第6話 朝練の必要性

文字数 8,893文字

――拝啓 お父様、お母様

おはようございます。
私は朝5時にICPO日本支部の地下で訓練を開始しています。
いわずもがな眠いです。授業中寝そうです。
チームは師匠と組めれば嬉しいです。後で聞いてみようと思います。

敬具 あなたたちの娘より


ICPO top secret 009のΣ(シグマ)こと神崎叶奈(かんざきかな)は訓練を終え、エレベーターの順番待ちをする。

地下からtop secret専用フロアへの移動手段はこのエレベーターしかない。
もともと定員が7~10名と広めの設定ではあるが、FBI top secretと手を結んだことにより人数が増え、一度に全員は乗り切れないのだ。

top secretの存在は秘匿されている。
階段は、他の職員とはち合わせる可能性があったため、使用禁止だった。
ちなみに地下に繋がる階段には頑丈な扉で塞がれており、階段へは鍵がないと開けて通ることができないれない仕様だ。

順番が来てΣたちも乗り込む。
5階に上がり、各自自室(仮眠室)に入っていく。
それぞれ更衣をし、仕事や学校に行くのだろう。忙しい。

Σも仮眠室で制服に着替えようとしていた。
だが――

ガッ!

「!?」

部屋の扉を閉めようとした瞬間、ICPO top secret 003のDr.殺死屋(ころしや)が扉を手で押さえ、室内に入り込んでくる。
殺死屋は素早く扉を閉め、鍵をかける。


――!!密室にされた!?


Σと殺死屋は向かい合い、部屋には緊張感をはらんだ沈黙が訪れた。


「……何の用ですか。」

意を決してΣが問う。
だが、殺死屋は無言で近づいてくる。
Σはベッドに追い込まれてしまった。

「――分からないの?本当に?それとも――……まぁ、いい。」

殺死屋は息を大きく吐き出し、こちらを見てくる。
そして――

「――え?」

Σはベッドに押し倒された。
殺死屋に無理やり服を脱がされる。
抵抗を試みるが、力が強くて逃げることが叶わない。

普通だと身体の真ん中に視線が向くはずだ。
だが、殺死屋の視線は左上腕部を向いていた。まさか。

「――っ!!」

殺死屋は確信を得たかのように息をのむ。
包帯に手をかけ、勢いよくほどく。――が。

「――え……?」

腕を見た殺死屋の表情は、驚愕と困惑だった。
力が緩まる。おそらくこれ以上何もされないだろうと思えた。

「…これ…、どう――っ!!?」

殺死屋は質問をとめ、慌てて身体を後ろにそらす。
殺死屋の顔面があった場所に、ものすごいスピードで手裏剣が複数飛んできて壁に刺さった。
いつもに増して飛んでくるスピードが速い気がする。

ドアの方を見ると、室内に入るか入らないかのギリギリの位置に立った師匠――ICPO top secret 002の紅忍(くれないしのぶ)が怒りの形相で殺死屋を見ていた。
左手にはピッキングツールを持っている。
恐らく異変を感じ駆け付けたが、部屋の中がヤバそうなため鍵を開けて入ってきてくれたのだろう。


