1ピースめ『開かないハコ』

文字数 3,561文字


 (みんなもういるかな…)

 放課後、少し通い慣れてきたパズル部の部室に、今日も顔を出す。
 「こんにちはー」

 「あーもう!解けなーいっ!」

 部屋の戸を開けるなり聞こえてきた大きな声に、思わずビクッと身体が硬くなる。
 「あ…ナル。…いらっしゃい」
 私に気付いたレイカさんが、微かに微笑む。
 レイカさんは背が高く、濃紫の長い髪も艶サラでとても大人っぽい。見た目は近寄りがたい人だが、中身はすごく可愛らしい先輩だ。
 「こんにちは、レイカさん」
 私はいつもの様に、鞄を床に置き、レイカさんの左隣に座った。身体を寄せて耳打ちする。
 「部長…、今日はどうしたんです?」
 私が聞くとレイカさんは作業中の手を止め、
 「うん。…先生が、パズル…くれたみたい。…中に、『いいもの』入ってる。…でも」
 ちら、とレイカさんが右を見る。私もつられて、そちらを見ると、
 「解けないいぃ〜…」
 跳ねた金色のボリュームツインテが特徴のリイリラ部長は、パズルを持ったまま机に伸びていた。いつもはぴょこんと跳ねている赤いリボンも、今は心なしか、少し萎れている気がする。
 (なるほど…)
 ちなみにもう一人の部員、私と同じ一年生のメルことメルハは、赤い縁ありの眼鏡をかけ、何事も起きてないかの様に、黙々と文庫本を読んでいる。
 メルは本を読んでいる時は、周りの声が聞こえない。
 「…あれ、手伝った方がいいですか?」
 「…。リイが、…そう言ったら。…じゃないと、…怒る」
 『…かも』と、レイカさんは付け加えるが、多分、部長ならば怒るだろう。ならば私は…
 (…宿題でもしてよっと)


 宿題を始めてからしばらく経った。ふとノートから顔を上げ前を向くと、
 「っ!」
 「………」
 机に身体を乗り出し、結構な至近距離でこちらを見ている部長と目が合った。
 (びっくりした…)
 「あの…、何か御用でしょうか…」
 「…っ、あ、ああ。ナルもパズル部部員だろ? パズル部はパズルをする部活だ。えっと…その…だから…」
 部長があせあせと、身振り手振り慌てながら言う。じっと見ていると…
 「…て、…手伝って…」
 と、頬を染め目はつり目で、少し恥ずかしそうにそう呟いた。
 「…。…貸してください。ちょっと、やってみます」
 「っ! ありがとう!」
 部長がとても嬉しそうに破顔する。
 「…っ」
 (…やりにくい)
 はぁ、と一つため息をつき、部長からパズルを受け取る。
 (ふむ…)
 パズルは少し大きめの、漆塗り風の黒い立方体で、一面一面に金色で、色々な絵が描かれている。振ってみると、何やらカラカラと音がした。
 「それ…、なんでカラカラ言うんだろうな?」
 「さあ…。多分、何かの仕掛けでしょう」
 今度は、立方体の六面を注意深く観察していく。六面には、それぞれ違う絵が描かれていた。山、鳥、ナス、扇、煙草、あと…
 「…これ、誰…?」
 最後の一つには、髪を全て剃った、和服の男性が描かれていた。部長に聞いてみたが、『分かんない』と、首をふるふる振られてしまった。レイカさんにも聞いてみる。
 「あの…これ、誰か分かりますか?」
 レイカさんが手を止めて、箱に描かれた絵を観察する。
 「…ん。これは、…座頭」
 「「ざとう?」」
 「…目が見えない人で、琵琶法師の座に所属する人。…琵琶という楽器を弾いている」
 「へぇ…」
 言われてみれば、確かに丸っこいギターの様な楽器を持っている。
 「あ!」
 部長が突然声を上げる。
 「どうしたんですか?」
 「それ、その山、もしかして富士山じゃないか?」
 「山?…ああ」
 じゃあ…。
 「「一富士二鷹三茄子!」」
 部長と、ハモって叫ぶ。パズルに描かれた絵。この三つは、初夢に見ると縁起がいいとされるもの。
 (…あれ? でも…)
 「…まだ三面。残ってますよ」
 「あ、…だよなぁ…」
 再び二人で考える。その間も、パズルを手先でカコカコ弄る。
 (…カコカコ?)
 「なんかここ動きそうですよ。…ほら」
 私は部長にカコカコとパズルの一面を動かしてみせる。しかし部長は知っていたらしく、
 「…ああ。そこは動くんだ。多分、そこが開くんだろうな」
 と、返しただけだった。
 (うーん…。意外と強敵だな…)
 絵を睨みながらしばらく箱を弄っていると、右袖が何かに引っ張られる。振り向くと、レイカさんが、ちょいちょいとシャツの袖を引っ張っていた。
 「レイカさん?」
 「それ…、描いてあるの、多分。四扇五煙草六座頭。…一富士二鷹三茄子の、続き」
 「続きなんてあったんですか」
 レイカさんがコクと頷く。
 「扇は、末広がり。…煙草は、煙が登るから、…運気、上昇。座頭は…、毛がない。…だから、怪我をしない」
 (なるほど…)
 「ありがとうございます」
 この六面に、順番を表すものが描かれていた。

