第1話

文字数 10,134文字

「さて、まずは海に行こうか!」
「は」

冗談で言ったのに、真顔で返される。ロニエは融通が利かないなあ、もう。
私は手をぱたぱたと振って続ける。
「冗談よ、冗談。今日の仕事は、この海水浴場の海の家のお手伝いよね?確か先生の叔父さんがやってるっていう…」
店の名前は『Sea HOUSE』だっけ。確か。
「あの先生謎だよねー。実はすごいお嬢様とか?」
副会長のアイが、腕を頭の後ろで組みながら言う。空かさず双子の妹、ライが嗜める。
「こーら、そういう勘ぐりしない」
アイは『ごめんごめん』と、笑いながら言う。
「わたし、海の家って初めてです。どんなことをするんですか?」
生徒会役員補佐の、ユリーカがロニエに訊く。
生徒会役員補佐とは、生徒会メンバーの手が回らない雑務などを手伝う役員だ。うちの生徒会は忙しいので、毎年一年生がくじ引きで選ばれる。役員補佐は繰り上がり就任が出来るので、彼女は来年も役員をすることが決まっている。

「海の家は、海で遊ぶ人達が、休憩したり食事をしたりするお店です。なので、主な仕事は、ウェイトレス・ウェイター、遊び道具の貸し出し員ですね。あ、料理の出来る人は、キッチンに回って欲しいそうです」
「じゃあ、私はキッチン手伝った方がいいかな」
ロニエの説明に、ライがそう呟く。ライは料理が得意だ。生徒会メンバーは、何度か彼女の手料理を食べたことがあるので、みんなその腕を知っている。
「そうですね。ライさんの料理は美味しいですから」
「私はウェイトレスかなぁ…」
貸し出し員も面白そうだけど、ウェイトレスって、一度やってみたかったし。…まぁ、海の家に、かわいい制服とかは無いだろうけど。
「私は貸し出し員が良いなぁ。ユリーカはどうする?」
「わたしは…」
ユリーカが、私、ロニエの順番にちらっと視線を向けてくる。
「何?」
「ん?」
「…わたしも、貸し出し員がやりたいです。なので先輩、ユールさんと、ウェイターお願いします」
ユリーカがニコッと笑う。
「ああ。俺もウェイターをやろうと思ってたから、別に問題ないけど…」
ロニエは、ユリーカの様子に戸惑いながらも頷いて答える。彼女の笑顔の理由は私にも分からないけど…とにかく、これでみんな決まった。

「じゃ、決まったことだしさっさと行こーっ!」
「ちょっと、まだ着替えてない」
ライがアイの腕をぱしっと捕まえる。
「そうですよアイさん。このままだと制服汚れちゃいます」
アイってば気が早いな〜。

彼女の言う通り、私達は今日制服で来ている。
生徒会の活動として来ているので、制服なのは良いのだが、問題は今日は海の家の手伝い(主に接客)をするという内容にある。
ロニエが苦笑しながら、ユリーカの説明を捕捉する。
「まあ、汚れるのは別に問題無いんですが、制服のままだとちょっと良くないんですよ…」
そう。なので、今日はここで着替えてから現場に向かうのだ。
「そうだった…」
アイはアハハ…と、恥ずかしそうに頭の後ろを掻いて笑った。


それぞれ持ってきた私服に着替えた私達は、荷物を片付けると、早速海の家『Sea HOUSE』に移動する。
ちなみに私服はそれぞれ、ロニエが水色シャツにチノパン。アイが紫タンクと白キャミの重ね着に、水色ジーンズのショートパンツ。ライはハイビスカス柄の薄いピンクのリゾートワンピ。ユリーカは、フリルが特徴の白い半袖にロールアップデニム。
そして私は、チェック柄のピンクのキャミソールワンピ…と、いった具合だ。
そして全員、素足にはビーチサンダル。
海に着くと、太陽光が白い砂に反射して結構暑い。しかし、海から吹いてくる潮風が、水気を含んで少し気持ち良かった。
ロニエが砂浜に立つ建物を見つけ、『…ああ、あれですね』と、指し示す。
建物は、屋根も床も柱も全て木で作られた壁のほぼ無い小さな家。設置された四人掛けのテーブルや椅子も、やはり木製。多分鉄だと潮風で錆びてしまうからだろう。外から店の屋根を見上げると、流木を利用したような大きな木の看板に、『Sea HOUSE』と書かれていた。

