3、理不尽な命令

文字数 1,178文字

 雪洞に入ると、タイチとアタルは疲れが出たと見え、たちまち眠り込んでしまった。
 しかし、ケンジは寝付くことができなかった。ケンジの胸の中には、「再生支援機構」キャスティング部長への怒りが渦巻いていた。

 12時間前、ケンジは、ラムネ星「日本昔話再生支援機構」のキャスティング部長室で、部長と激しく言い争っていた。
「部長、険しい雪山の中で、本来は6人がかりの仕事を3人でやるなんて、無理です。どうしてもと言うなら、ソリの荷物を半分にしてください」
「ソリの荷物を半分にするなど、ありえない。地球連邦政府と取り交わした契約どおりの宝物をお爺さんに届けないと『笠地蔵』を再生したことにならない」

「だったら、お地蔵さんも『笠地蔵』のオリジナルどおり6体なければダメでしょう。3体でもいいと『昔話成立審査会』が認めたのですか?」
「3人でミッション遂行できる可能性があるなら、スケジュールを優先する」
「だから、その可能性がないと言っているんです。『昔話成立審査会』に確認してください。『審査会』も同じことを言うはずです」

 部長が椅子の背に深く身を沈め、氷のような視線をケンジに向けてきた。手の中でボールペンを転がしながら、言う。
「その必要はない。ミッション決行は、ラムネ星統合政府地球支援局の意向だ。『昔話再生支援機構』の業務に最終責任を負うのは『昔話成立審査会』ではない。『地球支援局』だ。地球支援局長が『やれ』と言っている」
「なぜですか? みすみす失敗するとわかっているのに」

「成功か失敗かなど、どうでもいい。やることに意味があるのだ。地球連邦政府とラムネ星統合政府の間には、年間の『昔話』再生トライ数の取り決めがある。予期せぬ事態に影響される成功率ではなく、再生トライ数だ。つまり、地球の連中は、我々に努力を見せろと言っている」
「地球からの視察団が持ち込んだインフルエンザのせいでクローン・キャストの半分が休業しているのですよ。地球側も配慮したって、いいじゃないですか?」
 
 部長が身を乗り出し、手にしていたボールペンをデスクに叩きつけた。
「インフルエンザを持ち込んだのが地球人だからこそ、予定どおりやってみせなきゃならない。もし中止や延期をしたら、地球に面当てすることになる」
「なぜ、そんなに地球に遠慮するんですか? 我々が地球を助けているのであって、連中が我々を助けてるんじゃない!」
 ケンジは握りしめた両拳に力を込めた。
「我々は、地球側の意向を最優先する」
「なぜですか?」
「その理由を、一介のクローン・キャストであるお前が知る必要は、ない」
部長が冷厳と言い放った。

 こうして、日本昔話『笠地蔵』に登場する6体のお地蔵様を3人のクローン・キャストが演じるという理不尽なミッションが実行に移されたのだった。
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