水揚げ

文字数 763文字

 夜が明ければ、ついに店出し。
 店出しとは、見習い期間を終え、正式に舞妓ちゃんなったと、お披露目(ひろめ)する儀式。姐さんに引いてもろて、挨拶(あいさつ)回りした後、姉妹盃(しまいさかずき)()わし、(ちぎ)りを結ぶ――舞妓ちゃんにとって大切な節目(ふしめ)
 店出しを(さかい)に、容姿(ようし)も変わる。帯は〝半だら〟から〝だらり〟になり、髪型は前髪を(たこ)う結い上げる、割れしのぶになる。

 緊張(きんちょう)と不安で落ち着かへん胡桃(くるみ)に、お母さんが手招きする。このタイミングやさかい、店出しの件で話があるんや思うた。
 耳打ちされたのは、想定外の言葉。
旦那はん(パトロン)になりたいて、申し出がある」
 お母さんも困惑(こんわく)しとる様子。見習い中の半だらが、一人でお座敷(ざしき)に出ることはあらへん。ましてや名前もあらへん見習いに、そないな申し出があるなんてことはありえへん。そんなんあったら、困惑するのんは当然。

 とはいえ、胡桃(くるみ)は決断を迫られとるのやなしに、指示を伝えられとるだけ。選択肢はあらへん。お母さんが水揚げを承諾したちゅうことは、置屋(おきや)面目(めんぼく)(つぶ)しても、それに勝る利がある、ええ申し出やったちゅうことやえ。
 舞妓ちゃんなって、数年間は年季奉公しいひんと、置屋(おきや)が投資した費用を回収出来ひん。つまり、今までに掛かった費用の一切合財(いっさいがっさい)と、胡桃(くるみ)が背負うてる借金を合わした額に、相当な色付(いろつ)けて支払う申し出があったちゅうことやえ。

 借金帳消しなるのんは、胡桃(くるみ)にとっても悪い話ちゃう。こないなええ話を、まとめてくれたお母さんに対して、長年(やしの)うてくれたことに感謝こそすれ、()の感情を(いだ)くなんてありえへん。

「長いあいだ、お世話してくれておおきに」

 お母さんに手ぇ引かれ、置屋(おきや)の外へ出る。
 外で待っとった人に、胡桃(くるみ)身柄(みがら)が引き渡される。店出しを取りやめるためには、関係者全員が納得する、合理的な理由が必要やえ。お母さんから、街を出て失踪(しっそう)するよう指示された。
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