「まだ誰もいないねー」

アイの言う通り、外から見る限り、お客は一人もいない。
『Sea HOUSE』は出入口が二つある造りなので、自分達から近い奥側の方から入ることにした。腰の高さにある、木で出来た両開きの押し戸を通る。西部劇に出てくる酒場とかで、よく使われるやつだ。
店に入ると、入ってきた入り口のすぐ側に、小さな机があった。電卓と釣り銭皿が置いてあるところを見ると、どうやらここがレジらしい。
顔を上げて反対の入り口側を見ると、カウンターの向こうに、店主らしき色黒男性が見えた。男性は、白い半袖のTシャツに、紺色のエプロンを着けて、何やら作業中のようだ。

声…、掛けても良いのかな…。

私がタイミングを伺っていると、男性が私達に気づき、顔を上げた。
「おお」
「っ、おはようございます!今日はよろしくお願いします!」
ぶんっ、と勢い良く頭を下げる。後ろでも、みんなが頭を下げる気配がする。
男性が声を上げて笑った。
「ハハハッ、君達がルーナちゃんの言ってた子達かい。そう緊張しないで。わたしはここの店長のアルバドス。気軽にアルバと呼んでくれ。大変だと思うけど、今日はよろしく」

…意外と気さくな人だ…

「…はい!よろしくお願いします!」
「「「「お願いします」」」」


「…はい。接客担当の二人には、まずはテーブルをこれで拭いてほしい」
「はい」
「分かりました」
私はアルバさんから、濡れ布巾一枚とアルコールのスプレーボトル一本を受け取る。ロニエも同様に受け取り、私は店のキッチン側から、ロニエは奥側からそれぞれテーブルを拭いていく。
「ライちゃんはキッチンだったよね。野菜を切るのを手伝って」
「はい」
ライがキッチンへ入っていく。
「出来れば、もう一人…ユリーカちゃんも、こっち来てもらえるかな?レジは多分、一人でも大丈夫だと思うから」
「あっはい!了解です!」
「私は私は?」
アイが食い気味に訊いている。今日はなんか張り切ってるなぁ…。
「うん。アイちゃんは、裏から浮き輪とかボートを持って来て、店の前に出しといて」
「はーいっ!」
三人もそれぞれ持ち場についたようだ。

…作業中、ちらりとカウンターの方を見ると、アルバさんと目があった。ニコッと笑い返してくれる。釣られて私も笑い返す。

…先生、アルバさんは叔父さんだって言ってたけど…

さっきのアルバさんの会話を思い返す。アルバさんは先生のことを、『ルーナちゃん』と呼んでいた。確か先生の名前はルーナル・レクトレール。

…ルーナちゃん…

「なんかかわいい…」

「…ってあれ、先生は?」
私ははっと気付いて辺りを見回した。しかし海の家に先生の姿は無い…。
アルバさんが気付いて答えてくれる。
「ああ、ルーナちゃんは今日は来ないよ。さっき電話があってね、何でも『今日は大事な会議がある。だからすまないが、生徒たちを頼む』って」

「ええっ?」

…私達(生徒)だけって…良いの?

私が衝撃を受けていると、
「…まぁ、先生の分まで私達で頑張りましょうか」
「です!」
と、キッチンからカウンター越しに、ライとユリーカが声を掛けてくれた。

…ってそうだ

「あの、アルバさん。私達、実はまだ先生…ルーナルさんに、仕事内容の細かいところを聞いてなかったんですけど…」
「あ、そういえば!」
「確かに。まだ教えて貰ってなかった…」
気付いて呟いた二人に、アルバさんが「あれ、そうなの?」と問い掛ける。
「確かに、『分担はちゃんと決めておけ』とは言われましたけど、細かいことは本人に直接聞けばいい…って教えて貰ってませんでしたね」
ロニエも、テーブルを拭き終わったらしく、布巾を畳み直しながら、こちらへ向かってくる。
アルバさんがため息をつく。
「はぁ…ルーナらしいと言えばらしいが…そうだな、それじゃあまず、営業時間から説明していこうか」

