第1話 青春鍋奉行

文字数 1,879文字

年末に向かって底冷えがし始め、こたつの中でうたた寝が至福のひと時になって来た2023年秋。

土鍋で炊いた輝く白飯をおひつに移し替えていた文学部三年生の九十九繁(つくもしげる)のスマホが振動し、同級生二人から…

匂坂(さきさか)でーす。
バイト先から消費期限間近のトマト缶ととろけるチーズ貰ったのですが僕はイタ飯作れません。今そっちに向かっています。

やっふー。本山でーす。
実家から大量のシュウマイがクール便で来た。本当はあんまり好きじゃないってお袋に言いそびれてたツケが回って来た。ので、魔法使いしげちゃんよ、美味しく錬成してくれ。もうすぐ着く。


と学内で
余り食材錬成の魔術師。
と呼ばれている茂のアパートの呼び鈴がぴんぽーん。と鳴ったのはLIME既読からきっかり三分後。その間、茂は洗った土鍋に再び1カップの水を入れて小さじ一杯のコンソメの顆粒を溶かしコンロに乗せて準備を済ませていた。

「いらっしゃい二人とも。先ずは匂坂くんはジャガイモを洗って1センチの厚さにスライスして本山くんはブロッコリーと白葱を洗って小房に分けてくれないかい?」

言われた二人は「らじゃ!」と茂に向かって敬礼し、色白細身でたまに自炊する匂坂くんはまな板の上で上手に芋をスライスし、筋骨隆々のラグビー部OBで全然自炊しない本山くんはブロッコリーを雑に洗い、キッチンばさみで小房ごとにばっつんばっつん切り分けた。

そして六畳一間の中央にカセットコンロを設置し、まるで下ぶくれの弥生式土器みたいな黒い土鍋が置かれ、3人の若者たちは業務用ホールトマト1リットル。

レンチンして半分火を通したジャガイモとブロッコリー、斜め輪切りにした白葱、そして冷凍シュウマイ2パックをぶっ込んで

「大鍋の中で煮えよ焼けよ。煮えたぎる泡のように地獄のスープとなりて、邪悪な魔力を現れよ〜♪」

とシェイクスピアの演劇「マクベス」の魔女たちのセリフを唱えながらただ材料ぜんぶ鍋に入れてぐつぐつ煮るだけの簡単料理鍋に向かって大仰に手かざしした…

そして10分後、
「ただ脂っこいと思っていただけのシュウマイがトマトベースのスープで脂が落ちてさっぱり美味の肉団子に変化(へんげ)している…しげちゃんよ、やっぱり君は魔術師だ!」

と叫んで茂を抱きしめ、具を咀嚼して飲み込んだ匂坂くんは「茂くん、お料理動画をサイトにアップしてみないか?動画の世界は一発当てたら大きいと聞く」

と半ば真剣な顔で提案する。が、茂は縁無し眼鏡の下で目を細めてふふ、と微笑みながら

「僕はもう国語の教師になって本当は紫式部の階級社会への怒りと悪意に満ちた源氏物語とか、夏目漱石から始まる現代語小説とか面白おかしく生徒に教えたいな。って夢があるし。
それに、動画の世界はプロフェッショナルまでも参戦して来てるからもう遅いってば」

と友人の提案をやんわり却下した。

そっか〜、持って来た酎ハイを飲む匂坂くんの横でもりもりとトマトシュウマイ鍋と白飯を頬張る本山くんは3度目の「うまい!」を叫んでから腹が満たされたのかカーペットの上にごろん、と身を横たえ、

「やっぱりしげちゃんのデタラメ旨料理をたらふく食ってる時が一番幸せ…就活のこと忘れられる」

「幸せの食卓に現実を持ち込まないでくれよ」

と酎ハイに酔った匂坂くんが少し怒った声で

「就活開始の時期とコロナの規制緩和が重なって正直ほっとしてるけど…エントリーシート?自己分析?バイト振り返り?若人を分析してどっかの研究所の実験動物にする気ですか⁉︎ってくらい気持ちが萎えている。たった半年でだ。四年次の研究室も決めにゃならんのに…」

「理系はそこんとこ大変だよな。俺はラガーマンアピールで営業職に絞ってるけどやっぱり体育会系で同じ事やってる奴いてさー…いかん、飲みたい気分になってきた」

と起き上がった本山くんは冷蔵庫で冷やしていもらっていた持ち寄りのビール缶を取り出し、タブを下に押してぷしゅっ!と音を立てて開け、旨そうにビールを飲み下す。

この3人は高校一年の時オンラインゲームのチャットで仲良くなりオフ会で知り合った。

リアルで仲良くなった彼らは学部こそ違えど同じ大学に進学を目指した途端、コロナ禍が世界中を襲い、授業もオンラインになり学生同士の接触が希薄な世代と言われてはいるが元々オンラインで繋がっていた彼らにさしたる影響は無かった。

「しかしさあ、僕達」
この食事会の鍋奉行である茂は空になった鍋と寝転がる友人を交互に見ながら、

「3年かけてやっと同じ部屋で食事出来るようになったんだねえ…」

と呟き、他の二人も感慨深く空の土鍋を見つめながら腹と心が満たされている今の幸せを噛み締めた。
















































































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登場人物紹介

九十九茂…某大学3年。国語教師志望。趣味、料理。余り食材の錬成師と呼ばれる。

ふうーっ、受賞おめでとーしげちゃーん。法学部の本山です。高校時代からラグビー部。趣味、金をかけない筋トレ。

良き良き。工学部三年の匂坂です。

過度なペーパーレス化がスマホやタブレットで老眼進めるのおかしくない?って理由で人間工学学んでます。

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