第4話 はじめての訓練

文字数 9,087文字

――拝啓 お父様、お母様

私は山に来ております。
時刻?深夜だけど問題ない!なぜならやるべきことがたくさんあるからです。
それに、ウサギのぬいぐるみもいるから1人ではありません。
土も運んでくれるし、むしろお役立ちキャラです。
無問題(もーまんたい)
あともうひと仕事したらこっそり自宅に帰ろうと思います。
明日の土曜日に期待していてください。

あなたたちの娘より。敬具。


ザクッ。ザクッ……ザクッ。

叶奈(かな)は大きなショベルで穴を掘っていた。
頭にはアウトドア用のヘッドライトを付けている。
足元にはLEDランタンを複数置き、足元の明かりを確保していた。

断じて死体を埋めるとかではない。
掘っては土を運び、また掘っては土を運び、の繰り返しである。

一時休憩を挟む。
ピクニック用の小さめのシートの上に座り、ペットボトルの水を飲み、一息つく。
星がとてもきれいだ。

完成は近い。
あと1時間もあれば良い感じになるだろう。

叶奈は首から下げたタオルで額の汗をぬぐい、作業を再開した。


-----------------


時は2日前の夕方に遡る。
叶奈は学校帰りにICPO日本支部に立ち寄った。
事前連絡で靴は運動靴、ジャージみたいな長袖長ズボンが望ましいと言われていたので、師匠と訓練で使っていたジャージと運動靴を用意してICPO日本支部を訪ねた。

仮眠室にて着替えを終え、ラウンジへと向かうとエリックさんが居た。

訓練だと思っていたら違った。
なんと、エリックさんが叶奈をドライブに誘ったのだ。

……ジャージでドライブ!?
疑問に思いながらついていくと、駐車場のとある車に案内される。
エリックさんが車の鍵を開けたので、叶奈は後部座席に乗り込もうとした――が。
車の後部座席にはブルーシートやロープなどが雑多に積まれており、なかなか物騒だった。


わぁい、何か物騒♪死体とか回収してそう♪あ、血痕だー♪(棒読み)
……もしかして今日の私の仕事って、どこかに死体を埋めることなんじゃね!?


――もう帰りたい!!!


だが、上司からの誘いだ。
断れなさそうな雰囲気がする。


――まぁ、組織が組織だからね!?物騒でも仕方ないかなー!?うん、きっとそう!!


とりあえず自分を無理やり納得させ、気にしないことにする。
後部座席が怖かったので、叶奈は一番安全そうな助手席に乗ることにした。

エリックさんの運転で向かった先は山。――山!?


え?やっぱ死体の埋葬作業?
それとも私、捨てられる?
自分を埋める穴を掘らさせられて、銃殺後に埋められちゃう??


恐る恐るエリックさんの様子を見てみると、気持ちよさそうに伸びをしていた。
自然豊かですね~とかほざいてやがる。


――コイツ…まさか優しそうに見えて、血も涙もない系統のヤベェ奴か!?上司には碌なのが居ないの確定ですか!!?


「さて、Σ(シグマ)さん。ここは訓練に使っている山です。今週の土曜日に全員が集まって訓練を行うので、Σさんのお披露目の日にもなると思います。」

疑心暗鬼になっていると、楽しそうにしているエリックさんが解説を挟んだ。
どうやら週末訓練のお誘いだったようだ。

「他の人は何度か来たことがあって、そのたびに罠を仕掛けていたりします。基本当日の訓練中に仕掛けて訓練後に回収していますが、立地を何も知らないまま飛び込むのは危険かと思い、下見に連れてきたんです。」

なるほど。殺意からではなく、善意で誘っていたのか。
勘違いしてごめんなさい。

エリックさんと2人で山道を登る。
師匠と師匠の家の裏山で訓練しているので、登るのに苦戦することは無かった。
ある地点で立ち止まり、エリックさんが説明を始める。

「スタート地点がここになります。その後はバトルロワイヤル方式になり、制限時間内に多く倒してついでにゴールしておくことが必要になります。まぁ、皆さん最初にゴールを目指してその後時間まで闘っている感じですね。」
「結構ルール、ガバいんですね。」

ゴール目指せばいいだけじゃん。というか、ゴール要らなくね?