「――俺の弟子に

してる?」


まるで視線で射殺さんと言わんばかりの殺気だった。
(しのぶ)の本気の殺気に、殺死屋(ころしや)が一瞬怯む。

「――ただの確認だよ。…もう、用はない。」

殺死屋はそう言い、ベッドから降りてドアへと向かう。
すれ違いざま、(しのぶ)はドスの利いた低い声で殺死屋に警告する。

「――次はない。殺す。」
「――っ!……危害を加えるつもりは一切なかったよ。」

殺死屋はそう呟き、自室へと帰っていった。
(しのぶ)はため息をつき、叶奈のほうへゆっくりと歩みを進める。

壁に刺さった手裏剣を抜き、ウエストポーチに戻す。
(しのぶ)は得物を回収しつつ、Σに問うた。

「……無事か?」
「平気です。……目的は

だったみたいなので。」

忍はΣの腕に視線を向け、再度問う。

「…心当たりは?」
「全くもってないので、恐らく師匠と出会う前……記憶喪失関係です。」
「――そう、か。」

(しのぶ)は大きく息を吐きだし、瞳を閉じた。

「……外に居る。着替え終わったら声かけてくれ。」
「ありがとうございます、師匠。」

忍は部屋の外に出て行った。
念のため近くにいてくれるらしかった。心強い。


叶奈(かな)は着替えながら殺死屋について考えるが、答えは出ない。
殺死屋は話すつもりはなさそうなので、しばらく時間を空けてから2人きりで話そうと思う。

正直に記憶喪失の話をしよう。そして、心当たりが無いか聞いてみよう。――そう思った叶奈だった。


---------------


「……どうするか、なぁ…。」

弟子であるΣの仮眠室のドアの外で、そう呟き、ため息をつく。
(しのぶ)は対応に迷っていた。

Σ――叶奈は記憶がない間に【何らかの事件に巻き込まれていた】可能性があった。
本人は記憶喪失のため、「事故でついた傷だと思う」と言ってはいるが、身体に傷が――

のだ。
1日2日で付いたものではない。数年かけて付けられているだろうと思えた。

事実、死にかけだった叶奈を(しのぶ)が助けている。
本当は病院に連れて行きたかったが、あまりにも尋常ではなかったため、(しのぶ)と忍の祖父が手当てしていた。
一族に伝わる秘伝の秘薬を飲ませたり、献身的な世話の甲斐あってか、叶奈は健康を取り戻し、殆どの傷は癒えていた。

だが、左上腕部のものだけは決して消えることが無かった。
酷い火傷の痕に壊死したような真っ黒い、手のひらでギリギリ隠せるくらいの傷跡だ。
放っておいても命に別状はないみたいだが、女の子には酷だろう。
叶奈はいつも包帯でこの傷を隠してから服を着ていた。

今回の殺し屋の狙いは

だったようだが、見たときに「予想外」と言わんばかりの顔をしていた。


何が目的だ?
記憶喪失前に何があった?


殺死屋とΣは血縁関係があるのか?
……いや、顔は似てはいないように思う。
どちらかと言えばΣは別の人に近いし、殺死屋はICPO top secret 004のDr.殺人鬼(ドクターさつじんき)によく似ている。
安井司令も殺死屋と殺人鬼(この2人)に関しては「双子級で見分けがつかないから、名前も衣装も似た系統にした」って言ってたし。この2人が衣装を交換した場合、ICPO top secret 005番以降の人とFBI top secret勢は絶対見分けられないと思っている。
ゆえに、血縁関係は否定だ。


だったら、関係者?虐待していた側か?
……いや、それは

だ。初期の殺死屋の様子と結びつかない。
むしろ心に傷を負っていた。後遺症なのかまともに喋れていなかったし。
俺たち以上に自分の身を守ろうと必死で、手負いの獣のようだったのを覚えている。
慣れ合わずに適切な距離感を開けて接することで、今のように上手く関われていた。


なら――一緒に虐待されていた可能性は?
殺死屋の人物像から一致する可能性が――

。だが、どこで?


(しのぶ)叶奈(かな)を助けている。
戸籍が無いのは生きる上で困るため、養護施設に送って法のもと戸籍が獲得できるようにした。
戸籍の獲得が終わった後、そのまま祖父に引き取ってもらおうかと思っていたが、叶奈を希望する夫婦が現れた。
不妊に悩む夫婦だった。
大事にしてくれるだろう。だが、叶奈の過去は恐らく…相当重い。
叶奈の事情を説明し、相手夫婦が受け入れたことで正式に引き取られることになった。

叶奈を引き取った後に妹となるこどもを授かるのだが、夫婦は叶奈を邪険に扱う訳でもなく、むしろ叶奈が家に来たことで念願の子どもを連れてきてくれたと感謝していた。
本当に良い夫婦に引き取られていた。

