再会
文字数 6,091文字
石造りの回廊 に囲まれた中庭は、緑濃い草がくるぶし程 の丈 に密生している。南面にある背の高い塔によって、丁度 午後の太陽が隠れ、一面日陰 になった中庭を涼 やかな風が時折 吹 き抜けていく。アルジはその中庭の片隅 に立ち、水色の空をカギになって渡って行く白い鳥達 を見上げていた。彼の黒と言うよりは茶色が強い瞳 は、淀 んだ空気など未 だ知らない。遊びの邪魔 にならない様 に、不揃 いに短く切られた茶色の髪を、涼やかな風が撫 でて行く。15の誕生日を迎えた頃から手足が急に伸び始め、着慣 れた無地の麻服が窮屈 になり始めているが、白い肌に薄っすらと赤みを帯びた丸い頬は、彼がまだ、たおやかな少年に過ぎない事を告げている。
アルジは無心に見上げる。雲がまばらな遥 か上空の澄 んだ空気の中を、鳥達は盛んに翼 を羽ばたかせて、真 っ直 ぐに北を目指している。
ふと、彼は不思議に思った。何故 、あの鳥達は渡って行くのだろう。目指す地は国境を越えた遥 か北の、針葉樹に囲まれた名も知らない湖の畔 だろう。そこで雛 を育 むのなら、ずっとそこで暮らしていたら良い筈 なのに。冬は雪に覆 われ、飢 えと寒さに耐 えられないなら、南の越冬地に留 まり続ける訳 にいかないのだろうか。あんなにも必死に翼を動かして、空気の薄い上空で息苦しい思いをしてまで、何故 鳥達は身の危険を顧 みずに北を目指すのだろう。
「アルジ、親父さんが呼んでるぞ。」
回廊 に顔を覗 かせた遊び仲間のカペルが何やら悪戯 でもしたい表情でアルジを見ている。アルジは呼ばれるままに、カペルの方に向けて草を踏んで歩を進める。
「何だ?何やらかしたんだ?」
カペルは冷やかす気満々だ。
「何もしていない。」
この前叱 られたのだって、元々お前がやろうって言い出したんじゃないか。
カペルの脇 を通り過ぎながら返事をしたが、後半の不満は口にせず、胸の内にもう一度飲み込んだ。
長い廊下 を広間に向かって足早 に歩く。もうカペルは追って来ない。あんな口調 で脅 かしておきながら、実は大した事じゃないと分かっているに違いない。それでも、アルジは時々振り返っては、カペルの姿が柱の陰 やドアの隙間 から覗 いていないか確かめずにはいられなかった。
アルジがトルディア商会本部の大広間に入って行った時、2人の男が立って会話していた。1人は商会の会長のシェバリク。アルジには背を向ける形で立っていて、禿 げた頭頂部と後頭部に帯状 に残る白髪 が見える。背の低いシェバリク会長の頭越しに対面する男の顔が見え、いきなり視線が合った。頬 がこけたその顔は、薄暗い広間の中でも日に焼けているのが分かり、見つめる両目は、眉間 の皺 と相俟 って、抜け目ない鋭 さを持っている。勢いよく広間に入って来たアルジはその視線に出会って足が止まった。
「おお、こっちへ来い。」
対面する男の視線の変化に気付いて、シェバリクは振り返る。そこにアルジの姿を認めて手招 きする。アルジは何か近寄 り難 いものを肌 で感じながらも、恐 る恐る彼等 の元に近づいて行った。
「アルジだ。」
アルジが傍 に来るとシェバリクは、彼の背中に手を回して男の方に押し出しながら紹介 する。
「メキリオ君だ。」
空 いているもう一方の手を男に向けてアルジに紹介する。メキリオと紹介された男は、アルジが広間に現れた時から、ずっと彼の事を見つめている。なんだか怖 い気がして、上目遣 いにアルジは彼の様子を窺 った。
「こんにちは。」
低いメキリオの声はその容貌 から想像できない程 柔らかい響 きで降ってきた。アルジが少し驚いて見上げる様子を、メキリオは笑顔で見下ろしている。
「ほら、返事はどうした。…前から話しておいた、商人としての修業の話だ。このメキリオ君がお前の指導をしてくれる。彼に付いて旅をしながら、商売人として必要な知識を身に付けて腕を磨 くんだ。」
シェバリクがアルジに説明している間、アルジはメキリオの風体 に気を取られていた。長身の体を麻服 の上下で包み、縁 がボロボロになった麦わら帽子を手に持っている。これをいつも被 っているのだろう。服は染めていない麻 の色そのままで、皺 になり易 い麻は着古 されてクタクタになっている。メキリオの冷たい目とは不釣 り合いな、こんな風采 の上がらない姿でもきっと本人は気にならないのだろう。