それから、アルバさんはアイも呼んで、店の営業時間と営業形態、そしてそれぞれの仕事内容をなるべくこと細かに教えてくれた。

まず、営業時間は午前十時から午後五時まで。土日祝日も営業。昼食休憩は一人ずつ。
定休日は月曜日と水曜日。ただし夏の間は雨天以外営業。

ウェイトレス(ウェイター)の仕事は順に、お客さんの案内→お冷配り→注文取り→料理提供→片付け。開店前と後に店内の清掃。
キッチンの仕事は、主に調理&食器洗浄。足りなくなった食材の買い出し、開店前・後の下ごしらえ等。
貸し出し員は兼レジ係も担当し、お客の貸し出し記帳の確認、食事や貸出料の代金の受け渡し等。

…思ったより仕事量多いな…。


「じゃ、このエプロンを着て」

説明と開店準備が終わると、アルバさんから紺色の、揃いのエプロンを渡された。


こうして、本日の生徒会活動(海の家のお手伝い)がスタートした。



「い、いらっしゃいませー!えと、3名様ですね…こ、こちらへどうぞっ」
なるべくいい笑顔でお客さんを迎えようとする。
『なかなか慣れないなぁ…』と思いつつ、お客さんを席へ先導する。
先導中、横目でちらりとロニエを見る。ロニエはスムーズにお冷をグラスに注いでいき、尚かつお客さんとの会話も、自然な笑顔でこなしていた。そして笑顔をキープしたまま、注文をメモしていく。

すごいなあ…、流石ロニエ…。

それに比べて…

…ううん、へこんでないで私も見習わなきゃ。
頰をぺちぺちと、叩いて意識を切り替える。
お客さん全員が席に座ったのを確認して、人私はメモとペンを取り出した。
「ご注文は何でしょうか」
女性のお客さんが、メニューを見てすぐに答える。
「私はたこ焼きで。それとメロンソーダ」
その女性の友人達も、それぞれオーダーを入れていく。

「じゃあ、私はソース焼きそばとかき氷。シロップはレモン」
「わたしは…うーん…。オムライスで!」

…たこ1、メロソー1、ソース1、かき・レ1、オム1…と。
「…はい、かしこまりました。少々お待ちください」
私はぺこりと軽く頭を下げ、厨房の方へ駆ける。
「ライーっ!これよろしくーっ」
キッチンに置いてある家庭用冷蔵庫に、メモをマグネットでペタッと貼っておく。他にもメモはたくさんあり、こっち(キッチン)もなかなか忙しいことが伺えた。
「っはーい。じゃあそれ持ってってー」
ライに目線で、カレーとラーメンの皿を指される。えっと…お冷やも持ってかなきゃなんだけど…。
「先輩、これは俺が持ってっときます」
ロニエが現れて皿を持ち上げる。
「ごめん、ありがとう」
「礼はいいから、早く」
「はいっ」


「…お待たせ致しました。ご注文のかけうどん、カレーライス、サンドイッチです。かけうどん、カレーライスは熱いので、お気を付けてお召し上がりください」


みんなそれぞれ仕事を始めてから、大分時間が経った。

…は〜、お腹空いた…

「少し客足が減りましたね」
少し緊張が抜けたところに、ロニエが話し掛けてきた。ロニエの言われて店内を見てみると、だんだんと空席が見られるようになっていた。私はほ〜とため息をつく。
「何とか乗り切った〜…」
慣れない接客で、床にぺたんと座り込みたい気分だ。代わりに少し猫背になって、体の力を抜く。
「あはは、慣れないのにありがとうね。ピークは過ぎたから、どっちか今のうちにお昼食べちゃって」
「やった!」
あ。
「ご、ごめんロニエ!ロニエが先に休憩…」
「大丈夫ですよ。俺は先輩と違って体力ありますから」
「でも…」
「良いから。ほら、」
ロニエに手近な席に座らされる。
そこへ、買い出しに行っていたユリーカが帰ってきた。
「あ、ユールさん!休憩ですか?サンドイッチいります?」
そう言いながら、ユリーカは袋の中の大量のコンビニサンドイッチを見せてくれる。
「わあ…」
お腹空いた、もう限界…。
私はありがたくその中の一つを手に取る。
「あ、でもユリーカ達は?お腹空いてるでしょ」
私が訊くと、
「わたし達は味見とか失敗したのとかで、結構ちょこちょこ食べてたので」
『ユールさん先食べちゃって大丈夫ですよ』と、ユリーカがにっこり笑う。