叶奈の事情が特殊なため、今でも叶奈を引き取った夫婦とは交流がある。
忍が護身術(や忍術など)を教えるのも許可してくれていた。むしろ、これ以上傷つかなくて済むように教えてやってくれと懇願された。
また、過去のことが解り次第共有する話にもなっていた。


top secretのことは隠す。だが、それ以外はきちんとあの両親に話しておきたい。
(しのぶ)はそう思っていた。

さて。
殺死屋(ころしや)は話すつもりはなさそうだった。
だが、絶対に何かありそうだし、キーパーソンになるのだろう。

俺が叶奈を保護したことを伝えるべきなのだろうか。
忘れたままのほうが幸せな記憶の予感がする。
関わりはあるとはいえ、忍は部外者に等しい。
どこまで踏み込むべきか計りかねていた。

ひとまず今日の本心の確認のために、明日以降に2人きりで話そうと思う。

叶奈に知られないうちに接触して探ろう。内容が危険な記憶の場合は、叶奈に言わないよう口止めしなくては。――そう思った(しのぶ)だった。


---------------


殺死屋(ころしや)は自室のベッドの上でうずくまる。
大きく息を吐き出し、ベッドに倒れ込む。


――とりあえず、寝よう。色々と限界だ。起きてから考えよう。


殺死屋の虚ろな瞳から零れ落ちる涙は、枕が受け止めていた。


---------------


ひらがなばかりの教科書を広げ、授業を受ける。


――ねむい。……すごくねむいにゃぁ……。


授業中、うつらうつらと舟をこぐ。

清水(しみず)くん、眠いのかな?大丈夫?」
「――…だいじょ、ぶ…。」
「今日は午前中までの日だから、授業が終わったらお家帰れるからね。お家でゆっくり寝てね。」
「――は、い……。せんせぇ……。」


清水巴(しみずともえ)は小学校に登校後、目をこすりながら教室で授業を受けていた。
眠いのはもちろん朝の戦闘訓練の影響だった。
今日は職員会議があり、早く帰れる。
帰宅後に眠れるのはありがたかった。


キーンコーンカーンコーン……。


学校のチャイムが鳴り、下校時刻になる。
掃除と帰りの会が終わると帰宅だ。


「――はい、ではみなさん、さようなら!」
「さよーならー!!」

帰りの挨拶が終わり、帰宅時間になる。

――やっと終わった!!帰れる!!

(ともえ)はあくびをしながらランドセルを背負う。

「たっくん、りょーくん、ばいばい…。またあしたぁあ……。」
「うん!またあした!」
「ばいばーい!」

友達はまだ学校に残って遊ぶらしい。
巴のように帰宅する子もいたが、学童保育や校庭で遊んだりする子も多くいた。

友達に見送られ、巴は玄関の下駄箱へと向かう。
巴は寝そうになりながら、通学路をゆっくり歩いて帰宅するのだった。


---------------


通学路を歩いていると、家が見えてきた。


――やっとおうちだぁ……。ねむいー……。


自宅の鍵を取り出し、玄関を開ける。
その時、キッズスマートフォンから着信音が響いた。

「うー…。お父さんかなぁ??」

玄関を閉め、鍵をかける。

スマートフォンを取り出しながらリビングへと移動する。
画面を見ると、安井(やすい)司令だった。


「ええええええ……。お父さんじゃないぃ……。」

画面を見て絶望する。
せめてエリックさんが良かった…。


巴は安井司令が苦手だった。
怖いし、なにより戦闘服を猫耳猫しっぽ付きのセーラー服にされたのだ。
巴としては動きやすくてかっこいい服が良かったので、すごく嫌だった。
だが、有無を言わせずに着させられた。
変更もきかなかった。
最近では慣れてきたので、語尾に「にゃぁ」とか付けて話している。


安井司令と話したくない。でも、コール音は止まらない。
諦めて電話に出る。

「しれー……、ねむいー……。」
「知らないわよ。」
「ねむいー……。」
「起きなさい。」
「うー。」
「起きろ。あなたが一番近いのよ。他の人にも指示は出しているけど、まず急行しなさい。」
「……はぁい…。」
「いい?あなたが行く場所は私立上桜(かみざくら)小学校。相手はRemembeЯ(リメンバー)と見られているわ。」
「――え。」
「いいからさっさと行け!」

司令はそう言い残し、通話を切った。


私立上桜小学校!?
相手はRemembeЯ!?

