3ピースめ『巻き付けるアンゴウ』

文字数 3,688文字


 レイカさんも正解し、メルが賞品の飴を一つ口に含んだところで、再び部長がホワイトボードを裏返す。そこには今のパズルについて、詳しく解説する文章が書かれていた。

 部長が説明を始める。

 「さっき出した二問目…“Zcpfa Yqz”を解読すると、“Candy Box”になる問題。これは、昔からある暗号で、『換字式暗号』と言われるものだ」
 「この『換字式暗号』とは、『文字や言葉などを、他の文字や記号に置き換える暗号』のうちの一つで、今回の問題は、その中でも有名な単一換字式の暗号、『シーザー暗号』と言われるものを、二つ組み合わせた複雑形式、『多表式』にして出題した」

 「はい…」

 す…と、レイカさんが手を挙げる。

 「おう、なんだ?」
 「…『シーザー暗号』…?」
 「ああ…」
 どうやら部長は説明を忘れていたらしい。ホワイトボードに新たに、“A〜Gまでを横一列に並べて書いたもの”と、その直ぐ下に、“aからgまでを横一列に並べて書いたもの”が書き加えられる。部長はそれを、Aーc、Bーd、Cーe…と二つずつずらして線で繋いでいくと、説明を再開した。
 「Dはf…と、こうして、アルファベットを決まった数ずつずらして置き換えるのが、『シーザー暗号』だ。最もポピュラーで、最も簡単だと言われている。ちなみに暗号文には『規則』と『鍵』というものがあるが…。…まあ、これは気になったら自分で調べてくれ。…そこまで話しだすと、いくら時間があっても足りん」
 部長は、『以上が『Candy Boxの暗号』の詳しい説明だ』と言って、解説を締めた。

 (………)

 私は少し、…いや、かなり驚いた。

 (…高校生の部活動だし、もう少しだら〜っとしてるかと思ってたけど…。…思ってたよりかなり本格的だ…)

 私がこっそり感心していると、部長は突然しゃがみ込み、鞄から何かを取り出した。
 「さ、三問目いくぞー。ちなみに、今度は三人で協力して解いてもらう。そんでそろそろ時間だから、これが最後なー」
 (えっ)
 言われて部屋の入り口を見る。扉の上に掛けられた、丸い壁掛けのアナログ時計は、四時四十五分を指している。
 (もうこんなに…)
 「ナル?」
 「あっ、はい!」
 私は部長に向き直る。
 「…よし。次の暗号は、これだ」

 [ワクゴテアタッウクリシタトレガノアイテトツン]

 (なんだこりゃ…)

 部長が取り出し机の真ん中に置いたのは、横一列に不規則にカタカナが書かれた、包帯のような細長い一枚(本?)の布だった。
 部長がルール説明を始める。
 「これは、この部屋にあるものを使えば、解けるようになっている暗号だ。何でも使っていいぞ。だが、切ったり結んだり、変な液体につけたりはしちゃダメ。文字を傷つけると、解けなくなるからな。…制限時間は…そうだな、これも十分。五十五分まで。…準備はいいか?」

 メルとレイカさんと三人で顔を見合わせ、部長に向かってコク、と頷く。


 「よし! それじゃ、よーい、スタートッ!」



 「…これ、『スキュタレー暗号』じゃないかな?」
 「えっ⁈」
 開始早々、メルは速攻で何の暗号か理解したらしい。聞き覚えのない名称を口にした。
 レイカさんがメルに訊く。
 「…小説、…出てきた…?」
 「あ、いえ、前にテレビでやってて…。確か、…何かに巻く…んだったような…」
 思い出そうと首を傾げているメルに、私は質問する。
 「メル、“スキュタレー”って?」
 「あ、ごめん。えっと…、『スキュタレー暗号』っていうのは、棒とかに巻き付けた紙とか布に文章を書いて、それを解いて分からなくする暗号なの。…書くときに巻き付けた棒と同じ太さじゃないと同じ文章にならないから、読まれたくない手紙とかに、使われてたんだって」
 「へぇ…」
 (…流石パズル部部員。…と言うか…)
 「もしかして、メルって暗号得意?」
 さっきも直ぐに解いていた。メルはこう言うタイプの暗号が、得意なのかもしれない。
 「あ、…えへへ。…あんまり人が傷付くような小説が得意じゃなくて…怪盗ものとかばかり読んでたら、いつの間にか、暗号好きになってたの。…テレビのクイズとかも、弟とやったりしてるんだよ」
 ほわっ…と、メルは目を細めて笑う。
 (…なんだか、こっちまでほわっとしてきそう…)
 「暗号…」
 「「あっ」」
 レイカさんの声で、私達は我に返った。


