2ピースめ『言の葉のパズル』

文字数 2,999文字

 「こんにちはー…」
 いつもの様に、言いながら扉を開ける。

 (しかし…本当に入る時の挨拶って、これであってるのかな…)

 毎回入る時のこの挨拶が、私は少し気になっている。
 でも…

 「あ、ナルちゃん」
 「…ナル、…いらっしゃい」

 特に誰も、気にはしていない。
 多分、これで合っていて、私がまだ慣れないだけなんだ。
 (そのうち気にならなくなるかな〜…)
 そう思いながら戸を後ろ手で締め、ふと気付く。
 「あれ…」
 部長が居ない。扉を開けたちょうど目の前あたりに、部長の席はある。しかしその席は今、空席になっている。
 「あの、部長は…?」
 レイカさんに聞いてみる。
 するとレイカさんは、

 「…知らない。…わたしはなにも…聞いてない」

 と、首をふるふると振って答えてくれた。
 「メルは?」
 「へっ?あ…わたしも知らないよ? どこに行ったんだろうね?」
 メルは分かりやすいほど、挙動不審に答えた。
 (これは絶対知ってるな)
 そのままじっとメルを見ていると、メルが固まったままオロオロし始めた。
 (…まあいいか)
 視線をメルから外し、レイカさんの後ろを通って自分の席に行く。
 「ん?」
 座ろうとして、自分の正面、部長の席の後ろのホワイトボードに、何やら変な文章とイラストが書かれているのに気が付く。文章は全部ひらがなで、『あたんごうたはことたばのぱたずたる』と書かれている。そしてイラストは。
 (…狸?)
 丸い耳。両目周りの縁取り。そして頭の葉。
 まあ間違いなく狸だろう。レッサーパンダは化けないし。
 (ということは…)
 私は直ぐに、これを書いた人の意図を察し、声に出して読み上げた。

 「あんごうは、ことばのぱずる」

 つまり、『暗号は言葉のパズル』、という事。
 (これを書いたのは…)
 私は直ぐに部室内の状況を察し、自分の席の椅子を引いて中を覗き込む。
 「はろー…」
 机の下には、思った通り、部長が隠れていた。小さな身体を、膝を抱えて、さらに小さくしている。
 「…。…何してるんですか。…部長」
 「いやーあははは…」
 部長は笑って誤魔化す。
 (…なるほど。だからメル、挙動不審だったのね…)
 思い返すと、レイカさんの言ってたことも、『自分は何も知りません』という、言い訳の様にも受け取れる。
 (…こっちは分かりにくかったけど)
 一人納得していると、もそもそと机の下から部長が這い出てくる。
 「いやー、流石ナル。やっぱ解くの早いわー」
 立ち上がった部長は、パーカーやスカートに、所々、床の埃を付けていた。
 (こんなところに潜るから…)
 「…ちょっと失礼します」
 「え?」
 私は一言断って、部長の服についた埃を、手でばたばたと払い落とす。
 こういうの、私はほっておけない。
 「あ、ありがとう…」
 「いいえ。…で、何でまたこんなところに隠れてたんです?」
 訊くと部長は、
 「いやー。そう言えば“暗号”って、言葉の“パズル”だよなーって、ふと思って。…なら、パズル部でも扱わなきゃなー…と…」
 部長のその言葉に私は、
 (…確かに)
 と納得する。
 「んで、一番スタンダードな“た”ぬき暗号を、お前らに出題してみたってわけだ」
 「部長、今日はずっと、そこに隠れてましたよね」
 メルが部長に、少し困った様な笑顔で笑いかける。
 「えっ、メルが来た時も、部長ここに隠れてたの?」
 私が訊くと、
 「うん…。答えを声に出したら、突然後ろから声がして、ちょっとビックリしちゃった」
 レイカさんの方を見る。レイカさんの時も同じだったらしく。コクコクと頷きが返ってくる。
 「ま、取り敢えずナルも、早く座れよ」
 そう言って、部長はレイカさんの後ろを回って、ホワイトボードの前へ移動する。私は言われた通り、鞄を下ろして席に着く。
 「…よし。んじゃ、全員揃ったし、次の暗号に行くぞ」
 「えっ、次もあるんですか?」
 私は思わず声を上げる。すると部長は、
 「おう。あるぞー次の暗号。だって、あんな簡単なたぬきだけで終わったら、パズル部の名が泣くだろう」
 と、苦笑して言った。
 この『たぬき暗号』とは、問題文の文章中から、“た”を“抜く”と、正しい文章が現れるという、ごく初歩的な子供でも分かる暗号だ。
 (…まあ、確かにこれは、パズル部でやるにはちょっと簡単過ぎ)
 部長は私が納得するのを待って、それから、ホワイトボードを縦にくるりと回し、裏面を見せた。

 そこには、アルファベットの『 Zcpfa Yqz 』という文字列。
 それと、『可愛らしいウサギが、右へぴょんぴょん』、『それより少し大きめのうさぎが、左へぴょんぴょんぴょん』と、跳ねているイラストが描かれていた。

 部長がホワイトボードの白い部分に手を当てる。
 「次の暗号はこれだ! 一番早く解けたものは、今日だけ飴を“二つ”食っていい!」
 それを聞いた途端、レイカさんが珍しく、目を見開いた。
 「リイ…。…良いの?」
 部長はレイカさんの方を向いて、こく、と頷いた。
 恐らく、今の短い問いには、『それじゃあ、出題者の取り分が一つ減るけど、本当にそれで良いの?』という様な意味が込められていたんだろう。
 推測は当たったらしく、『まあ、飴なんてコンビニでも買えるしな』と、部長は続けた。
 「さて! そろそろ始めてもらうぞ! ノート、書くもの、スマホは使ってよし。誰かに相談したりするのは禁止、制限時間は…」
 部長はチラと自分の左腕を見る。
 「…うん。まあ、十分もあれば足りるだろう」
 言って自分のスマホでアラームをセットする。
 「それじゃ始めるぞー! よおーい、スタートッ!」


 私は先ず、問題文のアルファベットと、うさぎのイラストをノートに書き写す。周りからも、何か紙に書きつける音が聞こえてくる。

 (……………)

 さっきの狸といい、このうさぎといい、部長は意外と、可愛らしいイラストを描く。
 そしてさっきの暗号を見るに、多分このうさぎは、この暗号のヒント。

 (アルファベット…)

 私は取り敢えず、アルファベットを大文字で横一列にノートに書く。

 (うさぎ…。うさぎは…)

 うさぎの動きをよく見る。小さいうさぎは右へ。大きいうさぎは…?

 (…あ。このうさぎ…)

 これだという解法を見つけ、早速暗号を解来始めたその時。

 「あの…部長」
 メルが申し訳なさそうに、小さな声で部長を呼ぶ。
 「どうした?メル」
 「解けました。…これで、合ってますよね」
 暫くの沈黙。私は解読を急ぐ。
 (えぇーっと、aは…)

 しかし、

 「…うん。解き方も答えも合ってる。…一番はメルだな!」
 「やった!」

 あと一歩及ばず、一番はメルにとられてしまった。

 (………)

 ノートには解読した暗号の答え。私もノートを持って、部長の元へ行く。少し遅れて、レイカさんも席を立つ。
 「部長、出来ました」
 「…うん。正解! …あと一歩、遅かったな」
 部長が眉をハの字にして笑う。
 「はい…。ちょっと…悔しいです」
 私も、同じ様な顔で、苦笑した。



 − 続く−
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