「必要なのはどんな相手とでも闘える能力ですから。まぁ、目的地まで行く訓練も兼ねている部分もあるので。」
「そうなんですね。」

コンクリートジャングルでは役に立たなそうだけど。
……山狩りも兼ねてるのかな。うん。

叶奈は思考を放棄した。

とりあえず決められたゴールに行けばいい。
んで、その後にコスプレ粛清集団を狩ればいいのね!――無理じゃね!?
私、善良なる一般市民やぞ!?ど素人やぞ!?

「Σさんははじめてなので、他の人が有利になりすぎます。だから、立地の確認で連れてきました。……本来は実践で初見でっていう感じですが、なにせ山なので。下手したら遭難して死にますからねー。」

怖いことをほのぼのとした笑顔で、さらっと言わないでくれませんか?
怖いんですよ?怖すぎるんですよ?
お前やっぱ鬼畜だな!?

……仕方ない。きっと異文化だ。慣れないと生きていけない。
頑張るかぁ…。

「まぁ、不安なら個人的に訓練日までにこっそり見に来るのもありだと思いますし。とにかく、当日は頑張ってくださいね。皆さん本気で来ますから。」

だから、無理だって。死ぬってば。難易度高すぎるだろ。

エリックさんは歩き出す。
叶奈は後ろをついていき、ゴール地点や山の立地を確認するのだった。


-----------------


それから深夜に来ては、叶奈は地面を掘っていた。

そして、今日。
金曜日の深夜――むしろ土曜日になった頃にも叶奈は地面を掘っていた。

その後、いくつかの加工が終わり、午前3時に作業が完了した。

「……これでよし!」

叶奈は満足げに自画自賛し、荷物を回収してぬいぐるみと共に自宅に帰るのであった。


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訓練当日。
叶奈は眠い目をこすりながらICPO日本支部を訪れ、ダサい赤のスーツに更衣してネクタイを結び、ぬいぐるみを抱っこした状態でラウンジへと向かった。
ラウンジのドアを開けると――


――あれ?誰もいない!?


誰もいなかったのだ。
指定された時間は合っているはず……。

そう思っていると、後ろから声をかけられた。

「時間通りね。行くわよ。」
「あっはい。…よろしくお願いします。」

声をかけたのは、安井(やすい)司令だった。
彼女はいつものパンツスーツ姿で颯爽とエレベーターホールへと向かう。
叶奈――Σは急いでついていく。

駐車場へと案内され、車に乗り込む。
ぬいぐるみはお膝の上でステイだ。
状況に理解が追い付かなかった叶奈は、答えが返ってくることを願いつつ聞いてみた。

「あの……他の人は居ないんですか?」
「あなたはじめてだから、早めに向かっているだけよ。」
「あ、ありがとうございます。」

どうやら気を使ってくれたようだ。
実際にはこの2日で通い詰めていたのだが。

……正攻法で勝てないからって、沢山の罠仕掛けてるんだけど……バレないかな。

心中穏やかではないまま山につくと、司令に車から降りるよう言われる。
Σは降りる。が、安井司令は降りてこない。

ん?なぜ??
安井司令を見ると、安井司令は山を指さしていた。
Σは山のほうを向く。

「この山すべてが訓練場よ。開始時間まで2時間あるから、好きに散策しなさい。じゃ。」
「……え?」

安井司令はそう言い、さっさと帰還した。


――えっ!?まさかの放置ー!?


……そういえば、この人放置癖あったなって。

って、ヲイ。
これさ?エリックさんの案内が無かったら遭難してたんじゃない??

