空色の陰
文字数 7,074文字
翌日も待ちになった。メキリオは商会の意向を汲 んで、3日間は待つと決めた。蓄 えがある訳 じゃない。長く留 まれば、無駄 な出費が嵩 む。アルジという、底なし沼の様 に食物を飲み込む育ち盛 りの見習いが一緒なら尚更 だ。やる事が無くなったメキリオは支部で骨休めを決め込む。アルジはエネルギーを持て余 す。メキリオは厄介払 いを兼ねて、アルジに昼飯代を渡して、市内に出る事を許可した。
「いいか、無駄遣 いするんじゃないぞ。銭 が無くなっても、今日はそれ以上、渡さんからな。」
メキリオはアルジを睨 みつけて、人差し指を突き出して宣告する。
「ああ、分かった。」
自由に街中 を闊歩 できると聞いて、出掛ける前からソワソワしている。
「道に迷うなよ。」
メキリオの言葉が終わらない内に、アルジは部屋を飛び出した。広間のソルキーヌの前は「行ってきます。」と静かに挨拶 して通り過ぎる。薄暗い支部の建物から明るい陽射 しの中に出て、大きく深呼吸をする。
やっぱり、太陽の下で動いているのが僕だ。
最初は昨日行った岩塩市場に行こうと思っていたが、行き交 う人の流れの速さに付いて行けない自分の歩幅を意識したら気が変わった。気になる路地 を適当に曲がり、金細工 の商店は、どうせ買わないだろうと高 を括 られながらも構 わず覗 いてみて、広場の石像を間近 で見上げ、壁際 まで下がって全体を眺 め、サニキス人の独特な宗教施設は、余所者 が汚さない様 に離れて通り過ぎ、街を見下ろす尖塔 には、汗を掻 きながら螺旋 階段を上って、階上の見張り台で暑い乾いた風に吹かれてみた。そうしている内に腹が減ってきた。そう言えば、ピューラの宿で食べた山羊 肉は最高だった。これだけ大きな街だ。きっと、もっと旨 い物があるに違いない。アルジは食い物を探して、街の中を徘徊 し始める。そう言う時に限って飯屋は見つからない。どうやら、この辺 りは住居地区らしい。飯屋どころか、商店すら見当たらない。
良い匂 いがする。香辛料と共に焼ける肉の匂い…。きっと、匂いのする方向に店があるに違いない。アルジは空気の流れに乗ってくる、匂いの方向を定めて歩き出す。路地 を抜けて、広めの通りに出た。馬車が通れる石畳 の道だ。匂いの在 り処 が分かった。肉の塊 を数個ずつ串 に刺して焼いている。その串を持ち上げた婦人が、子供が持つ皿の上にその串を置こうとしていた。串を焼いているのは男だ。恐らく、婦人の夫であり、子供の父親だろう。子供は皿を持ったまま、婦人の顔を見上げている。アルジに背を向けているからその表情は分からない。でも、婦人の優 しい表情を見れば、子供の表情も容易に想像できた。
お店じゃないや。
アルジの動きは彼等 親子を見たまま止まった。
「どうしたんだい。」
背後からの声に、アルジは振り返る。間近 に老人の顔を見て、思わず声が漏 れそうになる。全身に白い布を巻き、白髪髭 に囲まれた口元、何よりも皴 と一体になってしまった両の眼には見覚 えがある。
「…なんだ、昨日の小父 さんか。」
安堵 したアルジの表情を見て、皴 の中の眼が笑っている。
「お腹が減っちゃったんだけど、どこか食べられる所を知りませんか?」
アルジは、昨日会ったばかりの老人にできるだけ丁寧 に訊 く。
「そうか、腹が減ったのかい。…よし、案内してあげよう。」
老人はくるりと背中を向けると、手振りで付いてくるように合図する。2人は並んで石畳 の街路を歩いた。老人は道すがら、アルジの名前を訊 いた。自分の事はドーゼルだと名乗った。
「アルジはトルドーかい。」
「うん。ドーゼルさんもトルドーじゃないですか?」
「ほう、どうしてそう思う?」
「バンダナをしていないし…」
「バンダナをしていないのなら、オーベル人も同じだ。」
「トルディア商会の…ギルドのマザーが同じ様 な白い布の服装をしていました。」
ドーゼルは、自分の横を歩くアルジを見下ろして皴 と白髭 でできた顔で笑顔を作る。
「アルジは頭が良いな。大切な事だ。」