じゃあ…

「いただきますっ!」


昼食にサンドイッチを食べてからさらに三時間。
「ありがとうございました〜!」
本日最後のお客さんを見送り、今日の仕事が無事に終了したことを知る。
「やったー…!」
「やっと終わったぁ…」
「ライさん、大丈夫ですか?」
「私はまだまだ大丈夫だよーっ!」
「流石にちょっと疲れました…」
約一名を除いて、みんなそれぞれ疲れを隠さずに呟く。
「ははっ、みんなありがとうな〜。どうだ、慣れないことばっかりで、みんな疲れただろう」
アルバさんが訊いてくる。
私は素直に、

「疲れました…」

と言って、机にべたっと突っ伏した。


その後、私達は店仕舞いと明日の仕込みを少し手伝い、それからコテージへ戻った。
私達の泊まるコテージは、二階建てのログハウス風の建物で、二階に四部屋、一階に御手洗いとバスルーム。さらにリビング、キッチン…と結構広い造りだ。これも先生の家の物らしい。

先生…、本当にお嬢様なんじゃ……

噂が真実味を帯びてきた。

「はーっ!疲れたーっ」
バフッと部屋割りで自分に割り当てられた部屋に入り、ベッドにうつ伏せに倒れ込む。身体の下から、ギイッとスプリングの軋む音がした。
「大丈夫?ユーちゃん」
部屋割りで同室になったアイが訊いてくる。
私はごろんと寝返りを打って仰向けになる。天井のシーリングファンが目に煩くて、目元を腕で隠してぼやく。
「大丈夫じゃなーい…接客大変〜…」

…何であいつはあんな涼しい顔してられるの?

ごろんごろんと寝返りを打つ。スプリングが軽く軋む音が隣からして、顔を左に向ける。
アイと目が合う。
「ああ。ロニくんねー…あいついつもあんな顔してるよね〜。無愛想…ではないんだけど、クールというかなんというか」
「うん…」
でも…
「でもそこが良いんじゃないの?」
「へっ⁈」
私は跳び起きた。
「アイ…まさか、ロニエのこと…?」
「違う違う!ナイナイ!クラスの子が言ってたんだよ〜。三年の間では結構人気らしいよ?」
「え、そうなの?」
「頑張れ、ユーちゃん!」
アイがガッツポーズでニーっと笑ってこちらを見る。

頑張れって…。

「何をよ…」
私は力なくバフッとベッドに倒れ込む。
別に私はそんな目でロニエのこと見てないし…。
…まあ、この間はちょっとどきどきしたけど…あれはただ心配してくれただけだろうし…。

…んん?なんか、モヤモヤする…。

「…………」
「ねぇユーちゃん」
「何?」
少し素っ気なく返してしまった。しまった、とアイを見ると、どうしてか笑っている。
「…?」
「くく…ううん。何でもない。私、海行ってくるけど、ユーちゃんどうする?行く?」
アイは楽しそうに訊いてくる。

当然。

「行かない」
私は接客はどうやら苦手だったみたいだ。とにかく疲れた。今は眠い。開けた窓から入ってくる涼風も手伝って、まるで誰かが耳元で、『ネムレーネムレー』と囁いているようだ…。
「…そっか!じゃ行ってくるね!」
「いってらっしゃーい…」
腕を直角に曲げシュタッ!と、挨拶をするアイをひらひらと手を振って見送る。
暫くすると、聞こえてくるのはファンのモータ音と、風音・波音だけになった。

