金色の飴のエピソード

文字数 3,445文字

 久しぶりに高校時代の仲間が集まった。
 出会ったころは青春真っ只中。泥まみれになって楕円の球を追った仲間たち。

 その中の二人。
 私と彼の話。

 私と彼は、高校ラグビー部の部員とマネージャーとして知り合った。それからずっと、飽きもせず友達のまま、10年以上の時が過ぎた。
 
 互いの元彼、元カノのことは知っている。それぞれの、若気の至りによる諸々のことも、だいたい知っている。

 いつも困った時には彼が助けてくれた。私は何かあると、つい彼に頼った。誰と付き合っていても、彼との友情が途絶えることはなかった。

 彼といる時、私は自分を良く見せることも、悪ぶることもしなくてすんだ。装う女を嫌う人だと感じていたので、フラットな自分でいることを心がけた。それがとても、心地よかった。
 
 私はある日ふと思った。
 こういうのこそ、「好き」っていうんじゃないの? 
 でも、なんとなく、こっちから好きと言うのは腹が立つ、という意地もあった。でも、彼は言わない。もし好きだと思ってくれているとしても、絶対に言わない。お爺さんになるまで待ったら言うかもしれない。でも、そんなに待てない! 私は決心した。告白する。

 彼が出かけようと誘ってくれた行き先は京都だった。彼も私も後で知ったのだが、私たちが行った世界遺産の神社は、縁結びのご利益があった。
 その日、私は決めていた。告白してからしか帰らない。

 帰り際、私は勇気を振り絞って彼に告げた。知らずにお賽銭を投げ入れた、神社のパワーもいただけたのかもしれない。
 今、振り返っても、あの日の私を褒めてあげたい。10年以上も友達でいた人に告白するのは、なかなかの勇気が必要なのだ。

 意を決して発した言葉。
「私じゃあかんの?」
 用意していた言葉はたくさんあったのに、これが精一杯だった。
 彼の返事は
「お前は俺でいいんか」
 当たり前だ。あなたがいいから、こうして告白しているのだ。

 彼は
「考える」と言った。
 即答せーっ! と思ったが、それは飲み込んで待った。
 ちゃんと答えもせずに、数日後、彼は
「温泉に行こう」と言った。
 私にはわからなかったが、それが彼のOKの答えだった。
 そして、桜満開の季節、温泉へ行った。偶然、「ホタルイカ祭り」に出くわし、食べたホタルイカがとても美味しかった。

 桜の咲く晴れ晴れとした季節に晴れて恋人となり、照れくさくも楽しい日々が数か月続いたころ、彼は言った。
「バスケ嫌い。バスケだけはどうしても好きになれない」……。

 彼はスポーツマン。運動神経に譲れない自信を持っている。体育と名のつく大学の卒業生だ。
 片や私は目も当てられない、運動音痴。中学時代のバスケットボール部では引退まで補欠。応援の声出しに自信がある。

 私は週に一度、平日の夜にバスケットボールの活動に参加し、汗を流した。仕事のストレスを発散すべく、バスケを楽しんでいた。下手の横好きと言われても、その頃の私の、趣味と呼べる唯一のものだった。
 そのバスケを、彼は「嫌い」と容赦なくぶった切る。

 自分の好きなものを「嫌い、嫌い」と言われると、まるで自分が拒絶されているような気がした。
 もう十分に結婚を意識する年齢で、答えを急いでいたのかもしれない。
「こんな人と、将来ともにやっていけるだろうか」
 不安になり、そして別れた。えらくあっさり別れてしまった。

 それからひと月ぶりの再会だった。
 彼と私が付き合っていたことを知らない仲間たちは「彼女、おらんの?」と彼に聞いている。

 なんて答えるんだろう。
 もし「いる」と答えたら、それは私のことではないよね……。それを聞いた私はショックを受けるのだろうか。
 斜め向かいに座る彼と私の間に微妙な空気が流れた。
「今はいない」
 その答えに、私は安心した。
 そう思うことがなんなのか、深くは考えずに。

 会はお開きになり、終電の時刻は過ぎていた。私はタクシー乗り場へ向かい、数人の仲間は2次会へ。
 彼も行ったのかなと思っていると、かっこいいとはとても言えないママチャリに乗って、彼が現れた。

