第1話
文字数 1,992文字
「夜中、金縛りにあったのよ。障子に影が映っていたの
朝食バイキング中に話す夏実。
不倫相手の夏実は、勤め先のビル5階に入っている保険会社の外交員。シングルマザー。
「あれ陽ちゃんの奥さんの生霊だと思う」
「
「奥さん気がついていると思うわよ。なんなら娘さんも気がついている」
「
「私、奥さんから呪われているかも」
「この台風も呪いかな」
二人で笑った。
それにしてもこの時は困った。台風で新幹線が止まって散々だった。
***
夏実への誕生日プレゼントを、美代が見つけ出すシーン。
車のトランクに隠しておいたブランド物のネックレス。水色の小箱を、能面のような顔で見つめる美代。
俺も人のことは言えないけど、美代は産後太ってしまって、もうそういう気になれなくなった。
夏実はちょっと化粧が濃いけど痩せていて、高そうな下着をつけて結構なんでもやってくれる。俺が保険に入ってあげているからだろうけど。
***
夕暮れの中、食卓でぼんやりしている美代のシーン。
莉子が学校から帰ってきて声をかける。
「お母さんどうしたの」
「ごめん、急いで夕飯作るね」
「あいつ、毎日残業っていうけど絶対嘘だよね、私ちょっと自転車で会社見てくる」
「いいから、お父さんのことはいいから」
「でも!」
「いいからっ!!……ごめん、莉子」
***
莉子が自転車にまたがったままビルを凝視しているシーン。
消灯している俺の階。
「お父さん、昨日も残業だったの?」
「昨日は取引先と打ち合わせだよ」
「どこで? なんていう会社?」
***
俺と夏実がイタリアンを食べているシーン。
美代と莉子がレトルトカレーを食べているシーン。
「お母さん、離婚しなよ、私高校生になったらバイトでもなんでもするから」
「莉子には苦労かけたくない、お母さんは平気だから」
***
俺は心不全で急死した。53歳だった。
火葬場で自分が燃やされているのを眺めていたら、いつの間にか大病院のようなロビーにいた。
『感染症による死者の大量受け入れに対応するため、設備を大規模改修しました』
張り紙がある。
ロビーでしばらく待たされる。
その間、生前の映像が脳内に流れてくる。様々な角度からリピートされる。
たまに下界を覗いた。
あんなにかけていた生命保険。治療が始まっていた高血圧と糖尿病をなぜか申告しなかったため、告知義務違反で一銭もおりなかった。保険金で今までのことをチャラにして、感謝されると思っていたのに。
それから下界を覗くのが嫌になった。
しばらく待たされる。
ロビーにはぎっしり人の気配がするのだが、姿は見えない。さわさわと会話している気配は近いような遠いような。
俺は誰とも口をきくことのないままロビーで待たされ続ける。
「
死んでから4年ほど経っていた。
名を呼ばれて個室に入る。黒髪を
俺の電子カルテと顔を
「お前に対するフィードバックは無い」
爺さんのようなしゃがれ声だった。
「我々の計画が台無しとなった。お前の娘、
「我々の工程表では北高校に進学し、ギフテッドの
「伏見結は将来医薬の分野で業績を残す逸材。優秀ゆえの生きづらさを抱え、それをサポートするのが小谷莉子の役割だった。心根が優しく相性の良い小谷莉子が寄り添うことで、伏見結は最大のパフォーマンスを発揮するはずだった」
「お前の卑しい行為が原因で、温厚だったはずの
「小谷莉子は、お前の監視と不安定になった母親をサポートするという
「再調整中だ。お前に言っても
「お前も魔に操られていたのかもしれぬ。我々の計画に横槍を入れる勢力がある。お前は利用されたのかもしれぬが……」
俺はずっと金縛りにあっている。そして次の瞬間、雷に打たれた。
「何度も警告をしたであろう! 人の口を借りて不倫を
「我々は多忙だ。33年後、原夏実が84歳で亡くなってここに来てから、二人合わせての処遇を検討する。それまでロビーで待ちなさい」
33年? 処遇?
「……我々はひどく落胆した。簡単に
あ、あの。
「それまでロビーで待て。よいか、ゆめゆめ簡単に償えると思うなよ」