……まぁ、いいや。罠にも気付かれていないようだし。
先にゴールに行くことができる。
そう思うことにしよう。

叶奈は先に1人でゴール地点へと赴いた。
その後は山へ潜伏し、更に戦闘への準備を整えることにした。


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「はい。では、みなさん頑張ってくださいね。」
「サボったらお仕置きよ。」

各々の司令が言葉を残し、top secret を山に置き去りにした。
所定の時間経過後に迎えが来る予定だ。

去っていく2台のマイクロバスを見送る。


「さて、今日も頑張りますかー。」
「よろしくなー(しのぶ)!!」

忍――ICPO top secret 002である紅忍(くれないしのぶ)が伸びをしながら発言すると、鬼火――FBI top secret 005の鬼火(おにび)が楽しそうに返答した。

「まずはスタート地点へ向かわないとな。行くぞ。」

黒真珠(くろしんじゅ)――ICPO top secret 001である黒真珠が先導する。
特にFBIは3ヶ月前に合併したばかりだ。ここに来た回数も多くはない。
ICPOで1人でも行ける奴は勝手に各々のペースで進んでもらう。

ICPO top secret 007の魔女っ娘ルナは体力温存のため、箒で飛んでスタート地点へと向かった。

「なぁなぁ忍!!新入りの子って見かけないけど、どこ居んの!?彼女なんだろ!?」
「彼女じゃねぇよ。弟子だわ。…あー。うちの司令が2時間前に山に放置したって言ってたから、多分山のどこかに潜伏していると思う。」
「えっ。」
「まぁ、遭難してたら訓練ついでに探しに行くわ。」
「えっ。あっ。うん。待って?――放置されてんの!?2時間も!?既に遭難してるんじゃね!?」
「……うちの司令だからな……。まぁ、俺の弟子だし。死んではないだろ。多分。」
「そっかぁー…。……俺も闘いながら探してみるわ。」
「ああ。

。」
忍は満面の笑みを浮かべた。
「……?」
鬼火は意味がわからないといったような疑問の表情を浮かべていた。

何となく意味を察していた人々は、会話を聞き目つきが変わったように思う。

忍は視線を前に向け、不敵な笑みを浮かべながら山を登る。
うちの弟子、なめんなよ?
手塩にかけて、厳しく丁寧に育てたんだからな?

忍は親心が爆発していた。


-----------------


「…そろそろかな?うわぁ、何かいっぱい居るぅ……。本当に男の人ばっかりだ。」

Σは木の上で双眼鏡を使い、スタート地点の様子を窺っていた。
なんかもう、壮観だった。…コスプレイベントに来たようで。

「えーっと…。基本的にヤバめなコスプレ粛清チームがICPO勢で、比較的まともな恰好がFBI勢っと……。何人か判別難しいの居るわ。闘いながら所属を聞くしか無いかー……。」

Σは1人1人眺め、確認していく。

「この人はまともっぽいからFBIで――ん!?」

Σは信じられないものを見てしまった。

――猫耳猫しっぽセーラー服の…しょ、

!?


どう見ても「今年小学校に入りました」的な感じがする男の子がいた。
まともな恰好の集団と仲良さそうにしている。

てっきり最年少は朝吹くんみたいな中学生だと思っていた。
だが、彼はどう見ても小学生。もしかしたら幼稚園児……。


――こっわ!!この組織怖っ!!児童労働反対!!てか、あの子も粛清してんの!?は!?


Σは今日一番の衝撃を味わったように思えた。
とりあえず、もう少し近くに行って、時が来るまでひっそりと見守るようにしよう。

そう思い、近くへと向かうのだった。


-----------------


一方、スタート地点。
忍が時刻を確認し、発言する。

「時刻になったな。じゃ、最下位だったルナ、号令を。」
「う…。位置について。――Ready Go !!

