第2話

文字数 3,672文字

「うぁ…んん〜〜…っ」
目が覚め、伸びをして身体を起こす。左隣のベッドでは、まだアイが薄掛けを抱えて寝ている。

私はそうっとベットを下りて鞄から化粧ポーチを持ち出し、部屋を出た。


「ふんふふーん。ふんふんふーん…」
コテージの中は静まり返っており、まだ誰も起きていないらしい。
何となく鼻歌を歌いながら洗面所へ向かう。
化粧ポーチから、歯ブラシとコップ、歯磨き粉のセットを取り出し、歯を磨く。静かな洗面所に、シャコシャコシャコ…と歯を磨く音が響く。

…確か今日もバイトあるだよね〜…。昨日は初めてだったから慣れなかったけど、昨日で大分慣れたし、今日はもう少し楽かなぁ…

何となく鏡に向かって笑顔の練習をしてみる。
「ひぃ〜…」
歯ブラシを咥えたままなので、いまいち笑えてるのかそうでないのかわからない。後でやり直そ〜…
「うわあっ⁉︎」
「っ⁈」
振り返ると、洗面所の入り口にロニエが居た。白いTシャツに黒のスウェットと、彼にしては少し珍しい格好に目を奪われていたら、慌てた様子の彼に声を掛けられた。
「先輩っ!服!服、隠してっ!」
ロニエは目を両手で覆い、後ろを向いて言う。
服…?
「っ!ケホッ!ケホケホ…」
一瞬飲み込みそうになり、慌てて口をゆすぐ。顎から滴る水滴を強引に腕で拭い、慌ててTシャツの乱れを直す。

まさか昨日と同じ様なことになってるとは…

誰も起きてないと思って、完全に油断してた…っ!

「ごめんっ!変なもの見せて…あっ!洗面所使う⁈」
「おっ、俺は後でいいですから!終わったら即着替えてきてください!」
ロニエはそう言うと、バタバタと洗面所から離れて行った。
「痛って!」

ごめん、ロニエ…。


「二人とも、どうしたの?」

朝食の時間。大きめのダイニングテーブルで五人で朝食を摂っていると、突然アイに訊かれた。ちなみにメニューは純和風だ。ご飯に味噌汁、焼き魚、卵焼きに小鉢。漬物。
「んぐっ…な、何で?」
流石に気になるよね…。私はちら…と向かい側・左端にいる、ロニエの方を見る。
「…。………」
一瞬目は合ったが、彼は目を逸らすと黙々と卵焼きとご飯を食べる。
私も視線をアイの方へと向け直し、『何にもないよ?』と笑って誤魔化し、漬物に箸を伸ばした。
ぱきっぽりぽりぽり…と、胡瓜の浅漬けを食べる音が静かな食卓に異様に響いた。


二日 。

…何だか変なスタートになってしまった…。


「いらっしゃいませーっ!」
今日も今日とて気温は高く、海には人がたくさん来ている。当然、お客さんもたくさん来る。昨日よりは慣れた接客スマイルを顔に貼り付け、お客さんと注文をせっせと捌いていく。
ロニエの方を見ると、彼もまた、頼まれたカレーライスとかき氷をぱたぱたと運んでいた。
「あのー」
「っ、はい!何でしょう?」
いけないいけない。集中集中。
「子供がいるんですけど、小皿とかってあります?」
見ると女性客の向こう側に、幼稚園ぐらいの水着の男の子がいる。
小皿…あ、
「ありますよ。ただいまお持ちしますね」
昨日ロニエが似たようなことを聞かれていたことを思い出した。
キッチンに行き、店長のアルバさんに訊く。
「あのー、子連れのお客さんが、小皿が欲しいって、ありましたよね?」
「ん?ああ。あるよ。ちょっと手が離せないから、ロニエくんに訊いてくれる?彼場所知ってるから」
そう言うアルバさんは、大きな中華鍋を振って、五目炒飯の調理中だった。
ロニエに…。
「…はい。分かりました」
私はキッチンから離れ、ロニエの元に行く。
一度深呼吸して、ロニエがテーブルから離れたタイミングで声を掛ける。
「ロニエ!小さい子供用の取り分け用の小皿って、どこにあるか分かる?」
ロニエが慌てて振り返る。
「はい?なんて?」
「だから…」
私は少し焦れったい思いで、もう一度説明する。
「…ああ。小皿か。…確かバックヤードの…」
「の?」
「…。説明するより見た方が早い。先生ー!」
「なんだー?」
ロニエの呼び掛けに、今日は接客に入ってくれた先生が応える。お陰で昨日よりやりやすい。
ぱたぱたとこっちに来た先生に事情を話し、二人でバックヤードに向かう。