「大丈夫?」と、彼が聞く。
「大丈夫」
 心配して来てくれたと思うと、うれしかった。

 もう少し話していたいのに、なにも話さないまま、こんな時に限ってタクシーはすぐに来る。

 私がタクシーに乗り込むと、彼は後部座席のドアから覗き込んで
「よろしくお願いします。ちゃんと送ってやってください。よろしくお願いします」
 と保護者みたいに言っている。

 タクシーは発車し、彼はママチャリにまたがったまま見送る。
 だんだん小さくなるその姿は、白馬の王子様には似ても似つかない。
 私はなぜか泣けてきた。お酒のせいかもしれない。なぜ泣いているのかわからない。涙がボロボロ出てきた。

 運転手さんが
「これ、食べて落ち着いて……」
 と、私の手になにかを乗せた。

 黄金糖。今も昔のまま、変わらないフォルムの金色の飴。
 包みを開いて口に入れ、私はまだ泣いていた。
 黄金糖は子どものころに食べた記憶のまま、やさしくて甘い。

 よく見ると、白髪混じりのもじゃもじゃ頭という、魔法使いのような風体の運転手さんは言った。

「わしの嫁さんもなぁ……、そんなことがあった。
 他の男に行きよった。でも帰って来よった。
 ちゃんと話したらわかってくれる。
 あんないい人離したらいかん」

 運転手さんの話に涙がピタッと止まる。
 なぜか私は、彼を捨てて他の男にいった女になっていた。
 それにしても、運転手さんそんなことがあったんですね……。でも奥様のこと、許したんですね……。

 私はその設定のまま
「大丈夫ですかね……」
「わかってくれますかね……」と、話していた。
 
「電話かけてみたら」
 運転さんは親切に、いい年して躓いた私たちの恋愛の面倒を見てくれた。その言葉に背中を押され、彼に電話をかけた。

「やっぱり別れたくない」そう伝えると、彼は
「うん」
 と答えた。

 彼と私は、たぶん、長い時間をかけて友情を育ててきた。無意識だけど、私は大切に育ててきた。
 何度も「この人と会えなくなるのはつらい」と思った。別の恋人がいたときも。
 そんな大切な人との関係を、どうして手放そうとしたんだろう。
 
 家に到着し、運転手さんにお礼を言ってタクシーを降りた。
 運転手さんは最後まで言っていた。
「彼のこと、離したらいかんよ」

 部屋に戻り、電話で彼に、タクシーでの出来事を話した。
「ドラマみたいやなぁ」
 彼は笑いながら聞いていた。
 ドラマついでに言ってみる。
「会いたい」
 彼は、やさしい口調でサッパリ切り捨てる。
「それは無理」

 ガクッ。(この表現は昭和?)
 そうだった。そういう人だった。
 こんなときは、それこそタクシーを飛ばしてでも会いに来るもんじゃないの? と思うけど、彼はそんなセンチメンタルに流される男ではない。
 いい加減なところもチャランポランなところもてんこ盛り。でも夜はさっさと帰って布団で寝る。その場のノリで朝までオール! なんてバカ騒ぎの場からは、いつも知らない間に消えていた。
 そして私は、そういうところも好きなのだ。
 カッコつけないママチャリ姿も好き。
 普段はそうでもないのに、いざという時に守ってくれるところも好き。

 電話を切った後、悔しいやら嬉しいやら複雑な気持ちで、その日あったことを思い返した。
 
 こんなことって、あるんだな……。
 どこか不思議な気持ちだった。
 運転手さんは恋のキューピッドだ。
 そして、黄金糖は魔法のキャンディーのように私の心を溶かした。
 
 後日、バスケのことをどうしてあんなに否定したのか、彼に尋ねた。
 あらゆるスポーツにそれなりの自信を持っている彼だが、バスケだけはいつも親指を突き指した――それが理由らしい。
 だからと言って、人の趣味をあんなに否定するのはどうなのかと訴え、その後はそれぞれの趣味を尊重しようという暗黙の了解がある。

 あれから私たちは結婚し、家族になった。
 子どもが生まれ、親になり、いろいろなことを乗り越えながら、ともに歩んでいる。

 子どもたちも大好きな、金色の飴を見るたびに思い出す。

 あの夜の運転手さん。
 もし、もう一度素敵な偶然があったら、夫になった彼と、元気いっぱいの息子たちも一緒に乗車して伝えたい。

 「彼の手をしっかり離さず持っています」と、感謝の気持ちを込めて。

 黄金糖を口に入れてみる。
 きらきら輝く金色は、やさしい甘さを溶かしながら、口の中でコロコロと転がった。




 
 
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