ICPO top secret 007の魔女っ子ルナの号令で、一斉に走り出す――が。

「え?」
「は?」
「ちょっ!?」
「ん!?」

「――!!」

スタート直後の地面に大穴が空き、top secret 達は3メートルほど落下した。

「わわっ!!わわわ!!!」

ルナは出遅れたため、ギリギリのところでバランスを取り、地面に座り込んだ。
忍は咄嗟に後ろに飛び、落ちるのを回避していた。
その他は全員が落とし穴に落下していた。


「マジ?……えーっと。みんな無事か?」

最初に声を発したのはICPO top secret 002の忍だった。
穴を見下ろし、声をかける。
やっぱりうちの弟子(アイツ)やりやがったなと、あと落とし穴くらい回避できないのかお前ら top secret だろ、と思いながら。

「あーうん……大丈夫。受け身を取ったから、怪我はしてない。……なぁ、忍??お弟子ちゃん、マジで何者??」
「弟子は弟子だ。まぁ、きっちり鍛えてるからなぁ。」
「ええ…。」

FBI top secret 005の鬼火が混乱しながら返答してくる。
無事らしい。さすが、鬼火。
こっそり鍛えた甲斐あったわ。
だが、落とし穴にハマるとかまだまだ修行が足りてないな。また鍛えてやるか。

「……嘘だろ…。これが……ICPOの洗礼……。」

FBI top secret 001の十字石(じゅうじせき)の口からは魂が出ているようだった。
上手く受け身が取れなかったのだろう。情けない。
カモフラージュが完璧すぎて、あり得ない位置の落とし穴に参っているようだった。

まぁ、流れていた新人の情報って「一般人の女」だったし。
忍の弟子と言ったところで、多少の戦闘ができるくらいにしか思ってはいなかったのだろう。


しかしよくこれだけ掘ったものだ。3メートル四方の穴だぞ、これ。
エリックさんが事前に案内してくれてたのだろうか?その時から掘りに来てたんだろうな。

まぁ、訓練期間と体力差を考えるとまともにやったら勝ち目無いし。
舞台は山だ。トラップ仕掛けてナンボだろ。
忍は弟子の成長を嬉しく感じていた。


top secret のみんなは、想定をはるかに上回る出来事に思考がついていっていないのだろう。
落とし穴の底で混乱していた。

すると、微かに気配がした。


――弟子だな。


訓練中でもあるので、視線を向けず、とりあえずクナイを投げてみる。
ルナが「え!?」というような顔で驚いたが、気にしない。


カンッ!

お。弾いたな。
耳だけで状況を確認し、声をかける。

「お疲れΣ。寝不足か?」
「師匠……やっぱりバレましたか。そして、落ちてくれませんでしたか。頑張ったのに。……です。」
「落ちるわけないだろ。ジャンプで躱したわ。忍者舐めんなよ。」
「悔しいです。精進します……です。」

Σは多少悔しそうに言い、ルナの方を向いた。

「ルナさん、おはようございます!Σです!!よろしくです!!」
「えっ、あっ、うん。おはよう……!世界一かわいいルナちゃんだよ!!」

ルナはちょっとビビりながら挨拶を返していた。

なるほど。キャラってこうやって作っているのか。
今後アップデートが必要そうだったら参考にさせてもらおう。


「あー……聞いていいか?何で【です】って言いまくってんの??」
「キャラ決めてる人が多いみたいなので、無理が無い範囲でやろうと思ったら、全ての口調に【です】を付けるのが良さげだったからです!!」
「そっか。ガンバ。」
「はい、師匠!!よろしくです!――さてと。」

Σは師匠に返答し、落とし穴へと向かう。

「皆さまはじめまして!ICPO top secret 009番のΣ(シグマ)です!!鍛え抜かれた皆様に実力では勝てなさそうだったので、山のあちこちにトラップを仕掛けさせて貰いました!これからどうぞよろしくです!!」

Σは穴を覗き見て、笑顔で挨拶をした。


――おい、馬鹿弟子。
挨拶するなら

んじゃない。
穴の中を見てみろ。殺意メーター吹っ切れてる奴いんぞ。

まずは徹底的に心折っとけよ!その後に仕掛けろ!恨み買うだろ!!