どうしよう。どうしよう。とにかく着替えて行かなきゃ!

「え、FBI top secret!」

巴はランドセルから引っ張り出した、ノートパソコンパソコンケースのようなポーチを声紋認証で開ける。

中から戦闘衣装(バトルスーツ)を取り出し、着替える。
巴――FBI top secret 007の斎槻(いつき)の衣装は、一言で言うと白猫セーラー服だ。
シンプルなデザインのセーラー服は半袖。
白地で衿の部分とひざ丈の半ズボンが水色だ。衿の2重ラインは白色だった。
赤いリボンのチョーカーに付けてある鈴は鳴らないよう加工されている。

猫耳のカチューシャと猫のしっぽを付ける。
しっぽの上部には赤いリボンが結ばれていた。
手のひら側に猫の肉球がついた肘まである猫の前足のような手袋と、膝下まである猫の足みたいなブーツを履く。

得物は手袋の爪。かなり鋭利だ。
また、手袋の中に小型のナイフを隠している。
斎槻(いつき)の実の父親であるFBI top secret 002の霧雨(きりさめ)との出動時には、時々武器を提供したり、相手に向かって投擲をしたりしている。
また、グローブはかなり丈夫で、特に肉球部分は弾丸を受け止めてもダメージが殆どないくらいの丈夫な素材でできていた。


「急がなきゃ――」

ランドセルを放りだし、近くにあった父のパーカーを羽織る。
玄関の鍵を閉め、斎槻(いつき)は勢いよく家を飛び出した。


---------------


私立上桜小学校は、清水巴(しみずともえ)――FBI top secret 007斎槻(いつき)が通っている小学校だ。
つい先週に入学式が終わったばかりで、校庭で一緒に遊ぶ友達もできた。

なのに――学校にRemembeЯ(リメンバー)が現れた。
緊急事態なのだ。


たっくん、りょーくん、せんせぇ…!!クラスの…学校のみんな……!!


斎槻はみんなの無事を必死に祈りながら、戦闘衣装で走っていく。

まだ肌寒かったので、上にパーカーを羽織って走っていた。
そのため、そこまで目立たずに現場まで辿り着けた。


小学校の近くに行くと、血痕が目に入る。
どうやら商店街の方から小学校へと続いてるようだった。

校門には血溜まりがあちこちできていた。
倒れている人は動いていない。

「……っあ……う……。」

斎槻(いつき)の口からは言葉にならない声しか出て来ない。
だが、自分のするべきことを思い出し、一生懸命校舎に向かって走る。
血が続いていたのは――斎槻が勉強しているクラスがある校舎だ。


