そのだ ともはる

文字数 1,901文字

こんな雨の昼下がりによく思い出す人がいる。
園田智治。中学一年生というまだ未熟な時期に出会った一人の同級生。梅雨の6月、毎日のジメジメした気持ちを一瞬にして吹き飛ばした男。

智治は一年生でありながら生徒会に立候補したり、何かの委員長を務めたりなど極めて立派だった。普通であればめんどくさいや、恥ずかしいが勝るような場で堂々と挙手をし自主的に動く彼を憧れの目で見ていた女子はそう少なくはなかっただろう。かくいう私もその一人だった。
容姿も背丈も性格も普通。言うなればミスター平均値だった彼にプレミア価格がついたのは入学してすぐのこと。二つも学年が上の当時グレていた先輩に嫌がらせを受けていた友達を庇って立ち向かったのだ。
見て見ぬふりが当たり前だった私たちにとってその姿はヒーローそのもの。そしてその噂が広まるのも当たり前だが早かった。

それと共に智治が所属していた放送部も一気に盛り上がりをみせた。智治くんの声が聞きたい!と、給食の時間は「静かにして!」と怒り出す女子も出始める。放送で流してほしいCDにありったけのラブソングを焼いてラブレター替わりに渡す子もいた。部員希望も殺到したと聞いたが、そこまでチヤホヤされても智治は全く変わらなかった。放送部として大会に出場することを夢だと言い、中途半端な子達の入部希望を断った。それでも智治の人気は下がることなくもはやアイドル級にまで膨れ上がるのだからびっくりだ。

私は智治の目が好きだった。笑った時、怒った時、恥ずかしい時、泣きそうな時、それらの感情の全てが智治の目にはしっかり現れた。特に彼自身の夢や好きなことを語るときの目は私をうっとりさせた。女の子にうつつを抜かすことなく、真っ直ぐ進むべき道を見つめる彼の鋭い視線がいつか私を捉えてくれないかと何度も妄想したのを覚えている。今思うと本気でくだらないことをよくそこまで真剣に考えていたものだ。まだ入学してすぐの新しいことだらけの毎日で浮き足立っていたのだろう。

だが、私のその甘い妄想の日々は簡単に打ち砕かれることとなる。
6月に入り新生活への熱量もある程度放出されつくし、平凡な日常が戻ってきた頃。これが抜けたら夏が来るぞと言わんばかりの湿気に嫌気がさし始めたところに事件は起こった。

「あの先輩たちは・・・」
学校の帰り道一人で自転車を走らせていた私の目にあのグレた先輩集団が目に入った。そして頭がピンクモードの私はその中にスーパーヒーロー、智治の姿を見つけた。二つも年上なのだから当たり前なのだが先輩たちに囲まれた智治はひと回り小さく、よく見ないと彼がいることすら分からない。
「え・・・?まずくない?」
咄嗟に声をかけようとしたが見渡す限り田んぼと畑、そしてここは廃工場の影。私に智治みたいな勇気があるはずもなく、自転車に乗ったまま目をこらして様子を伺うしかできなかった。彼は少し困ったような顔をしながら時々笑みを浮かべている。と思えば何やら楽しそうに笑い声をあげ、またさっきの困ったような表情へ戻る。一体何を話しているのだろう。智治とグレた先輩たちとの共通点を必死で考えるが全く思いつかない。やはりリンチかいじめだろうか、もしくはカツアゲか?よくない想像ばかりで頭が埋め尽くされる。このまま見なかったことにして帰ろうか・・・でもあのまま彼が殴られでもしたら・・・。自分でもよく覚えていないが何を思ったか私は彼の名を呼んだ。
「智治ー!」
その瞬間、彼を囲んでいた目が一気にこちらを向く。すぐにでも牙を剥いて襲いかかってきそうな茶髪のライオンどもが、隠していた智治から少し距離をとる。
「・・・え?」
頭を殴られたような衝撃が走る。
彼の指先から煙が上がっていた。いや、正しくはこうだ。彼はタバコを吸っていた。
「お前もくる?」
好きだったあのままの視線で、彼が私にそう告げた。

後に知った話だが、智治には四つ年上の兄がいて、グレた先輩たちはその兄の「ツレ」だったそうだ。彼はというとあの後すぐに逃げ出した私を次の日当たり前かのように呼び出して、この世はくだらないだの先生の目は節穴だの、みんな俺に幻想を抱いてるだの一通り喋り倒してから捨て台詞を吐いた。
「お前もそうだろ?」
と。

笑えた。腹の底から笑った。バカバカしいにもほどがある。ふざけるな。乙女の純情をこうも簡単に打ち砕きやがって。そしてそれよりも密かに抱いていた智治への感情を見透かされているのがさらに悔しくて笑えた。
あの通りを自転車で走りながらそのたびに笑った。ジメジメとした空気が少しだけ夏に近付いた気がした。智治の言う通りだ。くだらない。

彼はもうタバコをやめただろうか。


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