「では、師匠!私は先にゴールへ向かうです!」
「あ、うん。これ、放置すんの??」
「司令に相手がどれだけ強かろうが、全力で迎え撃てって言われてたので。」
「それ、多分戦闘時の事を指していると思うんだが…。」

忍としては、報復する気が起こらないくらいに心を折っておくことをおすすめするんだが。
……まぁ、一目置かれるきっかけにはなったか?

「まぁ、いいか。ゴールはこっちだ。いくぞ――ん?」

ふいに足元が引っ張られる感じがした。
足元に居たのはウサギのぬいぐるみだった。

長い耳をクロスさせ、バッテン印を作っている。
何かダメなことがあるのだろうか。

このぬいぐるみは叶奈――Σを保護したときから抱えていたものだ。
なぜか動くし、態度がでかい。どこにも乾電池を入れる場所がないのに。
叶奈曰く「死んだ猫の霊が入っている」と言っているが、猫ではなく人の霊だと思う。
だって、言葉通じるし。


「わ!かわいい!!【うしゃぎ】だ!!」
「知ってるんですか?」
「うん!昔グッズ持ってた!!超かわいいよね!!しかも、動いてるー!電池式なのかな?」

女性陣はぬいぐるみの話題で盛り上がっていた。
だが、このウサギはこれ以上進むなと言わんばかりだ。
横の脇道を進んではいけないってことか?――あ。確かにダメそう。

うちの弟子、頑張ったな。一瞬分からなかったわ。


「ちょっと。挨拶代わりだとしても、さすがにこれは無いんじゃないの?…ロープくらいは垂らしなよ。手持ちの武器だけじゃ、上手く、登れない、から……。」

声をかけてきたのはICPO top secret 005のDr.殺死屋(ドクターころしや)だった。
自分の得物である医療用メスを頼りに落とし穴を登ってきたらしい。
多少息が上がっていた。

……メスで!?登れんの!?マジで人間辞めてんな!?
忍は驚き、感心した。

だが、Σを見て驚いていた。
うちの弟子は本当に普通の女の子にしか見えないからな。驚くのも当然だろう。
ゴリマッチョとかじゃないし。

「凄い穴だが……いつの間にこれ掘ったんだ?」

Σが声がするほうを振り返ると、ルナの箒にまたがった黒真珠と、普通っぽい恰好の30手前の男性、小学1年生くらいの猫耳猫しっぽセーラー服の男の子が穴から出てきていた。


――まって、この男の人……斜向かいの家のお父さんー!?清水(しみず)さんじゃん!!?


世間狭っ!!
ってことは後ろの子どもは……うわ、本当に息子さんの(ともえ)くんじゃん!!
まさかの父子揃ってこのコスプレ粛清集団に入ってるってこと!?

叶奈は内心汗だくで、平常心を装った。


黒真珠は地上に降り立つと、後ろに乗っていた人を降ろし、箒を穴の中に投げた。
どうやら常識人はルナの箒を使って脱出を計っているようだった。……その箒、マジで飛べるの!?
ルナにこっそり聞くと、どうやら中にモーターが内蔵されている様だった。うわ便利。

Σは殺死屋の助言通り、近くの木に頑丈なロープを括り付け、落とし穴に垂らすことにした。
下手に恨みを買わないほうが賢明である。


「本当に…普通の女の子、って感じだね……?」

作業を進めていると、視線を感じる。
斜向かいの家のお父さんに、まじまじと見つめられてしまった。

……清水さんの職業、保育園の先生って聞きましたけど、本当なんでしょうか…28歳妻子持ちのお父さん!?本当はFBIに就職したりしてませんか!?

喋ったらバレそうだった為、Σはとりあえず軽く笑み、会釈することにした。

霧雨の瞳がすぅっと細くなる。
待って怖いよ!?

