第3話

文字数 1,076文字

 お昼を回り、本格的に暑くなってきたので、園内にある小さな食堂に入った。カレーライス、冷やし中華、おそば。券売機を見ると、子供が喜びそうなメニューはだいたい揃っていた。
「七香は何にする?」と私は尋ねた。
 七香はじっくりと券売機を観察したあとで、
「これ」と言ってボタンを指差した。かき氷だ。
「おなか空いてないの?」
「うん、すいてない」
「そう。ママには内緒だよ」
 七香のかき氷と私の冷やし中華は、すぐに出来上がった。かき氷は七香の顔よりも大きかった。シロップはイチゴ味だ。
「小学校はどう?」冷やし中華を食べながら、私は七香に聞いた。
「まあまあ」
 七香はそう答えた。まあまあ。小学一年生にしては大人びた答えだ。彼女は一杯ずつ丁寧に、かき氷を口に運んでいる。食べきる前に溶けてしまいそうだった。
「まあまあか、そりゃ良いね」と私は言った。
 私たちのほかに、お客さんは一組だけだった。空調のおかげで、室内はずいぶんと涼しい。家に帰ったら、課題をやらなきゃと思った。八月は部活が忙しくなるから、夏休みの課題は七月中に終わらせたかった。
 私が冷やし中華を食べ終わるころ、七香のかき氷は溶けてみぞれみたいになっていた。飲んじゃないなよ、と私が言うと、七香はようやくスプーンを置いて、残りのかき氷を飲み干した。シロップのせいで、唇がリップをつけたみたいに紅くなっていた。私はそれをティッシュで拭いてやった。
「ねえ、しおいちゃん」と、七香が私を呼んだ。
 私の名前は栞だけれど、七香は「り」をうまく発音できないので、私のことを「しおいちゃん」と呼ぶ。口元を拭いたティッシュを畳みながら、なあに、と私は言う。
「本当は、しおいちゃんがわたしのママなの?」と七香は言った。
「え、どうして?」私は少し驚いてそう言った。「私は七香のママじゃないよ」
「だって、ゆか先生とおはなししてたとき、ママみたいだったから」
 そう言われて、私は納得した。
「あれはなんとなく、向こうが私を母親だと思ったみたいだから、否定するのが面倒だっただけよ」と私は言い訳をした。
「ママが、おとなの人はうそをつかない、って言ってたよ」と七香は言った。
 私はなんだか責められているような気分になった。
「でも、七香だって私のことを従妹だって言わなかったじゃない」と私は言った。
「わたしはまだこどもだもん」
 七香はそう言うと、空になった紙容器を捨てに席を立った。そりゃずるいよ、と私は思った。私はまだ高校生なんだ。私だって子供なんだ。
 食堂を出ると、壊れたテープみたいに蝉が鳴いていた。私たちはバスに乗って帰ることにした。
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