「トルドーなんですか?何を扱っているんですか?やっぱり、岩塩 。」
「ザルケスタンは岩塩 の街だ。トルドーだけじゃない。ここに住むサニキス人もオーベル人も殆 どが岩塩 に関わって生活している。だけど、アルジはスオウにも会ったんじゃないかい?」
「ドーゼルさんは凄 いな。何で知っているんですか?」
「私の事は、『爺 さん』で構 わないよ。敬語も要 らない。昨日、スオウのラクダと君の馬車が並んで進んでいるのを見掛けたからね。」
「なんだ。でも、スオウさんとも知り合いなんですね。やっぱりトルドーだ。」
「…どうだ、ここにしようか。」
ドーゼルは、焼いた鶏肉の絵の看板 が下がっている店を指差 す。旨 そうに黄金色 になった肉が、今も店頭で焼かれているのが見える。
「ドーゼルさん、凄 い店知っているんだ。ありがとう。」
アルジは口一杯に唾液 が出てくるのを感じながら、ドーゼルに礼を言うと、店先へと走る。焼いている鶏肉は、どれも脂 で輝やいている。まずは自分の懐 を探り、メキリオに貰 った銭 を確かめる。
「銭 を気にしているのか。爺 さんに任 せておけ。」
アルジの後から来たドーゼルは、アルジの腕を掴 んで店の中へと入ろうとする。皴 だらけの老人とは思えない力で引っ張られて、アルジはよろけながらも抵抗する。
「いえ、会ったばっかりの人にそこまでしてもらってもお礼ができません。」
「水臭 い事を言うな。トルドー同士じゃないか。」
無理矢理 引き摺 り込んだアルジを席に着けると、勝手に料理一切 を注文する。料理は、さして待たずにテーブルに運ばれて来た。
「ザルケスタンはどうだい?」
鶏を頬張 るアルジを眺 めながら、自分は酒を舐 め舐め老人が徐 に訊 く。
「うん、凄 い街だ。人が一杯いて、ずっとお祭りしているみたいだ。昨日、市場に連れて行ってもらって、いろんな人と話をしたけど、みんな親切にしてくれたよ。」
「そうか。そりゃ、いい出会いをしたな。」
アルジは一つ、気になっている事を訊 かずにはいられない。
「えーと、ドーゼルさん。」
「『爺 さん』で良いと言っているだろ。」
「じゃあ、ドーゼル爺 さん。スオウさんを知っているって事は、メキリオさんも知っている?」
「アルジは、メキリオに付いて修行をしているんだろ。あの男の因果 だ。」
「ねえ、メキリオさんってどんな人?」
アルジは食欲が満たされてくると、話にのめり込む。
「なんだ、一緒に居て分らんのか?」
「うん、何だかね。あんまり喋 らないし。メキリオさんが手綱 を握っていると、馬車を停めるまで、一言も喋らない時もある。」
「ほう。…あいつは、今まで長い間、1人で旅をしてきた。喋らないのが身に沁 み込んでしまったんだろう。」
「スオウさんも1人で商売しているけど、沢山 話してくれたよ。」
「ははは、スオウはこの街に家がある。女房、子供と暮らしておるからな。」老人は楽し気 に笑うと、旨 そうに酒を舐 める。「何故 、メキリオの事が知りたい。」
何故 ?と言われると、アルジは答えに窮 した。一緒に居て、この人はどんな人だろうと無意識に思っていた。理由なんか無い。
「メキリオはみなしごだった。」
老人はテーブルの表面を見つめている。唐突 な物言 いで、アルジが言葉を理解するのに一瞬間 が空 いた。
この爺 さんは何でも知っている。なんでそんなに詳しく知っているんだろう。
アルジは皴 と髭 で構成された老人の顔を見つめた。
「僕も親がいない。」
アルジの口から何のためらいも無く言葉が出た。どうせ、黙っていてもこの爺さんは分かっている。そうして、こっちがどうするかで人を計 っている。そんな気がする。だったら、みんなさらけ出してしまおう。
「何故 そんな事を言う。」
ドーゼルは顔中の皴 で笑顔を表現する。
「ドーゼル爺さんは何故 、メキリオさんの事を言ったの?」
アルジの切り替えしを受けて、老人はのけ反 ると声を上げて笑った。
「こりゃ、私の負けだ。アルジは一人前のトルドーだ。」