「すぐに取って来いよー!」


…そろそろピークの十二時前。

…お客さんが増え始めていた。


「…と、この棚のここにあります」
バックヤードにある食器棚の中段辺りを指し、ロニエが説明する。小皿は何故か丸い大皿の、少し奥にあった。
「なんでこんなところに?」
「昨日同じ質問をしたら、“沢山用意したんだけど、あんまり使う機会がなかったからしまっちゃったんだ…”って言ってました。昨日終わったら出しとこうと思ったんですけど、店長の言う通り、その後使わなかったんですよね…」
「そうなんだ…」
「無い店が多いからって、持参してくる人が多いみたいです」
「へぇ〜…」

…お母さんも、私が小さい頃はそうしてたのかな…。

「先輩?」
「はっ、あ…ごめん。…早く戻ろっ!先生困ってるかも」
「………」
「ロニエ?」
「…いや、なんでもないです。行きましょうか」



「…ありがとうございました〜」

二時頃になり、ようやく客足が落ち着いてきた。そろそろピークも過ぎたか。
「お疲れ〜!はいまかない。カレーで良かった?」
アルバさんが、近くの空いてる机に、カレーライスを置いてくれる。

…スパイスの効いた、食欲をそそる香り…!

「はいっ!大丈夫です!ありがとうございます!」
「いえいえ。ロニエくんはどうする?」
「同じもので大丈夫です。先輩の後で食べます」
「了解。引き続き頼むね」
「ありがとロニエ。お先、頂きます!」
私はぱちんっと手を合わせ、カレーとライスを掬った。


「お待たせしました。ラーメンと、五目炒飯です。お熱いですのでお気を付けて」
まかないを食べ終わって、遅い昼食のお客さんにメニューを運ぶ。ちらりとロニエを見ると、ちゃんとまかないのカレーを食べていた。いつもと様子は少し違うけど、体調が悪いわけではなさそう。
「すみませーん!」
「はーい!」


「今日はもうこれで上がりでいいよ。みんな、お疲れ様」
「わーい!」
「疲れた〜…」
「ね。でも昨日よりはマシかも。慣れたのかな?」
「お前ら元気だなぁ…」

みんなそれぞれに力を抜いて、帰る支度を始めている。私もエプロンを外し、畳んでいく。
「あの、」
「ん?」
「帰る時、ちょっと話していいですか」
外したエプロンを腕にかけたロニエが、珍しく少し緊張した様子で言う。
「なんの話?」
「それは…。帰る時に…」

…?


「で、なんなの話って」
みんなを先に返し、ロニエと二人でゆっくり砂浜を歩く。五時ちょっと過ぎたぐらいだと、まだまだ空は充分に明るい。
しかし人は大分減って、残った人達も、皆、帰り支度を始めている。
さく…さく…と、砂を踏む。
裸足になってみようかな〜…と思ったところで、ようやくロニエが話し始めた。

「あの、朝はすみませんでした」
「え?」
「また、ろくに確認もしないで…本当にすみません!」
いや、
「いやいやいや、あれは私が悪いよ!私がちゃんと気を付けてたら良かった話なんだから。まだ誰も起きてないからって、ちょっと気、抜き過ぎてた。うん、反省!ごめんなさい!」
ぺこりっとロニエに頭を下げる。
「いや、でもそうじゃなくて…その…」
「もうっ!」
まだ言うか!
「せっかく夏休みに海に来てるのに、ロニエ謝ってばっか!…まぁ、大体私の所為なんだけど…。とにかく!これで終わり!もう謝るのはナシ!…ほらっ!せっかく海にいるんだから遊ぼう?」
「えっ…」
私はロニエの腕グイッと引っ張った。その拍子に二人共こけて、服が砂だらけになる。
「…ごめん…」
「ふっ…もう良いですよ。とことん遊びましょう!はい!」
ロニエに手を出され、その手を取って引っ張って起こしてもらう。
「まずは水の掛け合いでもしますか!あれ、一度やってみたかったんですよね」
ロニエがニッと笑って言う。
「意外!ロニエでもそんなこと思うの?」
「でもってなんですか。失礼ですね」
「ごめんごめん。…じゃ、始めますか!」

その後、私とロニエは青春の代名詞のような水の掛け合いをした。服は砂と水でめちゃくちゃになったし、海の水は塩辛かった。帰ったらみんなに叱られたけど、

でも、

すごく、楽しかったっ‼︎



− 二日目 終わり−
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