第3話

文字数 831文字

 天使は俺を無視して羽ばたき、俺も飛び立った。天使と日光が重なり目が眩む。
 天使を追いかける途中、近くで熱を感じる。
 花火が上がっていた。

「噂は本当だったんだ」

 俺は、彼女と花火が見られなかったことを悔やんでいた。いや生前から彼女を、彼女との時間を大切にするべきだった。それに気づいたのは昨年、彼女が事故に遭ったとわかってから。普段なら駅まで送るのに、あの日は送らなかった。なぜだったか思い出せないまま、彼女のいない時間が増えていった。彼女の後を追おうとした俺を親が入院させ、今日まで生きてきた。けど、それも限界だ。

 天使に追いつく寸前、俺の背中が熱を覚えた。花火が羽根にあたり、燃え移ったらしい。
 俺はバランスを崩し、ひとり落下する。その風で火はさらに大きくなって炎となり、息が詰まった。

 きっと、これでいい。君と花火を見ることができた。それだけで十分。せめて君には線香花火みたく、きれいに映ればいいな。
 俺は薄く目を開ける。
 天使が落ちる俺を追いかけながら涙を流していた。

『雛くんが私の笑顔を見たいように、私も雛くんの笑う顔が見たいんだよ。怖がらず、ちゃんと見て』

 ……そうだ。あの日、彼女しか見ようとしない俺の態度が彼女を泣かせてしまったのだった。困惑し、動揺した。だから彼女を駅まで送ることができなかったのだ。
 羽根の燃える音が耳朶を打つ。後悔を胸に深く突き刺すように。

 ○

 再び目を覚ますと、見慣れた天井があった。病院だ。
 看護師が俺に気づいた。

「お名前、言えますか」
「……長居雛」
「長居さん、どこか痛むところはありますか」

 ――怖がらず、ちゃんと見て。

「背中が痛いです」

 俺は看護師を見つめ、答えた。

「横を向けますか? 失礼します。……火傷かな。先生呼んできますね」
「すみません」
「大丈夫ですよ」

 看護師は目を細めて笑った後、病室を出ていった。
 ちゃんと見たよ。見ていくよ。
 窓外には涙が乾きそうな夏空が広がっている。さみしくて、あつくて、温かった。
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