「おい、聞いているのか?返事はどうした。」
シェバリクは背中に回した腕でアルジを叩 く。
「はい。」
慌 ててシェバリクを見て返事をすると、メキリオが鼻で笑う。
「さあ、自分の部屋に行って旅の支度 をして来い。一旦 ここを出たら、一人前になるまで自分の部屋は持てないぞ。ここのお前の部屋は無くしてしまうから、戻ろうなんて女々 しい考えは間違っても持つんじゃないぞ。」
状況が理解し切れない内に追い立てられて、アルジは自分の部屋に向けて小走 りにその場を後にした。
自分の部屋に行くと、カペルが居た。狭い部屋の中で何をするでもなく、ぶらぶらしている。
「どうだった?親父さんに何を言われた?」
カペルはにやにやしながら、入って来たアルジに声を掛ける。大方 、大広間での様子をどこかで盗み見してから先回りして、ここでアルジを待ち構 えていたのに違いない。
「お前と遊ぶのも今日が最後だ。」
麻袋 を持ち上げて、自分の持ち物を放り込みながら、アルジはカペルを見ずに言う。こんなに揶揄 われると、会わなくなるのが有難 い気分になってくる。
「何それ?絶交 だって事?僕が何か悪い事でもしたか?」
アルジは軽く溜息 をつくと、カペルを振り返る。
「そうじゃない。僕は修業に出るんだ。一人前のトルドーになるためにね。」
「修業って、どこに行くんだ。そんな話聞いた事ないぞ。」
カペルは寄りかかっていた壁から身を離すと、アルジに近付きながら声量を上げて喚 く。
そうか、カペルは知らなかったのか。
アルジは物心 つく前からシェバリクに事ある毎 に告げられていた。お前は15歳になったら、ここを出てトルドーになる修業の旅をするんだと…。だから、トルディア商会本部に居るみなしごは皆、そう言われていると勝手に思い込んでいた。カペルはまだ14だが、あと1年で修業に出る歳 になるのなら、それを知らない訳 がない。15になったら修業に出るのは、きっとアルジだけに決められた約束なのだ。何か嫌 な気持ちが一瞬アルジの心をよぎる。
「あのな、先輩のトルドーに付いて歩いて、商売の仕方 を習うんだ。修業が済めば、トルドーとして物を売買する仕事に就 く。自分で稼 いだ金で生きていくんだ。」
カペルの眼を見て、噛 んで含める様 に話して聞かす。
「なんでお前だけなんだよ。僕の方が商売の駆 け引きなら上手 い筈 だ。」
「そのうち、カペルにもその日が来るさ。」
「そんな事は分かってる。慰 めているつもりかよ。急に出てっちゃうなんて、ずるいぞ。」
「僕も知らなかったんだ。さっき、親父さんに言われたばかりだよ。」
一瞬、カペルは悔 しそうな眼でアルジを睨 んだ。ボール遊びでアルジに負けた時に見せる表情そのままだ。
「畜生 、ずるいぞ。」
捨て台詞 にならない言葉を残して、カペルは部屋を飛び出して行った。
仕方 がない。
アルジはもう一度溜息 をつくと、麻袋 に荷物を詰める作業に戻る。粗方 思いつくだけの荷物を詰め終わると、袋の口を紐 で縛 って自分のベッドの上に置く。ベッド脇 の壁に打ち付けられた釘 に掛けた青い石のネックレスに、徐 に手を伸ばして取り上げる。そのまま両手を掲 げて、青い石を太陽の光にかざして眺 める。石を通り抜けた青い太陽光を自分の目で確認してから、丁寧 に自分の首に掛けた。
「アルジ、まだか。」
遠くでシェバリクの声がしている。アルジは部屋を飛び出し大広間に向けて駆 け出す。大広間に辿 り着けば、シェバリクとメキリオが、さっきの場所に立って雑談している。
「会長、お待たせしました。」
バタバタと足音を大袈裟 に大広間中反響 させながら、シェバリクの元を目指す。
「私じゃない、メキリオさんに言え。これから、お前が師事 する人だぞ。」
「会長、そんな立派 な者じゃないですよ。」
メキリオは半分笑っている。
「そんな事は無い。最初が肝心 だ。舐 められるぞ。」
今度は、メキリオを振り向いて、シェバリクが意見する。
