第1話 親子マッチング

文字数 1,600文字

 どういうわけか、親になってしまった。

 まあ正確に言うと「『親』に振り分けた」のだが。

 「親になりたい/子でありたい」との希望役割の項目をわざと空欄にした。単純に17才の子を持つ親になってもおかしくない歳だから、親に振り分けたかもしれない。

 だとしたら実に雑すぎる。

 飯田橋(いいだばし)を通過するところで、近寄っては遠さがってゆく長い長いホームを車窓越しに見送りながら、早島(はやしま)チサは音を立てず、マスクの下でにっこりと、あるいはニヤリと、何度も笑ってみた。

 何度も何度も。

「はじめまして、コウジくん。早島チサといいます。こんにちは。今日からあなたの、おかあさんになります。よろしくお願いします」

 想定した無難な挨拶からの、笑顔の練習のつもりだけど、さすがにわざとらしいかな。

 笑顔がひきつる。

 ◇

 親子マッチングプロジェクト。

 少子化も叫ばれて長いことだが、手当や補助金ぐらいしか策がないのは実状。
 晩婚化が進み、自然の流れで子宝に恵まれないカップルが多くなる割に、せっかく子供が授かったのに、不倫や離婚で簡単に一家離散、あまつさえ子供を虐待しては遺棄する。

 逆に高齢化がここまで進んできたら、孤独に陥る老人も数多い。
 現役時には家庭とのコミュニーケーションを疎んで、定年後には子供にそっぽ向かれるケースや、病気や老化での影響で要介護になり、あるいは頑固になり、息子や娘の家庭に溶け込められずに疎外されて疎遠される。

 極めて社会的な動物である人間が、生まれてすぐ「子」との役割で「家族(ファミリー)」という小さな社会に参加する。やがて成人となり、子供を産み、「親」という役割を死ぬまで担い続ける。
 幼くて力が弱く、大きな「社会」とのつながりができなくとも、あるいは年老いて衰えてしまい、今まで作り上げたつながりが断たれたとしても、「子」か「親」かという役割で、人は生まれてから死ぬまで、社会とのつながりを持ち続けられる。

 はずだ。

 親が子をいじめ、子は親を棄てて、社会共同体「家族」が成り立ち(がた)い時代。

 子にはいられず、親にもなれない独身者だけが増える。

 個人レベルで言うと、無数のゲームで擬似の役割が選び放題だし、どこまでも届くネットは、電波が切れていなければ誰とでもつながりができるから、全然問題ないはずだ。
 生涯縛られてつきまとい、悪化しても簡単に切れない親子関係なんかより、その気になればいつでもスタートできて、気が触れると感じればすぐなかったことできる、仮想的な関係性のほうがずっと楽。

 しかし「国」ほど大きな社会共同体からすると、由々しき事態だ。
 つなぎ合うのはいつでも切れるつながりが中心となると、人と人との関係性が不安定になりがちで、社会的な管理コストが増えるのを意味する。
 また人口が増えずに老化していくことは、生産力と消費力の減少、つまり国力の低下と導くサインでしかないのだ。

 そこでの親子マッチングプロジェクト。

 志願者を募集し、あらゆる家族のパターンを学習したAIが、提供したパーソナルデータと五百弱の設問に対する回答を分析した上、本人の希望を考慮して「最適な家族」をマッチングしてくれるという。
 マッチングした結果は、お試し期間経て成立した場合、法的に認められ、かつ元の親子関係に上書きできるから、ちぎれた親子関係に、こじれた親子関係に悩まされた人たちへの「リセット制度」とも言われる。
 里親制度の変形バージョンだと思われがちだが、従来の里親紹介システムより結婚相談所スタイルだ。条件は独身であれば誰も申し込みできると、親になると希望するのなら20才以上という年齢制限だけ。まさに試行段階であるが故の緩さ。

 だからチサは試す気になった。

 AIのほうを。
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登場人物紹介

早島チサ


43才。親子マッチングプロジェクトに不正があると疑い、ネタ獲得のために参加。幼少時には台湾で過ごしたバイリンガル。頭の回転は速いけど思考回路が独特。自称フリーライターだが、謎多し。

保取コウジ


57才。30年前ではゲーム評論家としては有名だったが、現在はノスタルジーにカテゴライズ。業界人ではあるけれど、何をしているかは一言で説明できない自称小説家。親子マッチング荒らし。

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