下駄箱のある玄関に入る。…ここも血の海だ。

血まみれの床を必死に走る。
足元はかなり悪い。

何度か滑って転ぶ。
血まみれになるが、斎槻(いつき)は必死に血の終着点を目指す。
再び転んだその時、空いていたドアから斎槻のクラスの中が……見えてしまった。

「――っ!!!!……あ……うぁ……。」

クラスの子が息絶えた状態で、床に転がっていた。何人も。
現場に駆け付けたであろう先生も――。

フラフラになりながら教室に入る。

後ろ出入口から中に入り教室内を見回すと、辺り一面血の海で。
バラバラになった人間が至る所に散らばっていた。

斎槻は動けなかった。

カッ…カツ、カッカッ…、カッカツッ……


動けず絶望していると、ふと人がいることに気付く。
こんな状況で、前黒板に文字を書いている人物がいた。

髪はピンク色。ショートヘアなのに、左後ろの1束だけがなぜか長い。
とても奇妙な少年だった。


カッカッ…、カッ…カツ、カッカツッ……


少年は斎槻のことを気にする事もなく、黒板に字を書き続けた。


――なんで、文字を書いてるの……?それに、髪の毛がピンク色…。


斎槻(いつき)は必死に状況を把握しようと、思考を巡らす。

少年は字を書き終わると、チョークを置き、そのままの姿勢で斎槻の方に体の向きを変えた。

「Кто ты?(誰だ)」

ピンク髪の少年は、ロシア語で斎槻に問うた。
まるで、この教室に多数の死体が――この学校で虐殺が行われたことを現実として受け止めていないかのような。
だが、少し気怠そうな……憂いを帯びたような、そんな瞳で。

元々、赤の格子チェック柄の長袖ワイシャツと、赤いネクタイの上に白のニットを着て、黒いズボンと赤い靴を履いていたのだろう。
だが、服は血だらけで、ニットの前面が真っ赤になっている。
顔や髪だけでなく、胸元に付けていた缶バッジや、腰に付けたゴツめの鈍色のチェーンにも血液が付着していた。

少年の瞳は赤い。西洋の顔立ちをしていた。
左耳にだけ赤い石のピアスをしているようだ。
左の前髪の一部を上に上げ、女児が使うようなプラスチック製の赤色の丸い飾りが2こ付いた髪ゴムでくくっている。毛先はしっぽのように上にはねていた。


「え?」


――何語かわかんないよ!!


斎槻は混乱した。
だが、少年は気にしない。

「Как тебя зовут?(お前の名前は何だ)」

少年は再度問い、教卓の上に置いていた、ゴツめの双剣を手に取る。

「日本語……。う……。す、Speak Japanese!Please!ぷりーず!!!」
「??nih…ong…o???Ni…hon、go……?」

斎槻は状況に混乱し、叫んだ。
そして気付く。――あれ?英語でも大丈夫だった…!?と。

Please speak English!と言い直そうかと思った時――

「……Japanese――あ、日本語のことか!?」
「にゃー!?ぺ、ペラペラだったにゃ!?」

斎槻は驚き、困惑した。
誰でも外人さんが急にペラペラ喋りだしたら驚くだろう。

「ちょっとだけなら喋れるぞ。さすがにネイティブ程では無いけどな。」

対して少年は、さも当たり前かのように話しだした。
少年はこっちをみて軽く微笑む。
場に似つかない表情に、斎槻は身構える。

「…そう怖がらないでくれ。俺はエルダ!Wählen(ヴェーレン) Leute(ロイテ)だ!」

エルダは笑顔で自己紹介した。

「え。――えっと、斎槻(いつき)、にゃ。」

斎槻は驚きながら言葉を返した。
だが、この後のエルダの発言で更に驚くことになる。

「そっか!なぁ、斎槻。お前もRemembeЯ(リメンバー)に来ないか?お前もWählen(ヴェーレン) Leute(ロイテ)だろ?」
「――!!なんで、しってるの!?」
「そんなの、見れば分かる。おんなじ感じがするからな。お互い大変…あー、辛いこと悲しいことがいっぱいだよな。」

エルダは斎槻にわかりやすいよう、言葉を簡単にして発言する。

「あのな?FredericさんはWählen(ヴェーレン) Leute(ロイテ)にとっての希望の光…救世主(メシア)なんだ!」

エルダは斎槻のほうに双剣の片方を持ったまま右手を差し伸べ、微笑みながら話を続ける。

「なぁ、俺と一緒に来ないか?Fredericさんは、俺たちWählen(ヴェーレン) Leute(ロイテ)を救ってくれる――おっと。」

エルダの言葉の終わりと殆ど同時に、窓ガラスが破壊される。
エルダは窓から離れ、ガラス片を回避する。

エルダの回避とほぼ同時に、割れたガラスの外側から人物が飛び込んでくる。
ガラス片を被らないよう、ストールで頭周辺を守りながらのダイブだ。
着地と共にナイフを3本エルダに向かって投擲(とうてき)する。