「ああ、俺はFBI top secret 002の霧雨(きりさめ)。……

ね?」

あ、これ、バレたな。はじめましてって言われなかったわ。
肝が冷えた。

「Σです……。よ……よろしくお願いしますです…。」

Σ――叶奈はそう返答するのでやっとだった。
師匠が懐疑的な視線を向けてくるが、霧雨は笑顔で「何でもないよー。」といった感じに手を振った。

空気を読んだ(ともえ)くん(もうすぐ6歳)が、目をまん丸にして見つめてくる。
ここで「あ!ななめのお家の、叶奈のお姉ちゃんだ!!髪のお色、染めたの??短くなったね!」とか叫ばれなくて良かった……。ともくん、偉いね。ありがとうね。お姉ちゃん命拾いしたよ。


戦慄していると、ロープを伝い、コスプレ粛清集団が続々と登ってくる。

本当はいたずら心MAXで落とし穴に毒蛇(いたずらの基準は師匠。not 一般人。)とか入れておこうかなって思ってたけど、入れなくてよかった。世間の狭さで死に目を見るところだった。あっぶね。


「……僕、先に行くね。」
殺死屋は脇道を通ってゴール地点に向かおうとした。

「……。」
忍は何も言わずに見送る。確信犯だ。


ICPO top secret 003 Dr.殺死屋が草むらに入ると――

カチッ。


「――え?」

足に何かが巻きついた。
そして――

「え…えええええええええええ!?――うわぁー!!!???」

殺死屋が脇道の竹トラップに引っかかり、一本釣りにされてしまった。

前もって生きている竹を地面に埋めて、先端に拘束具をつけ、踏むと作動するように設計していた。
竹はよくしなるのだ。
殺死屋は空中で振り回されていた。


「え…。えげつない……。」
「……あれ、どうやって降りるんだ?」

FBI top secret 006の朝吹(あさぶき)と、FBI top secret 004の一縷(いちる)殺死屋(ころしや)を見ながら会話していた。
朝吹は肉眼で、一縷は双眼鏡を使って状況を確認していた。

他の面々は信じられないとでも言うかのような表情で、Σを見ていた。
もしかして、少々やりすぎてしまったのだろうか。


そんな中、他者の目を一切気にしない忍が呟く。

「おー、色々と頑張ったなぁ……。トラップの技術は合格だ。カモフラージュも上手だったし、独創性もあって面白い。まぁ、落とし穴に即死しない程度のトラップか、毒蛇くらいは入れていてほしかったが。免許皆伝だな。」
「はい…!ありがとうございます、師匠!!初対面で下手に恨みを買いたくなかったのですが、次からは遠慮せずに、毒蛇などを入れておくことにします!!」

忍はΣを褒め、Σは喜んだ。
やったぜ!!免許皆伝だ!!!


忍の言葉を聞いた周囲はドン引きしていた。

「訓練がトラップ技術の免許皆伝の会になってる…??」
「は??待って???もっと凶悪な落とし穴になってた可能性があるってこと??」
「これでも手加減してたってマジ??」
「鬼畜が鬼畜を育ててる…。」
「ここに常識人は居ないのか……?」
「これで戦闘面もそこそこ行けてたら即戦力だぞ……。」

各々が口々に師弟コンビのやり取りにコメントをしていた。


「……とりあえず、ゴール目指すか。」
「賛成。」

死んだ瞳をしたFBI top secret 001の十字石の提案で、全員でゴールへと向かうことにした。

「え、まだまだ仕掛けているのに!!」
「あー。じゃぁ、一番多く引っかかった奴が今日の最下位で。」
「最後は穴とか埋めなきゃですね。」
「おー。手伝うわ。」

Σと忍が楽しそうに会話する。
元気なのはこの2人だけだった。

「あーうん。もう、それでいいわ…。」

死んだ瞳をしたFBI top secret 001の十字石が師弟コンビに切り返す。
今日はゴール地点で軽く闘い、その後、罠などを回収して落とし穴を埋めて帰還することに決定した。

竹トラップを自力で脱出し、途中で合流した殺死屋は、Σに複雑な感情のこもった視線を送るのだった。
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