 「んー…」
 入り口の少し横の、ガラス戸付きの棚にあった瓶を持ってきて、それにくるりと布を巻いてみる。
 (ちょっと違うか…。んんん、読めそうで読めない…)
 瓶を棚に仕舞い、また部屋をウロウロしだす。
 「あ…」
 レイカさんと目が合った。レイカさんの手には、どこにあったんだか、短い鉄パイプが握られている。
 「レイカさん、それ…」
 「…違った」
 レイカさんが少し俯きながら言う。
 (うーん…)
 「意外と難しいですね…」
 右手を軽く丸め口許に当て、右肘を左手で支えて、うーんと考え込む。
 すると突然、レイカさんがぽつぽつと話を始めた。
 「…スキュタレーは、紀元前、…六世紀に、ギリシャの都市国家、スパルタで、…使われていた。…他の人に、読ませない。…暗号は、その為にある。…簡単だと、…意味が無い」
 (えっと…それはつまり…)
 「だから…、難しい…ってことですか?」
 レイカさんがコク、と頷く。そして、鉄パイプを部屋の隅の箱に、片付けに行った。
 (うーん…。私が良くやってたパズル、ジグソーとかナンプレだったんだよね…)
 暗号はあんまりやったことない。
 「…やっぱ、手当たり次第巻くしかないか…」
 部屋の中を、きょろきょろ見回す。
 「…よし、次はあれに巻いてみよう」


 「あと三分ー!」
 部長の声が響く。そろそろ解かないと、時間切れになってしまう。
 (それは嫌)
 何かないかとまた見回す。
 「うーん…。…ん?」
 メルが首をコテッと傾げている。首の位置を直すと、唇に人差し指を当てて、ぶつぶつと何やら呟き始める。
 「どうしたの?」
 「…あ、えっと…。…これって、多分部長さんが作ったんだよね?」
 「え?」
 メルに訊かれる。意図はよく分からないが、取り敢えず答えてみる。
 「…うん。多分。…あの布、鞄から出してたし…」
 メルが相槌を打つ。
 「うん。ならね、多分、部長の視点でこの部屋を見ると、分かる答えなんじゃないかな」
 メルが真剣な顔で言う。
 (…部長の視点?)
 「つまり?」
 「つまり! こう、しゃがんで…目線を低くして…」
 メルがスカートの後ろを抑えながら、机に手を掛けしゃがみ込む。私はその姿に、『あっ』と声を上げた。
 「そっか! そういうこと…」
 「うん。“鍵”は高いところにあるんじゃなく、低いところにあるかもってこと。…あ、これなんか、丁度良さそう。…布貸して」
 「はい」
 メルはパイプ椅子に、布をくるくると巻き付けていく。

 そして…

 「あ、…あ、あ…」
 「メル?」
 「解けたあっ! 解けましたよ!部長!」
 「おおっ、本当か?」
 「はい!」
 メルが元気よく返事する。よほど嬉しいのか、満面の笑み。
 「レイカさんも来て下さい!」
 「…うん」

 部長もレイカさんもメルの側に来て、部室には、『一脚のパイプ椅子に四人の女子高生が集まる』という、ちょっと奇妙な光景が出来上がる。
 メルが呼び掛ける。
 「いいですか? この暗号は、こう読むんです」
 パイプ椅子のパイプに巻き付けた布のカタカナを、メルがゆっくり読み上げていく。
 「…ワタシノツ…クッタアン…ゴウトイ…テクレテ…アリガト…」
 「“私の作った暗号解いてくれてありがと”…」
 「私の…作った…暗号…」
 「だーっ!もうっ!何度も何度も言うなっ!恥ずかしい!」
 部長が真っ赤になって怒っている。その姿に、私達三人は思わず吹き出す。
 「ふっ、ふふ…」
 「部長…かわいい…っ!」
 「…リイ、…照れてる」
 「ううう〜…。なんでこんな文章にしたんだろ…」
 頭を抱える部長の背中を、レイカさんがぽんぽんと軽く叩いて宥める。
 「部長、暗号…楽しかったです」
 「ありがとうございます、部長」
 部長は私とメルの言葉に顔を上げ、それからレイカさんを見る。
 「…楽しかった」
 「なら…」

 「…ま、良いか!」

 ニカッと笑って、部長が復活する。
 「さ、席に着け! スキュタレー暗号についても、ちゃんと説明するからな!」

 「はい!」
 「はーい!」
 「…(コク)」

 部長の呼び掛けに、私達は三者三様の返事をし、自分の席に着いた。

 (ふふっ…)


 暗号の説明をする部長は、解いていた私達よりもずっと楽しそうで…

 その笑顔は、キラキラと、眩しく輝いていた。



 − 終わり−
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