アルジは楽しそうに笑う老人を暫 くそのまま放っておいた。老人が笑っている間に残っていた鶏肉を口に頬張 る。
「メキリオはもっと陽気な男だった。」笑う事に満足すると、老人は勝手に語り出す。「そうさ、アルジ、今のお前の様に活気溢 れた男だった。」
「じゃあ、何で今の様 になったの?」
「さあなぁ…そこまでは知らん。気付いたら今のメキリオになっていた。」
ドーゼルはもぞもぞと口髭 を動かして唸 った。
「ふうん…じゃあ、僕もあんな風 になるのかな。」
嫌 だな。
口に出さないが、何だか詰 まらない人生に思えてならない。
「そうとは限らんだろう。アルジは、どんなトルドーになりたい?」
「んー、まだ何とも。…これから、修行する中で決めていく。ただ、早く一人前になりたい。自分で何でも決められるように早くなりたい。」
今日、こうして街を歩いた様 に。アルジは物心 ついたときには、もうトルディア商会で暮らしていた。誰に言われた訳 じゃなかったが、いつも負 い目を感じて生きてきた。誰かの世話になっている。それが自分を縛 っていた。
「メキリオと一緒の旅は嫌 か?」
「そうじゃないよ。親切に教えてくれるし、僕の商売の師匠 だよ。ただ、ちょっと陰気 なだけさ。…そうだ、メキリオさんは、僕に呼び捨てにしろって言うんだ。最初は、『メキリオさん』とか、『親方』とか言ったんだけど、気持ち悪いって嫌がるんだ。何でだろう?」
「そうか。あいつはそんな奴 さ。放っておけ。詰 まらない拘 りだ。」
突然、男が1人、開け放たれた店の入り口から転げ込む。アルジは入り口を背に座っていたから、激しい物音と男の荒 い息遣 いを聞いて驚く。振り返ったアルジのすぐ目の前の床に膝 をついて、肩で息をする男がいる。白い襟無 しのシャツは土埃 で所々 茶色く染まり、汗まみれだ。首に巻いたバンダナも土埃と汗にまみれて色褪 せ、見る影もない。
男に気付いた店主が奥 から出てくる。
「さあ、仕事の邪魔 だ。出て行ってくれ。」
太い腕で男の腕を握り、強引に立たせようとする。
「済まない、匿 ってくれ。」
日に焼けた男は、重い瞼 の両目ですがるように店主を見上げる。
「冗談じゃない。関わるのは御免 だ。」
店主は男を店の外へ引き摺 って行く。太った店主の首に巻かれた色鮮 やかなバンダナが、アルジの目の前を通り過ぎて行く。
同じサニキス人なのになんて冷たいんだ。
声を上げようとしたアルジの腕をドーゼルが引っ張る。アルジが振り返ると、黙って首を横に振る。
「でも…」
腕をつかむ手に更 に力が籠 る。抗 おうとするアルジを、老人の皴 の中の瞳 が許さない。そうしている内に男は街路に放り出される。男は路上にへたり込み、悲哀 に満ちた表情で店主を見上げる。
「いやあ、ご迷惑をお掛けしてすいません。」
皴枯 れ声の太った大男が彼等に近付く。
あの男だ。ピューラの町で言い争 いをした、いけ好 かない男。
「さあ、戻りますよ。これ以上手間がかかると、何があっても私は保証できないから。」
大男は路上の男の腕を掴 み、男の顔に自分の顔を近づけて凄 む。男はがっくりと肩を落とし、よろよろと力 無く立ち上がる。大男は男の背中に腕を回し、来た道を戻って行く。物事が片付 いたと踏んだ店主は、2人を振り返りもせずに、さっさと店の奥に戻って来る。
「アルジ、そろそろ帰ろう。ギルドに戻るんだろ。送っていくよ。」
老人は残っていた酒を一気に煽 ると立ち上がった。
帰りの道すがら、アルジは怒っていた。
「あいつは悪い奴 だ。ザルケスタンに来る前の町であいつを見たんだ。町の隅 で何か悪い事をしていたんだ。今日だって、男の人を無理やり連れて行っちゃった。」
アルジは老人に止められた鬱憤 を晴らさずにはいられない。
「アルジの言う様 に悪い人かも知れないが、無理やりは連れて行かなかったと思うぞ。男の人は観念して付いて行った様 に見えたけどね。違うかい?」
「きっと、逆らえない何かがあるんだ。前の町で見た時も、男の人達はあいつに怯 えている様 だった。なんかとんでもない事をしているに決まってる。」