「お前は、そんな奴 なのか?」
メキリオは駆 け寄って来たアルジを見下ろして笑いかける。アルジにはどう答えて良いか分からない。はいと言えば不遜 な様 だし、違うと言えば猫を被 っていると取られるだろう。
「良いか、アルジ、こっちを向け。」
答えに窮 してメキリオを見上げているアルジの肩に手を掛けて、シェバリクは自分の方を向かせると、顔を間近 まで突き出す。
「今日からメキリオさんが、お前の師匠 だ。メキリオさんが言う事に何でも従うんだ。分かっているな。」
「はい。分かっています。」
「毛布は持ったか?」アルジの麻袋 を取り上げ、紐 をほどいて中を覗 く。「何だガラクタばかりじゃないか。何しに行くつもりだったんだ。カトウ!おい、カトウ!」今度は顔を上げ、皺枯 れた大声で従者を呼び散らす。それが済めば、またアルジの世話 をやく。「野宿 は当たり前だぞ。着替えはあるのか?え?」
「会長、お呼びで?」
大広間に小柄 な縮 れ毛の男が姿を現 す。
「ああ、カトウ。毛布を1枚、革 のベルトで縛 って持って来てくれ。」
「はい。」
「…ああ、それと。」
指示を実行しに行きかけたカトウは、立ち止まって振り向く。
「昼の弁当を2人分包んで持ってきてくれ。」
「…どんな料理がご所望 で?」
「そんなもん、選べる程 いろいろ無いだろ。旅先の道端 で食える様 な物だ。パンに挟 んで作って来い。…ああ、お前じゃなく、料理人に作らせろ。」
「はい、分かりました。」
カトウが姿を消すと、シェバリクはまたアルジに向き直 った。
「良いか、我々トルドーはオーベルにもサニキスにも与 さず自 らを律する…」
「会長、それはもう知っています。」
アルジが臆 せずに口を挟む。
「ん?馬鹿者、今まで館の中でのほほんと暮らしていては、単なる知識に過ぎん。これからは肝 に銘 じて行動しないと、身を危 うくする事になるぞ。」
「会長、その辺は、私が旅の中で教えていきます。」
今度はメキリオが口を挟む。
「あ?ああ、そうだな。この先は君に任せよう。」
漸 くシェバリクがアルジを解放する。
「アルジ、その胸の石はなんだ?」
低いが柔らかいメキリオの声だ。アルジは自分の胸元を見下ろし、そこに吊 り下がっている石を持ち上げて、メキリオに確認する。メキリオは黙って頷 く。
「形見 です。母の形見だと聞いています。」
「そうか。大事にするんだ。お前が何者であるかは、きっと、その石が知っている。」
「全 く、カトウは何をぐずぐずしているんだ。」
ついさっき命じたばかりなのに、もうシェバリクは待ち切れなくなっている。今始まった事じゃないが、せっかちな性格にトルディア商会の雇人達 はいつも振り回されている。
「カトウ!カトウ!どうなった!」
シェバリクは喚 きながら、大広間をカトウが消えた通路に向かって歩き出す。
「はい、はい。お待たせしました。」
シェバリクが大広間から抜け出してカトウを捜 しに行く前に、簀巻 きにした毛布を持ったカトウが現れ、すんでのところでシェバリクの怒りを回避する。
「できたか。」
カトウから毛布を取り上げ、アルジの傍 まで戻って来て差し出す。間髪 を入れず2つの包みを抱 えた料理人も大広間に現れる。
「さあ、これで良いだろう。もう、お前にしてやれる事は無い。立派 なトルドーになるんだぞ。」
シェバリクはアルジの両の二の腕をポンポンと叩 く。
「さあ、行こうか。」
メキリオが先に立って出口に向けて歩き出す。アルジは麻袋 を肩に掛け、毛布、2つの弁当の包みを両腕に抱えて後から付いて行く。
玄関を出て、本部の建物の脇 にある、大きな納屋 に囲まれた広場でメキリオの馬車に荷物を載せた。馬車は1頭立て。カーベルという名の馬は野太 い四つ脚で、とても早く走れる様 には見えないが、どんな悪路でも坂でも力強い牽引力 を発揮 してくれそうだ。艶 を失った黒鹿毛 は荷役馬 の悲哀 を感じさせるが、力強い肉体とは対照的 な優 しい目には、メキリオとの強い信頼が宿 っている。ワゴンは針葉樹の木材で組まれた簡単な作りで、幌 を掛けるための太めの針金 が何本もアーチを成 している。トルディア商会本部があるカルー辺 りは雨が滅多 に降らないため、幌 を張る必要は無い。幌になると思 しき土埃 にまみれた帆布 は荷台の隅 に丸めて縛 り付けられてある。
