5日目

文字数 1,350文字

 女の子とはあれから毎日練習をしている。
 基本的に女の子はいつも俺よりも先にグラウンドにいて、前日にやった練習を思い出すように素振りをしていた。
 基本的に真面目で、やっぱり熱心な子なのだろう、と思う。
 だからこそ、野球チームにいれてあげたいと思わずにはいられないのだ。

 二人で練習が始まると、フォームから始まり、素振りをして体に覚えさせる。
 だが、それだけでは煮詰まってしまう気がして、女の子が持って来たボールやグローブを借りて、ボールを使ったバッティングやキャッチボールをした。
 女の子いわく、お兄ちゃんのおさがりだというそれらは、よく使い込まれた品で、手にしっくりと馴染んだ。
 キャッチボールは出来る、と言った女の子の通り、肩からしっかりと投げられたボールは、こちらのグローブまで不自由なく入ってきた。
 お兄ちゃんに教えてもらったんだよ、と女の子は後になって、はにかみながら教えてくれた。

「だったら、お兄ちゃんにバッティングも習えばいいのに」
 その日の練習を終え、休憩と称して、近くの自動販売機から買ったコーラを、ベンチに座る女の子に手渡しながら言う。
 女の子はそれを受け取ると、あっという間に蓋を開けて口をつけた。余程喉が渇いていたのだろう、喉を上下させて勢いよく口を離すと、眉間に皺をよせて、いーっと口を食い縛った。
「すっごい、しゅわしゅわ」
「コーラだからね」
「しかも、すっごい冷たい」
「買ったばっかだから」
 女の子は俺の返答がつまらなかったのか、ふんっと鼻を鳴らす。
「お兄ちゃん、今大学受験の勉強で忙しいの」
 どうやら、最初の質問に答えてくれているよえだった。
 女の子は足をぶらぶらとさせて、コーラの蓋を閉める。
「だから、フジナカとの戦いも内緒なんだよ」
「そうか」
「うん、だから、チームに入ってお兄ちゃんを驚かせてやるの」
 女の子は急に立ち上がると、何度かその場でジャンプをする。
「あー、フジナカのこと思い出したら頭にきちゃった」

 じりじり、と焼きつくす太陽と、じゃかじゃか、と鳴くアブラゼミは今日も同じで、真上に鎮座する。
「俺は、この鳴き声が駄目だな」
「アブラゼミ?」
 女の子はジャンプをしながら一回転し、俺に向き直る。
「そう」
「一週間しか鳴けないのに?」
「それでも」
 なんか、嫌なことを思い出すみたいでさ。
 そう言うと、女の子は不思議そうな顔をしてベンチの後ろにある桜の木を見上げる。
 たぶん、ここにもいるのだろう。
 俺は頭を掻きむしってから、話題を変えた。
「そういえばさ、その戦いっていつなの?」
「明後日」
 随分近い話である。
 俺は立ち上がると、ボールとグローブを手に取った。こんなにのんびりしていられない。

 危機感がすぐそこまできていた。

「練習再開?」
「そう、なんとしても勝つんだろ?」
「でも、お兄さんはなんにも飲んでないじゃん」
 女の子はコーラを左手に、バットを右手に持ちながら俺を見た。
 くりくり、とした女の子の瞳が心配そうに、俺を見る。
「んー、なんか、別に喉、渇いてないんだよな」
「熱中症になっちゃうよ」
「ま、平気だろう」
 俺達はまたグラウンドへと入って行った。


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