第3話  ウクライナ国境警備隊の女性隊員

文字数 1,265文字

 やがて森に囲まれ、漆黒の闇の中を列車は走るようになった。
少しすると往きと同じように女性国境警備隊員が出国手続きを始めた。ウクライナ国境までに手続きを終えるのはとても効率的だ。ポーランドのように国境でいちいち乗客を降ろして出入国手続きをするのは時間がかかる。
 若い女性隊員が目の前でパスポートに出国印を押して手渡した。
「ジャークユ」 ウクライナ語でありがとう、というと彼女はにこりとした。

 斜め前の席に座る若い男性と、その母親か叔母らしい女性の前で女性隊員たちが立ち止まる。男性はカバンから書類を取り出し、その女性隊員一人に手渡した。それは何かの証明書らしく、書類を持った女性隊員は別の車両に移る。そのまま他の隊員は出国審査を続けた。

 真っ暗な周囲を見て気付いたのが、鉄道信号や街灯、そして街の灯りが全くない事だった。ポーランドと直接結ばれたこの鉄道は、ウクライナと外国を唯一結ぶ重要なライフラインでもある。ここを通して多くの物資がウクライナに入って来ていた。それに西側諸国の要人がこの鉄道を使ってウクライを訪問する。ゼレンスキー大統領に会うため、米バイデン大統領を始め、我が国の首相も同じ鉄路でキーウ入りしたという報道を思い出した。
 このため、ロシア軍に見つからないように灯火管制をし、信号機もないため目視だけで運行されているのだろう。速度を上げて走らない訳だった。

「ミサイルに狙われるかも知れない」 そう思うと、急に置かれている立場が危ういものだと感じられた。ゆっくり走る列車は格好の攻撃目標だ。ミサイルが命中すればそんなことなど無意味なことは分かっていたが、爆風を少しでも避けようと通路側に席をずらした。

 小一時間もしただろうか、国境の駅のような場所で停車した。うす暗く灯された建物で、駅なのか国境事務所なのか判別できない。
 少しすると、別の国境警備隊の女性隊員の一団が乗っていた車両に移ってきた。
 斜め前の先ほどの若い男性の前で一団は止まった。上官らしい年長の女性が彼に声を掛けると、静かに彼は立ち上がり、別の女性隊員が彼の肩に手をかけて車外へと導いた。
 それ見ていた男性の隣の女性が座席から立ち上がると、上官らしい女性隊員が彼女に静かに何かを告げた。すると女性は不満気ではあったが何事もなかったように着席した。若い男性は女性隊員とそのまま車外に連れ出され、他の女性隊員達も下車すると列車はすぐに出発した。

 まるで無声映画のように静かに目の前で繰り広げられた、ほんの数分前の光景を反芻した。
病気など出国可能な条件に合わないので出国を止められたのだろうが、彼には何かしら出国する理由があり、関係書類を見せたのだろう。だが、それを覆す状況が女性隊員の発した一言二言で終わってしまったことに薄気味悪さを感じた。

 自分なら出国の可否は理由が病気などであれば命にも係わることであり、十分な説明を求めるなどその場で抗議するだろう。囚われ者のように静かに引かれていくように状況は目に見えない大きな国家権力の圧力が働いているように思えた。

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