話している内に、だんだん怒りが増してくる。
「確かに怯 えていたね。それで、もし私が止めなかったら、どうするつもりだったんだい。」
「そりゃ、勿論 、あの男の人を助けるんだ。少しくらい体が大きい奴 が相手だって、ビビったりしないんだから。」
「アルジは勇 ましいんだな。助けるって言っても、私等に何ができる?あの大きな奴 と喧嘩 でもするかい?アルジは勇 ましくても、私の様 な老人では相手にならないよ。」
「ドーゼル爺 さんには迷惑かけられないよ。僕1人で相手になる。結局、負けたとしても、あの男の人が逃げる時間ぐらい稼 げるだろ。」
アルジは、ファイティングボーズを取ると、右の拳 を前に繰 り出す。
「おおう、立派 な覚悟だ。アルジが戦っている間にあの男が逃げたとして、逃げ切れないだろ。もう、よろよろだった。早晩 捕まってしまう。」
「…あの店のおやじさんだって冷たいよ。同じサニキス人が困っているのに、放り出しちゃうなんてさ。」
「うむ、冷たい。でも、冷たくしなければならない事情もあると思わないかい?あそこで男を助けたら、累 が店主にも及ぶ。店主だけじゃない。下手 をしたら店だって危ない。そんな危険な賭 けができるかな。」
いちいち反論する老人に最初は苛立 ちを感じていたが、少し頭が冷めたアルジは思い至 る。
「ドーゼル爺 さんは、何か事情を知っているの?」
老人は口髭 を動かして笑 みを作ると、前を見て歩きながら話し出した。
「あー、そうだなぁ。少しは事情が分かっている。だから、アルジの様 に真 っ直 ぐに行動に移せないのさ。爺さんにはちょっとアルジが羨 ましいよ。…あの男、店に逃げ込んで来た男がいたろ?あれは、岩塩鉱山から逃げて来たのさ。この辺の痩 せた土地じゃあ生活が苦しい。生活の苦しさから抜け出そうと、纏 まった金と引き換えに男達は山で働く。少しでも家族に楽をさせようとしてね。別に考えが甘い訳 じゃない。山で働くのが辛 いのはみんな理解している。それでも、露天掘 りとは言え、炎天下 の毎日の重労働は過酷 だ。耐え切れなくなって、現実から逃げ出す者が出る。そういう事さ。逃げたあの男は、内では分かっているのさ。逃げてもどうにもならない事を。逃げる先なんか無い事を。」
「店のおやじさんも知っているのかな。」
「ああ。ザルケスタンで暮らしている者は、大概 事情を理解している。それだけ、逃げて来る男が多いって事さ。」
「そうなんだ…助けても無駄 だって事だね。」
「うーん、男の為 になるとは言えないね。」
「じゃあ、僕が悪い人だって思った奴 は、逃げた人を岩塩鉱山に戻すのが仕事なんだ。」
「今回はそうさ。でも、アルジがその前に見た仕事はまた別の仕事の様 だね。どっちにしても、あいつは岩塩鉱山に人を駆 り立てる番犬の役割をしているって訳 さ。」
老人は、わざとあざとい言い方をした。
「番犬…牧場主の代わりに羊を追い立てている感じかな。」
「ヒャヒャヒャ、ああ良い表現だ。そう、番犬と言うより、牧羊犬 だね。主人の顔色を窺 う犬は、命じられた目的を実行するためなら、いくらでも冷酷 になれる。主人は目的を命じただけで、やり方は犬が勝手に決めた事だと思い込む。主人も犬もお互い責任は自分に無いと思っている。誰かの責任にして自分を納得させられれば、人間はどんな残酷 な事も成 し遂 げられるもんだ。…そうなると、主人がどんな奴等 か気にならないかい?」
「主人?昨日、ドーゼル爺 さんと会った時に見た馬車の人達?別に。気にならないけど。」
「やっぱり頭が良いね。それなら良い。気にしない方が良い。真 っ直 ぐなアルジが一人前のトルドーになるのには関係の無い事だから。」老人は1人で勝手に頷 く。「アルジ、空を見上げてごらん。」
老人は自 らも空を見上げている。言われて見上げたアルジの眼に左右の建物で切り取られた細長い青空が広がっている。
「雲1つ無い、あの空のどこかに光の差さない暗い陰 があると言ったら、アルジは信じられるかい?」
