達の和歌を思い出すまま語っておこう。
 当代きっての才媛は、なんといっても藤式部。(紫式部)彼女の描く源氏の君は読む者すべての心をつかむ。
 和歌は、
「めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな」
(昔からのなじみの友のあなたにやっと会えたのに、あなたかどうかやっとわかるくらいの短い合間で、雲隠れしてしまう夜の月のように、あなたはさっと帰ってしまったのね。名残は尽きないのに。)
 藤式部の娘、大弐三位
「有馬山 猪名(ゐな)の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする」
(あなたを忘れているかですって?有馬山に吹く風に、笹原も、そよそよ、そうよ、そうよ、忘れるはずないでしょう、と言っていますわ。あなたはなんてことをおっしゃるの?)

 こちらも母娘でわたくしに仕えてくれた美人で有名な女房、和泉式部の和歌、
「あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな」
(この世に生きている今、あの世に旅立つ日も近いのです。この世の最後の思い出に、ああ、もう一度あなたに会いたい。)
 その娘、小式部の内侍の和歌、
「大江山いく野の道の遠ければ まだふみもみず天の橋立」
(歌会に出す歌は、あなたの母の和泉式部から届きましたか?と嫌味を言ってきた殿方の袖をつかんでその場で詠んだ和歌。大江山や生野(いくの)(いく)()道は遠いです。わたくしは天橋立の地でさえ(ふみ)み歩いてみたことはありませんし、母からの(ふみ)も見ておりません。)

 宮廷に献上された奈良の八重桜をわたくしに献上された際、伊勢太夫が詠んだ和歌
「いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重ににほひぬるかな」
(古くからある奈良の都に咲く八重桜。この花の美しさは、今、九重に咲き誇るような京の都にあって一層鮮やかに咲き誇っておりますよ。)

 長くわたくしに仕えてくれた赤染衛門の和歌
「やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな」
(ああ、こんなことなら寝てしまえばよかったわ。あなたが来て下さると思って、月を眺めていたら、月はとっくに傾いて夜明け前になってしまいましたよ。)

 どれだけ豪華な顔ぶれであったことか。(後の世の小倉百人一首の女性の歌二十一首のうち六首)
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