「アルジ!」
馬車の周 りでメキリオから馬車の操作と手入れについて説明を受けている最中に、自分を呼ぶ声を聞いて振り返る。余裕 のない表情でカペルが納屋 の柱の脇 に立っている。アルジはカペルの次の言葉を待っていたが、何か言いたげな気配だけ漂 わせて突 っ立っている。仕方 なく、アルジはカペルの傍 に寄って行った。
「なんだよ。本当に行っちゃうのかよ。」
「さっきも言ったろ。僕等 はみんな、修業をしてトルドーになるんだよ。」
高々 1歳年上なだけで、昨日まで同じ目線で遊んでいた筈 なのに、何だか妙 に大人になった気がする。
「どこへ行くんだ?」
「さあ…。商売の旅だ。国中を巡 る事になるかも知れない。」
「また、カルーにも来るのか?」
「多分 。少なくとも、僕が一人前になったら、挨拶 に寄るさ。」
「そんなの、ずっと先じゃないか。その時には、僕だって修業をしていて、ここには居ない。」
「そうだな。ここで会うよりも、どこかの町で互いに商売の途中で出会 うのかも知れない。」
アルジは少し微笑 んだ。何故 かとても良い気分だ。
「僕が立派 になっていても、見間違 えるなよ。」
強がるカペルの眼 に涙が溜 まっている。
「ああ、僕の事も覚えていてくれよ。」
アルジは静かに答えると、右手を差し出す。カペルは引きつった呼吸をしながら、暫 くその手を見つめていたが、諦 めて右手で握 り締 めた。カペルの手はこんなにも小さく、赤く、柔らかだっただろうか。土埃 と垢 にまみれた彼の右手を見て、ちゃんと洗えよと言いかけて飲み込む。我慢 しきれずに泣きじゃくり始めたカペルから逃げる様 に背中を向けると、馬車の元に小走りで向かう。
「すいません、お待たせしました。」
馬の背に手を掛けて2人の様子を見ていたメキリオに頭を下げる。
「ああ、良いさ…じゃあ、馬車に乗って出掛けよう。」
アルジが御者台 に乗るのを手伝 った後、反対側に回ってメキリオも御者台に上がり、手綱 を手に持つ。慣れた捌 きでブレーキを外 し、馬に合図を送ると、馬車は表の道目掛 けて走り出す。自分が宙に浮いたような感覚に襲 われながら、何もしなくても動く周囲の景色を高い視線から見回し、アルジは自分の運命が大きな音を立てて動き出した事に興奮 していた。
馬車が道に出て曲がる時、アルジはカペルを思い出して振り返った。カペルはさっきと同じ納屋 の柱の傍 らで、出て行く馬車を見送っている。砂埃 が舞い、その表情は定 かでない。きっとボロボロと泣いているに違いない。
僕は違う。
アルジは前を向き直すと、背筋を伸ばした。
アルジは無心に見上げる。雲がまばらな
ふと、彼は不思議に思った。
「アルジ、親父さんが呼んでるぞ。」
「何だ?何やらかしたんだ?」
カペルは冷やかす気満々だ。
「何もしていない。」
この前
カペルの
長い
アルジがトルディア商会本部の大広間に入って行った時、2人の男が立って会話していた。1人は商会の会長のシェバリク。アルジには背を向ける形で立っていて、
「おお、こっちへ来い。」
対面する男の視線の変化に気付いて、シェバリクは振り返る。そこにアルジの姿を認めて
「アルジだ。」
アルジが
「メキリオ君だ。」
「こんにちは。」
低いメキリオの声はその
「ほら、返事はどうした。…前から話しておいた、商人としての修業の話だ。このメキリオ君がお前の指導をしてくれる。彼に付いて旅をしながら、商売人として必要な知識を身に付けて腕を
シェバリクがアルジに説明している間、アルジはメキリオの
「おい、聞いているのか?返事はどうした。」
シェバリクは背中に回した腕でアルジを
「はい。」
「さあ、自分の部屋に行って旅の
状況が理解し切れない内に追い立てられて、アルジは自分の部屋に向けて
自分の部屋に行くと、カペルが居た。狭い部屋の中で何をするでもなく、ぶらぶらしている。
「どうだった?親父さんに何を言われた?」
カペルはにやにやしながら、入って来たアルジに声を掛ける。
「お前と遊ぶのも今日が最後だ。」
「何それ?
