第2話

文字数 1,077文字

 市営バスに乗って、私たちは植物園に向かった。七香はほとんど口を聞かず、窓の外をじっと見つめていた。バスを降りるとき、私が右手を差し出すと、七香はそっと、私の手を握ってくれた。
 到着してみると、その場所は拍子抜けするほどに空いていた。街の外れにあるからかもしれないし、今日は日差しが強いからかもしれない。日傘を持ってきて正解だったと、私は思った。
 手を繋いだり離したりしながら、植物園を散策した。植物園というより、花の多い市民公園と言った方が良いかもしれない。それでも、草花の甘い匂いがした。
 七香は、子供向けのおもちゃのスマートフォンを持っていた。それを使って、花の写真を撮って回っていた。バスに乗っていた時よりも機嫌が良くなったのか、あとでママに写真を見せるんだと言っていた。
「あれ、七香ちゃん?」
 声をかけられたので振り向くと、大柄な女性が立っていた。身長が百八十センチくらいありそうだった。
「やっぱり七香ちゃんだ、久しぶり」
 女性は七香の正面で、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。歳はたぶん四十歳くらいで、茶色に染めた髪をベリーショートにしていた。七香は持っていたスマートフォンをポシェットにしまうと、
「ゆか先生、ひさしぶり」と言った。
「七香ちゃん、背が伸びたんじゃない?元気にしてた?」とゆか先生が聞くと、七香は「うん」とだけ答えた。
「お母さん、お久しぶりです」と、ゆか先生は今度は私に向かって言った。
「どうも」と私は言った。
「どうです、小学校は慣れました?」
「ええ、先生方も良い方ですから」と私は言った。
「そうですか、あそこの先生たちはベテランが多いですからね。でも何かあったら、いつでもご相談くださいね」
 彼女はにこにこしながらそう言った。ありがとうございます、と私は言った。
「今日は暑いですね」と彼女は困ったように言った。
「昨日が涼しかったですから、余計に」と私は言った。
「でもお母さん、えらいわ。ちゃんとお子さんと外に出かけていて。最近は、家にこもりっぱなしのご家庭も多いみたいで」
「いえ、そんな」
 しばらく世間話をしてから、私たちはゆか先生と別れた。仕事の話を聞かれたので、ぼちぼちですねと答えておいた。
「幼稚園の先生?」と私は七香に尋ねた。「うん」と七香は言った。それから、
「わたし、あの先生きらい」と言った。
「そうね、私も嫌い」と私も同意した。
 だって、私は七香のママじゃない。それどころか、私はまだ高校生なのだ。まったく、失礼なおばさんだと思った。
 でも、私は日傘をさしていたから、彼女は私の顔が見えたなかったのかもしれない。
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