落ち着く〜…。

心地いい海風に誘われ、私の意識はとろとろと柔らかく、落ちていった…



「ん…」
意識が浮上し、目を開けると、回るシーリングファンが目に入った。

…なんか暗い…。

「いま…なんじ…」
手を伸ばして枕元の時計を探す。しかし、『そういえばここは自宅じゃなかった…』と途中で思い出し、寝返りを打ってむくりと身体を起こす。そのまま猫のように身体を伸ばす。
「んん〜〜……っ!」

「…はぁ。」

起き上がって座り直す。
「くぁ…」
目をこすりつつ窓の外を見ると、外はすっかり真っ暗闇。暗い海からは、ザザーン…ザザーン…と、絶え間ない波の音が聞こえてくる。

…あー…なんか良いなぁ、こういうの。

しばらく波の音を堪能していると、コンコンと扉がノックされる。
「…はい?」
「あ、先輩?起きてますか?」
ロニエの声だ。私は、開けていい…と言い掛け、はたと自分の服装に気付く。寝てる間にワンピースの紐は肩からずり落ち、若干下着が見えてしまっている。慌てて肩紐を直し、ついでに、カバンからボレロを取り出し、羽織る。
「あの〜先ぱ」
「なにっ⁈」
扉に食いつくように飛び付き、開ける。
「うおっ、びっくりした…。夕食にするから、呼びに来たんです…けど…」
「分かったすぐ行くから先に行っててっ!」
私が素早くひと息に返事をすると、ロニエは数度瞬きし、『…はい。分かり、まし…た…』と言って踵を返し、下へ降りていった。
「はぁっ…」

…危なかった…。もう少しで、うっかり下着見られるところだった…。

「はあ〜…」
もう一度ため息をつき、部屋の窓を閉め、私はとす、とす…と階下へ降りていった。


「あれ…?」

…しかし、一階のリビングに降りて来ても、ロニエどころか、誰一人も居なかった。戸惑っていると、玄関から入って来たライに話しかけられる。
「あ、ユーちゃん。お早う」
「おはよう…」
戸惑いながら応えると、『ユーちゃんも麦茶飲む?』と、ライから麦茶の入ったコップを差し出された。取り敢えず受け取る。ライはキッチンの冷蔵庫から氷を出すと、また外へ出て行こうとする。慌てて訊く。
「え、みんな外にいるの?何処にいるの?」
「え?彼から聞いてない?」
驚いた様子でライが振り返る。

…彼?…ロニエのこと?

「伝え忘れちゃったのかな…。珍しい。…そういえば…彼、首傾げてたけど、なんかあったの?」
「え?」

…あ!

そうか…。私が先行っててって追い出しちゃったから…。

「…ううん。夕食にするって呼びに来てくれただけ。…みんなは外?何の料理?」
「来てみれば分かるよ」
そう言って、ライは扉を開けてくれた。
途端にどこからか、煙臭さが漂ってくる。
「みんな海に居るから。ついてきて」

懐中電灯で先を照らすライについて行くと、だんだんと香ばしい良い香りがしてきた。

これは…。

ざすっ、ざすっ、ざすっ…とビーチサンダルで砂浜を歩く。
どこからか元気な声が聞こえてくる。
声の聞こえた方を見ると、コテージに居なかった四人が、煙の立ち上がるバーベキューセットを囲んで、楽しそうに談笑している。串焼き肉にかぶりつこうと口を開けたユリーカがこちらに気付き、反対の手を伸ばして振る。
「あっ!ユールさーんっ!今日の晩御飯は、バーベキューですよーっ!早く来ないと無くなっちゃいますよー!」
「ん?ふーはん?ほひはほ?」
「アイ、黙って食え」
「アイさん、行儀悪いです」
「ほへん…」

「おお…。」

黒いコンロ付きテーブルに近付くと、網の上でジュウジュウと焼かれる、野菜や肉が目に入る。焼かれている肉にはタレが塗られており、タレは熱されて、沸々と泡を立てている。 輪切りのコーンや玉ねぎ、ピーマン・パプリカにも、いい感じの焦げ目が付いていて、思わずごくりと喉を鳴らす。

これは、『砂浜バーベキュー』!