アルジには老人が言いたい事が分からない。黙って空を見上げ続けている。
「底抜けに明るい空に隠れた陰 があっても、眩 しくて見付けられない。不思議じゃないさ。たとえその存在を知らなくても何の不都合も無い。自分の人生を不自由なく暮らしていける。でも、もし本当に見えない陰があるとしたら。そして、その陰が見えるかも知れないとなったら。アルジ、お前はその陰を見ようとするかい?」
「何だか分からないけど、本当にそんな物があるなら、見てみたいと思うよ。」
「もしかしたら、それがアルジをもっと幸福にするかも知れないし、或 いは酷 い不幸にするかも知れない。唯一 断言できるのは、知らなかった時とはきっと違う人生になるって事さ。見ようとするかどうかは、アルジが決める事だ。」
アルジは答えなかった。そんなもんあるのかな?陽 が傾 いて青さを増した、自 らの頭上に広がる青空にはそんな気配はまるで無い。
老人は歩みを止める。アルジは、今度は何かと老人を見遣 る。老人は前方を指さした。
「ほら、このまま行けばギルドだ。見えるだろ。ここでお別れだ。今日は楽しかった。これから先も気を付けてな。」
アルジの目にも石造りの支部の建物が見える。
「うん。ドーゼル爺さんも元気で。」
アルジは意識して元気良く挨拶 する。
「ああ、そうだ。今日私と会った事は、メキリオには黙っていた方が良い。」
老人はそう言うと、アルジが歩き出すよりも早く、今来た道を戻って行った。
「いいか、
メキリオはアルジを
「ああ、分かった。」
自由に
「道に迷うなよ。」
メキリオの言葉が終わらない内に、アルジは部屋を飛び出した。広間のソルキーヌの前は「行ってきます。」と静かに
やっぱり、太陽の下で動いているのが僕だ。
最初は昨日行った岩塩市場に行こうと思っていたが、行き
良い
お店じゃないや。
アルジの動きは
「どうしたんだい。」
背後からの声に、アルジは振り返る。
「…なんだ、昨日の
「お腹が減っちゃったんだけど、どこか食べられる所を知りませんか?」
アルジは、昨日会ったばかりの老人にできるだけ
「そうか、腹が減ったのかい。…よし、案内してあげよう。」
老人はくるりと背中を向けると、手振りで付いてくるように合図する。2人は並んで
「アルジはトルドーかい。」
「うん。ドーゼルさんもトルドーじゃないですか?」
「ほう、どうしてそう思う?」
「バンダナをしていないし…」
「バンダナをしていないのなら、オーベル人も同じだ。」
「トルディア商会の…ギルドのマザーが同じ
ドーゼルは、自分の横を歩くアルジを見下ろして
「アルジは頭が良いな。大切な事だ。」
「トルドーなんですか?何を扱っているんですか?やっぱり、
「ザルケスタンは
「ドーゼルさんは
「私の事は、『
「なんだ。でも、スオウさんとも知り合いなんですね。やっぱりトルドーだ。」
「…どうだ、ここにしようか。」
ドーゼルは、焼いた鶏肉の絵の
「ドーゼルさん、
アルジは口一杯に
「
アルジの後から来たドーゼルは、アルジの腕を
「いえ、会ったばっかりの人にそこまでしてもらってもお礼ができません。」
「
「ザルケスタンはどうだい?」
鶏を
「うん、
「そうか。そりゃ、いい出会いをしたな。」
アルジは一つ、気になっている事を
「えーと、ドーゼルさん。」
「『
「じゃあ、ドーゼル
「アルジは、メキリオに付いて修行をしているんだろ。あの男の
「ねえ、メキリオさんってどんな人?」
アルジは食欲が満たされてくると、話にのめり込む。
「なんだ、一緒に居て分らんのか?」
「うん、何だかね。あんまり
「ほう。…あいつは、今まで長い間、1人で旅をしてきた。喋らないのが身に
「スオウさんも1人で商売しているけど、
「ははは、スオウはこの街に家がある。女房、子供と暮らしておるからな。」老人は楽し
「メキリオはみなしごだった。」
老人はテーブルの表面を見つめている。
この
アルジは
「僕も親がいない。」