「おーおー、怖い怖い。」

エルダは双剣を回し、軽々と払いのける。
心なしか棒読みだ。

飛び込んできたのはこげ茶の髪の少年――FBI top secret 005鬼火(おにび)
黒いTシャツに、ジーンズ、足元は運動靴だ。
首の周辺に装飾が多く、十字架のピンブローチがついた青色のスカーフを巻き、大きめの金の輪が連なったネックレスを付けていた。
ガラスから身を守るために使ったストールは、普段は首からかけ、結ばずに下ろしている。
腰には黒色のウエストポーチを付け、ICPO top secret 002の紅忍(くれないしのぶ)のように、収納部分は腰側に回している。
得物はバタフライナイフだが、投擲(とうてき)の必要がある場合はウエストポーチの中のナイフを使っていた。


鬼火は床に落ちた武器を回収ついでにエルダに一撃叩きこもうとする。
だが、攻撃は全てエルダに防がれてしまう。

鬼火は焦った。

「なぁ、別に闘わなくても良いだろ。お前もWählen(ヴェーレン) Leute(ロイテ)だろ?……話くらい、聞いてくれよな……。」
「聞く必要、ないだろ…っ!!」

切り込みながら言葉を返すが、手ごたえが無さ過ぎる。


――俺、7年は

してるんだけど!?(しのぶ)と出会ってからは、こっそり一緒に訓練してたし、稽古つけて貰ってたんだけど!?


鬼火は焦った。


――ナイフの回収は――1本…2本……――っ!?


目をそらした瞬間、防戦一方だったエルダが軽く仕掛けてくる。
双剣とナイフで数撃打ち合う。
相手にとっては軽めだが、鬼火にとっては重めの攻撃だった。


――そりゃ、10年

してる黒磨(こくま)兄ちゃんでも敵わないだろうって!!クッソ!!だから「チーム戦」なのかよ!!


鬼火は歯噛みする。
対してエルダは涼しい顔をしていた。
実力差を痛感するのに十分だった。


鬼火はエルダから距離を取り、当初の目的――斎槻(いつき)の回収を優先することにした。


――ナイフは諦めよう。どうせエリックさんが上手くやってくれるはずだ。


鬼火は後ろに大きく飛び、教室の後ろ側に居た斎槻の元に向かう。

「抱えるぞ!!」

鬼火は斎槻を抱え、侵入時に割った教室の窓から飛び出した。
着地し、小学校の裏手に向かって走る。

走りながら後ろを振り返るが、追撃の意思はないらしい。


――…舐められてる。


だが、これだけ実力に開きがあれば仕方がないだろう。
まるで鍛え上げられたプロの大人と、武術をはじめたばかりの子供のようだったのだから。


――…後で忍にしごいてもらおう。ここから先は本当に命がなくなる。それより、他のメンバーは生き残れるのか!?


ICPO top secretとはまだぶつかってないみたいだが、俺らとそこまで変わらないはず。
朝練の目的とあの危機感の意味を今日知った気がする。

とりあえず、今は斎槻だ。
鬼火は抱えている斎槻に声をかける。

斎槻(いつき)にゃん、大丈夫か!?戻るぞ!!」
「やだ……。」

斎槻は震える声で呟く。目からは涙が零れ落ちていた。
鬼火は斎槻の様子を見て、言い方を変えることにする。

「――っ、

のところに戻るからな……大丈夫だからな…。」
「やだ……。――いやだぁ――――っ!!!!!」

斎槻は泣きながら絶叫した。

---------------

斎槻を回収され、逃げる少年を目視で見送る。
エルダは追撃する気はなかった。
同じWählen(ヴェーレン) Leute(ロイテ)同士で闘いたくはない。エルダは

を殺したくないのだ。

「――勧誘って、難しいな。」

エルダは呟き、目を伏せた。


パトカーと救急車のサイレンが聞こえてくる。
どうやら警察のお出ましのようだ。


――もうここに用はない。


エルダは教室を出て、帰路につく。

教室に残されたのは小学生や教員の死体と。
――黒板に書かれた【RemembeЯ】の文字だけだった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み