アルジは軽く
「そうじゃない。僕は修業に出るんだ。一人前のトルドーになるためにね。」
「修業って、どこに行くんだ。そんな話聞いた事ないぞ。」
カペルは寄りかかっていた壁から身を離すと、アルジに近付きながら声量を上げて
そうか、カペルは知らなかったのか。
アルジは
「あのな、先輩のトルドーに付いて歩いて、商売の
カペルの眼を見て、
「なんでお前だけなんだよ。僕の方が商売の
「そのうち、カペルにもその日が来るさ。」
「そんな事は分かってる。
「僕も知らなかったんだ。さっき、親父さんに言われたばかりだよ。」
一瞬、カペルは
「
捨て
アルジはもう一度
「アルジ、まだか。」
遠くでシェバリクの声がしている。アルジは部屋を飛び出し大広間に向けて
「会長、お待たせしました。」
バタバタと足音を
「私じゃない、メキリオさんに言え。これから、お前が
「会長、そんな
メキリオは半分笑っている。
「そんな事は無い。最初が
今度は、メキリオを振り向いて、シェバリクが意見する。
「お前は、そんな
メキリオは
「良いか、アルジ、こっちを向け。」
答えに
「今日からメキリオさんが、お前の
「はい。分かっています。」
「毛布は持ったか?」アルジの
「会長、お呼びで?」
大広間に
「ああ、カトウ。毛布を1枚、
「はい。」
「…ああ、それと。」
指示を実行しに行きかけたカトウは、立ち止まって振り向く。
「昼の弁当を2人分包んで持ってきてくれ。」
「…どんな料理がご
「そんなもん、選べる
「はい、分かりました。」
カトウが姿を消すと、シェバリクはまたアルジに向き
「良いか、我々トルドーはオーベルにもサニキスにも
「会長、それはもう知っています。」
アルジが
「ん?馬鹿者、今まで館の中でのほほんと暮らしていては、単なる知識に過ぎん。これからは
「会長、その辺は、私が旅の中で教えていきます。」
今度はメキリオが口を挟む。
「あ?ああ、そうだな。この先は君に任せよう。」
「アルジ、その胸の石はなんだ?」
低いが柔らかいメキリオの声だ。アルジは自分の胸元を見下ろし、そこに
「
「そうか。大事にするんだ。お前が何者であるかは、きっと、その石が知っている。」
「
ついさっき命じたばかりなのに、もうシェバリクは待ち切れなくなっている。今始まった事じゃないが、せっかちな性格にトルディア商会の
「カトウ!カトウ!どうなった!」
シェバリクは
「はい、はい。お待たせしました。」
シェバリクが大広間から抜け出してカトウを
「できたか。」
カトウから毛布を取り上げ、アルジの
「さあ、これで良いだろう。もう、お前にしてやれる事は無い。
シェバリクはアルジの両の二の腕をポンポンと
「さあ、行こうか。」
メキリオが先に立って出口に向けて歩き出す。アルジは
玄関を出て、本部の建物の
「アルジ!」
馬車の
「なんだよ。本当に行っちゃうのかよ。」
「さっきも言ったろ。
「どこへ行くんだ?」
「さあ…。商売の旅だ。国中を
「また、カルーにも来るのか?」
「
「そんなの、ずっと先じゃないか。その時には、僕だって修業をしていて、ここには居ない。」
「そうだな。ここで会うよりも、どこかの町で互いに商売の途中で
アルジは少し
「僕が
強がるカペルの
「ああ、僕の事も覚えていてくれよ。」
アルジは静かに答えると、右手を差し出す。カペルは引きつった呼吸をしながら、
「すいません、お待たせしました。」
馬の背に手を掛けて2人の様子を見ていたメキリオに頭を下げる。
「ああ、良いさ…じゃあ、馬車に乗って出掛けよう。」
アルジが
馬車が道に出て曲がる時、アルジはカペルを思い出して振り返った。カペルはさっきと同じ
僕は違う。
アルジは前を向き直すと、背筋を伸ばした。