アルジの口から何のためらいも無く言葉が出た。どうせ、黙っていてもこの爺さんは分かっている。そうして、こっちがどうするかで人を
「
ドーゼルは顔中の
「ドーゼル爺さんは
アルジの切り替えしを受けて、老人はのけ
「こりゃ、私の負けだ。アルジは一人前のトルドーだ。」
アルジは楽しそうに笑う老人を
「メキリオはもっと陽気な男だった。」笑う事に満足すると、老人は勝手に語り出す。「そうさ、アルジ、今のお前の様に活気
「じゃあ、何で今の
「さあなぁ…そこまでは知らん。気付いたら今のメキリオになっていた。」
ドーゼルはもぞもぞと
「ふうん…じゃあ、僕もあんな
口に出さないが、何だか
「そうとは限らんだろう。アルジは、どんなトルドーになりたい?」
「んー、まだ何とも。…これから、修行する中で決めていく。ただ、早く一人前になりたい。自分で何でも決められるように早くなりたい。」
今日、こうして街を歩いた
「メキリオと一緒の旅は
「そうじゃないよ。親切に教えてくれるし、僕の商売の
「そうか。あいつはそんな
突然、男が1人、開け放たれた店の入り口から転げ込む。アルジは入り口を背に座っていたから、激しい物音と男の
男に気付いた店主が
「さあ、仕事の
太い腕で男の腕を握り、強引に立たせようとする。
「済まない、
日に焼けた男は、重い
「冗談じゃない。関わるのは
店主は男を店の外へ引き
同じサニキス人なのになんて冷たいんだ。
声を上げようとしたアルジの腕をドーゼルが引っ張る。アルジが振り返ると、黙って首を横に振る。
「でも…」
腕をつかむ手に
「いやあ、ご迷惑をお掛けしてすいません。」
あの男だ。ピューラの町で言い
「さあ、戻りますよ。これ以上手間がかかると、何があっても私は保証できないから。」
大男は路上の男の腕を
「アルジ、そろそろ帰ろう。ギルドに戻るんだろ。送っていくよ。」
老人は残っていた酒を一気に
帰りの道すがら、アルジは怒っていた。
「あいつは悪い
アルジは老人に止められた
「アルジの言う
「きっと、逆らえない何かがあるんだ。前の町で見た時も、男の人達はあいつに
話している内に、だんだん怒りが増してくる。
「確かに
「そりゃ、
「アルジは
「ドーゼル
アルジは、ファイティングボーズを取ると、右の
「おおう、
「…あの店のおやじさんだって冷たいよ。同じサニキス人が困っているのに、放り出しちゃうなんてさ。」
「うむ、冷たい。でも、冷たくしなければならない事情もあると思わないかい?あそこで男を助けたら、
いちいち反論する老人に最初は
「ドーゼル
老人は
「あー、そうだなぁ。少しは事情が分かっている。だから、アルジの
「店のおやじさんも知っているのかな。」
「ああ。ザルケスタンで暮らしている者は、
「そうなんだ…助けても
「うーん、男の
「じゃあ、僕が悪い人だって思った
「今回はそうさ。でも、アルジがその前に見た仕事はまた別の仕事の
老人は、わざとあざとい言い方をした。
「番犬…牧場主の代わりに羊を追い立てている感じかな。」
「ヒャヒャヒャ、ああ良い表現だ。そう、番犬と言うより、
「主人?昨日、ドーゼル
「やっぱり頭が良いね。それなら良い。気にしない方が良い。
老人は
「雲1つ無い、あの空のどこかに光の差さない暗い
アルジには老人が言いたい事が分からない。黙って空を見上げ続けている。
「底抜けに明るい空に隠れた
「何だか分からないけど、本当にそんな物があるなら、見てみたいと思うよ。」
「もしかしたら、それがアルジをもっと幸福にするかも知れないし、
アルジは答えなかった。そんなもんあるのかな?
老人は歩みを止める。アルジは、今度は何かと老人を
「ほら、このまま行けばギルドだ。見えるだろ。ここでお別れだ。今日は楽しかった。これから先も気を付けてな。」
アルジの目にも石造りの支部の建物が見える。
「うん。ドーゼル爺さんも元気で。」
アルジは意識して元気良く
「ああ、そうだ。今日私と会った事は、メキリオには黙っていた方が良い。」
老人はそう言うと、アルジが歩き出すよりも早く、今来た道を戻って行った。