第3話

文字数 1,427文字

 結論から言うと、宮島 たえ乃さんに関する情報は、何一つ得られなかった。
 友達が多い雅樹のことだから、ひょっとして、と淡い期待を抱いていたことは正直否めない。だけど、求める情報が有名人のものというわけではなく、一般人のものとあっては、そんなものなのかもしれない。

「残念だったね」
 再び集まった実家の居間で、雅樹からの報告を聞いたあと、隣に座る彼への労いの意味も込めて、わたしは言った。
「まぁ、しかたないよな。やれるだけのことはやったんだし、胸が痛い情報を知ったかもしれないことを考えれば、これでよかったとも思うよ」
「そうだね」
 わたしは口角を上げる。そういう弟の考え方が、わたしは好きだ。
「手紙、どうしようか」
 テーブルの真ん中には、例の手紙が置かれている。それを凝視して言ったわたしの問いかけに、母親が答えた。
「お父さんが言ったように、捨ててもいいかもね」
「捨てるんだったら、読んでもいいんじゃないかな」
 雅樹が封筒に手を伸ばす。
「えぇ? いいのかな」
「宮島さんについて、何かわかるかも」
「それもそうね。無口なおじいちゃんだったし、大事な内容を残していったんだとしたら、見過ごすわけにもいかないし。ちょっと待って、ハサミ」
 同意した母親が、手紙の封を開けるための道具を取りに、席を立った。
 わたしは祈るように指を組む。
「やばい。本当に、おばあちゃんへの裏切りの言葉が並んでいたらと思うと、心臓バクバクなんだけど」
「あはは。まさか」

『宮島 たえ乃様

 御無沙汰しております。いかが御過ごしでしょうか。
 長らく秘めてきた自分の想いを、こうして貴方様にお伝えする事を、どうかお許し願いたい。
 あの日、貴方様と出会わなければ、私は一人息子が連れてきた女性を受け入れる事ができず、今頃孤独の中に居た事でしょう。
 他人に私の家を仕切られてたまるかという思いでおりましたが、彼女は、私に宝物を授けてくれた。孫です。女の子が一人、男の子も一人です。なんと可愛いのだ! 私は彼らが産まれた時、胸の中で狂喜し泣きました。
 また迷ったなら、運を天に任せれば良いと貴方様に戴いたコインは、今後出番が無さそうです。愛おしい者を愛し、私は日々幸福です。
 本当に、有難うございました。』

 三人とも、その文面を見つめたまま、しばらく声が出せなかった。
 それは、お礼の手紙だった。おそらく、祖父自身も素性についてはほとんど知らない、たまたま通りすがりに話しただけの相手への。
「そういえば、おじいちゃん、加菜恵が産まれるまで、目も合わせてくれなかったけど。わたしが見ていないところで、泣く加菜絵をあやしてくれていたことがあったわ……」
 懐かしむトーンで、ポツリ、と母親が漏らした。目が潤んでいる。
「コイントスだ!」
 雅樹が声を上げた。何事かと思った。
「じいちゃんはこの宮島さんから、コイントスの仕方と、このコインを貰ったんだよ」
 熱く語る雅樹の指の先には、いつのまにか、あのコインが挟まれていた。
「コイントスって、表か裏が出るかで、物事を決めるやつ?」
「それそれ。だから、これは姉さんが持っているといい」
「わたし?」
 雅樹はコインを指で弾いて高く飛ばし、キャッチすると、わたしに差し出した。
「姉さんは、じいちゃん譲りで不器用だから。お守りにするといいんじゃないかな。きっと、じいちゃんを救ったように、姉さんを救ってくれるよ」
 わたしは肩から力が抜けたようにして笑ってから、それを受け取った。

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