 …ここまでくれば、あとは簡単。

 私はパズルを、面の向きに注意して回していく。
 「一富士…二鷹…三茄子」
 (…四扇…五煙草、…六座頭)
 カコカコしていたところに、手を掛ける。
 すると…
 「…っ!開いたっ!すごいっ!」
 蓋だったらしいその場所は、さっきまでの抵抗が嘘の様に滑り、簡単に、するりと開いた。
 「あ…」
 パズルの中の空洞に入っているものを、一つ摘まみ上げ、外へ出す。
 思わず顔が綻んだ。
 「飴だ…」
 果物の絵が描かれた、飴の小袋。

 パズルの中には…飴やラムネが、ぎっっしりと、たくさん、詰まっていた。

 部長がそれに気付いて、ラムネを一つ取り出す。
 「鍵野が言ってた『いいもの』って、これだったのか〜!」
 部長が早速、ラムネを口に放り込んでいる。私も小袋を開け、濃いピンク色をした飴を、口の中に入れる。パズルを解いた達成感もあってか、きゅんと甘酸っぱい飴は、とても美味しく感じられた。
 (ん…?)
 私は立方体の箱から、さらに幾つかの飴とラムネをごそっと取り出す。
 「こら、ナル。沢山あるからって、そんなにいっぺんに取ったらダメだぞ」
 「あ…いえ、そうじゃなくて…」
 私は少し中身が空いた黒い箱の中から、さっき見えた白いものを見つけ、それをそうっと取り出す。
 (紙?)
 折り畳まれたそれを開くと、手書きの文字で、文章が書かれていた。

 『パズルクリアーおめでとう。飴とラムネは、部員の皆さんへのプレゼントです。パズルをして頭を使ったら、ご褒美に、甘いものを食べましょう』

 「…この口癖、鍵野先生ですね」
 「まあ…、これくれたのも、鍵野だしな」
 部長が立って手を叩く。

 「…メル!レイ!」

 「…ん、どうした、の…?」
 「はい? もしかしてわたし、今呼ばれてました?」

 部長の呼び掛けに、クロスワードを作っていたレイカさんと、丁度小説を読み終わって帰ってきたらしいメルが、それぞれ返事をする。
 「鍵野先生が、私達にプレゼントをくれたみたいです」
 (…パズルは、私と部長で、勝手に解いちゃったけど)
 「パズルにな、飴とラムネが入ってたんだ。一人一日一個まで!味はもちろん、早い者勝ちな!」
 部長が早速ルールを決める。レイカさんは私達を見ていたし、直ぐに事情を察して一つ飴を取ったが、ずっと本の世界に居たメルは、いまいち状況が掴めないらしい。
 「なに?どういうこと?何があったの?」
 「鍵野先生が、部長にパズルをくれて、それを解いたら、中から飴とラムネと、この紙が出てきたの」
 私はメルに、さっき見つけた紙を渡す。
 「…ああ。なるほど」
 流石小説好きのメル、この文章で、ちゃんと分かってくれたらしい。
 「…ごめんね、私達だけで、勝手にパズル解いちゃって」
 メルがかぶりを振る。サラサラのブラウンの髪が、動きに合わせて揺れる。
 「ううん。わたし、動かすパズルはニガテだし。…あ、飴一つ貰える?」
 「なに味?」
 「何でもいいよ。ナルちゃん選んで」
 (そんな突然選んでって言われても…。えぇっと…)
 私は立方体の中を覗き、飴を選ぶ。
 「はい」
 渡したのは、桃の絵が描かれた小袋。
 「わあっ…桃の飴甘くて好き!ありがとう、ナルちゃん!」
 メルは嬉しそうに、飴をコロコロと口の中で転がす。
 (かわいいな…)
 両肘を机につき、頬杖をついて、メルを眺める。メルは何だかふわふわしていて…時々、無性に頭を撫でたくなる。
 「…ろーひはほ?」
 「…ふふっ」
 私はメルに笑いかけ、『何でもないよ』と、再び宿題に取り掛かった。



 − 終わり−
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