なんという贅沢…!

「あ、ライさん氷と先輩持ってきてくれて、ありがとうございます」
肉を焼いていたロニエが私とライに気付き、にこやかに言う。

むっ

「私は氷と同じ扱いか!」
私がそう言って抗議すると、
「…だって先輩、わざわざ呼びに行ったのに、『後で行くから』つって、突っぱねたでしょ。」
とロニエが、そっぽを向いた。
うぐ、確かにその通りだ。
「ごめんロニエ。その…」

「あら?なぁにロニエくん。もしかして拗ねてるの?」

私達のやりとりに気付いたライが、くすくすと笑う。
「…はい!先輩の分です。…ほっとくと本当に全部無くなりそうだったので…」
ロニエが決まり悪そうに、ずいっと皿を渡してくる。皿には、数枚の肉と野菜が、バランス良く載せられていた。そして苦手な緑のピーマンは、皿の上には一つもなかった。
私は皿を受け取る。
「…ごめんなさい。せっかく呼びに来てくれたのに、あんな態度とっちゃって…。…これ、取っとといてくれて、ありがとね…」
私はロニエに微笑みかける。さっきは慌ててたとはいえ、あんな態度、良くなかった。
ロニエはトングを持って、黙ったままだ。
「………」

「…こちらこそ」
「!」
「寝起きに…失礼しました。…次からは…少しし、気を付けます」
ロニエは、言い終わるとまたそっぽを向いてしまった。

…ふふ。

「うん。ありがとう」
ふ…と、優しく、ロニエが微笑う気配がした。
「…早く食べないと、冷めますよ。」
振り返ったロニエに言われ、私は早速皿と一緒に渡された箸で、肉に食いついた。
「…ん!美味しい!」
タレの味と香ばしい直火焼き特有の香りが口いっぱいに広がる。すかさず、玉ねぎも食べる。優しい自然の甘味に、心がほっとする。
「ユーちゃん、すごい美味しそう…。私も食べよ」
「…俺もそろそろ食べよう」
私を見ていたライと、聞いていたロニエもいそいそと肉や野菜を盛っていく。

…私、そんなに美味しそうな顔してた?



「…ご馳走様でしたー!」

はー…、食べた食べたー…

絶賛バーベキュー中のテーブルから少し離れ、砂浜に座り込んで、夜の海を眺める。

…ザザー……ザザー…ン…。

寄せては返す波を、ぼーっと見つめる。
…夜の海、静かでやっぱ良いなぁ…。

「…よく怖いって、言われますけどね。案外、悪くない…」

振り返ると、左後ろにロニエが立っている。

二人共黙り込み、波の音だけが、すぐ近くで聞こえている。

「…今日は、忙しかったですね」
ロニエが呟く。
「うん…」

今日はほんと、大変だった。注文はひっきりなしで、お客さんにはしょっちゅう呼ばれて…。

…接客業、私には向いてないのかも…。

「…俺、接客って初めてだったし、結構戸惑いました。注文も間違えたし」
「えっ?」
思わず振り向く。
「えっ、って…。…そりゃそうでしょう。十六で接客の経験ありって、家がお店の人かバイトやってる人ぐらいですよ。俺はやったことありません。家も店じゃないし」
そうなの…?
「結構手際よく見えたから、てっきりやったことあるんだと思ってた…」
「ああ…。そういうの、顔に出にくいんですよね…俺。…結構、いっぱいいっぱいでした。終わる頃には…まぁ、慣れましたけど」
「まぁ、終わる頃にはね〜…」
私もその頃には大分慣れた。

…っと、

後ろを見ると、丁度みんなが片付けを始めたところだった。
「…そろそろ戻ろっか。遅れて来て、片付けしないの良くないし」
ロニエも後ろを振り返って、ああ…と納得する。
「…そうですね。戻りましょうか」

私達は、コンロ付きのテーブル、食器、飲み物、その他諸々を片付けて、コテージへ戻った。

部屋に戻っても、波は変わらず、寄せては返し、寄せては返しのリズムを刻んでいた。



− 初日 終わり−

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