第13話 暗黙知

文字数 983文字

 一時代前のCMに「男は黙って〇〇ビール」というのがあった。男は寡黙な方がかっこよくてペラペラと喋るべきではないとされていた時代である。元々、日本においては「阿吽の呼吸」でわかりあえる仲を重視しており、いちいち説明する必要はないという文化があった。
 暗黙知とはハンガリーの社会科学者であるマイケル・ポランニーが説いた言葉で、個人の経験や勘に基づくコツ、ノウハウなどに代表される知の事が暗黙知である。この暗黙知が高い日本においては情報の機密保持が守られるなどの利点があった。
 この暗黙知で思い出すのがミスタープロ野球である長嶋が、バッティングの調子を落としていた阪神の4番打者、掛布を心配して電話をかけた時の話だ。長嶋は電話の受話器の前で掛布に「バッティングの素振り」をするように言った。掛布の方は偉大なプロ野球の先輩でしかもライバル球団の巨人のOBである長嶋から直接に電話がかかってきただけでも驚いたのだが、さらに電話の受話器の前でバッティングの素振りをしろと言われた時にはもっと驚いた。しかし、長嶋の方は掛布のバッティングの素振りの音を電話で聞く事により、いい打ち方をしたのかわかったという。長嶋のようにバッティングの素振りを何万回もしてきたバッターだから、実際にバッティングフォームを見なくても音だけで「いい打ち方」をしているか?判断出来たのだと言う。これこそは長年にわたり猛練習を続けてきた長嶋だから出来ることだ。そしてこの長嶋が取得した知識は暗黙知で人にはうまく言語で伝える事は出来ない。
 このように暗黙知は先人が苦労して取得したコツやノウハウが次の世代に伝授される事が難しく非効率的であるという欠点があった。その為、最近では言葉や数式などの論理的構造で説明出来る知識である形式知の方が、業務マニュアル化されていて作業利便書として継承されていく事も出来て良いとされている。そして形式知が継承される事によって実践の場で適切な状況判断も出来るようになる。
 男は黙って〇〇ビールを飲みたい時があるが、女性も同じように仕事で疲れた時などは黙って○○ビールが飲みたい時はある。これからは寡黙なだけでは男も女も通じない。男性や女性も自分が思っている事、考えている事、そして自分が取得したノウハウを言葉や数字を使って論理的に説明できなければならない時代になったのである。
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