第3話

文字数 2,352文字

「お疲れ様です、先輩」
言いながら、ロニエは机にアイスティーを置く。背の高い透明なグラスの外側には、温度差のせいで幾つも水滴が付いている。そして黄金色の水面には、輪切りのレモンが浮かべられていた。
「今日は朝から蒸し暑かったですからね。爽やかなレモンティーにしてみました」
「へぇ…」
ロニエは生徒会入会時から何故か紅茶にやたら詳しく、いつも違ったものを用意してくれる。刺さっていたストローを咥える。
「ん!……っは、美味しい!」
氷が見当たらなかったから、てっきりそれ程冷たくないと思っていたが、キンキンに冷えていた。甘味が疲れた脳に染み渡る。
「氷の代わりに、冷凍したレモンを浮かべてるので、レモンは最後に食べて下さいね」
「そっか、だからキンキンなんだ…」
芸が細かい。
「さ、もうひと頑張りですよ。先輩」
ロニエはニコリと爽やかに笑った。


海の家でのバイト合宿から二日。

あれから特にこれといったトラブル等も無く、私達は六日間の合宿を無事に終えた。
最後の一日はご褒美日ということで、みんなで海で遊んだりもしたが、あくまで今回の合宿は『生徒会活動』。うちの学校は、活動内容は全て報告書にて提出する決まりなので、私は今生徒会室の自分の席に座っている。

書くのは私以外に副会長、書記なのだが、アイはとっくに書いていたらしく、出しに来て速攻で帰っていったし、真面目なロニエもこの手の作業は得意らしく、さっさと書き上げてしまった。

残るは私一人だけ。

「うーん…。何をどう書けばいいんだ…」
報告書、というんだから、仕事内容を書けばいい。だがそれだけだと味気ない気がして、しかしどうしたらうまい具合にまとまるのか、それが解らない。
「んんー…?」
「何唸ってるんです?」
ロニエがひょいと右から覗き込んでくる。
「わあっ」
そして在ろう事か、私の書いた報告書を音読し始めた。
「ええっと…?…仕事内容は海の家の助っ人(アルバイト)。接客はユール、ロニエ。仕事内容は…」
「わぁああ‼︎読まないで‼︎」
私はロニエの口を両手で塞ぐ。ロニエはもがもが言った後、身体を後ろに引いて逃げた。
「…ぷはっ!何すんですか!」
「だってロニエが読むから…」
自分の書いたものを音読されること程、恥ずかしいものはない。私は誤魔化しに目に付いたグラスを手に取りちう、とアイスレモンティーを飲む。ロニエは私の書きかけの報告書を手に取ると、改めて文章を目で読み、意見を言う。
「これ、何が良くないんですか。ちゃんと書けてると思いますけど」
「う…、うーん…」

そう、なんだけど…なんか…

「でも、固すぎない?こう、淡々とし過ぎてるっていうか、面白みがないっていうか…」
「いや、先輩は報告書に一体何を求めてるんですか…」
「…読み易さ?」
上手くは言えないんだけど、なんかこの言葉がしっくり来た。そっか、私は読み難いのが気になってたんだ…。
「読み易さ…ですか。…確かに、今の文だとちょっと固いかも知れませんね…」
「うーん…」

「あ」

「何?」
ロニエを振り返って聞く。彼の視線の先には、アナログの丸い壁掛け時計が掛かっている。時刻は、午後三時。
「もしかして、何か予定あったっ?」
私は慌てて訊く。ロニエも少し慌てた様子で、頷いて答える。
「はい。今日は、親戚が遊びに来るとかで、駅に迎えに行かなきゃいけないんです」
迎えに…。
「じゃあ早く行ってあげて。手伝ってくれてありがとうね」
「はい、じゃあまた…失礼します!」
ロニエはバタバタと帰り支度をすると、駆け足で部屋を出て行った。

さて、

「もうひと頑張りしますか!」


「おう。今帰りか」
「はい。報告書、職員室の机の上に置いて来ましたので、後で目を通しといてください」
「はいはい…。気を付けて帰れよ〜」
「はーい」


《報告書》

生徒会は八月●日から五日間、○△海岸の海の家にて、ボランティア活動を行った。
人員は生徒会役員四名全員と、役員補佐一名。
接客二人、厨房(キッチン)二人、ボートなどの貸し出し員兼会計一人。

食事代等諸経費は、海の家店長、教師ルナール・レクトレール持ち。

接客は、主にお客への対応が仕事。まずは席へ案内、お冷をお出しし、続いて注文聞き取り、配膳、片付け。営業前・後の清掃も行う。

厨房(キッチン)は主に調理。
注文を受けた料理を調理する。同時に、使った食器なども洗う。食材の買い出し等も行った。

貸し出し員兼会計は、主にお客へ遊び道具の貸し出しを担当。仕事は、貸し出し記録用紙への必要事項記入の見届け、貸し出し代及び飲食代の支払い受付。

全員初日は疲労が見て取れたが、日を重ねるごとに慣れ、テキパキとこなしていた。機会があれば、またやりたいと思う。


「ふむ…」
ルーナル・レクトレールは、報告書を読み終わると、ふっ…と静かに口角を上げた。
「…“またやりたい”…ね。嫌々やってるかと思いきや…どうやら、みんなそれなりに楽しんでたみたいだな…」
レクトレールはコーヒーの入ったカップを持ったまま席を立ち、腕を組んで窓際にもたれ掛かった。レクトレールに気付いたユールが、窓の向こうから笑顔で手を振ってくる。レクトレールも気怠げにそれに応える。

…今度は、客として連れて行ってやるか…

レクトレールは、静かに口角を上げると、少し冷めたコーヒーにそっと口を付けた。



− 終わり−
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