第4話

文字数 881文字

「急に呼び出すなんて、珍しいな」
「ごめんね、祐介。仕事中に」

 平日のカフェは、昼時でも空いている。隣の席に品がいい老婦人と、離れた角の席に、小さな女の子を連れた若い母親がいるくらい。これなら、込み入った話も気兼ねなくできる。
「いいよ、どうせ外回りだし、少しくらい。何かあったのか?」
「あのね、ここらでスパッと決めようと思うの。結婚のこと」
 そう宣言すると、表情を強張らせた祐介だけど、わたしがおもむろにコインを取り出すと、今度は眉根を寄せた。
「わたし、不器用だから、いっぺんに複数のことはこなせない。このままだと、胃に穴があきそう。だから、会社を取るか、祐介を取るか、コイントスで決めようと思う」
 そこまで言って、戸惑う祐介の目の前で、コインを投げた。
「……お、おい!?」
 頭上でキラリと瞬いたコインは、重力に逆らわず、わたしの手の中に落下した。そのまま、ハンドバッグの中に入れる。
「え? 見ないのか? どっちなんだよ」
 まるでこの世の終わりみたいな情けない顔をして、祐介はうろたえる。それを見て、わたしは声を立てて笑ってしまった。
「いいんだよ。コインの表裏を確認しなくたって、もう決まっているの」
「え?」
 仕事を失ったとしても、祐介さえいてくれれば、なんとかなる。でも、祐介を失ったとしたら、きっと、わたしはだめだ。わたしと別れることになるかもしれないと慌てる祐介の顔を見て、再確認した。

 愛を得ることは、簡単じゃない。祖父に似て不器用なわたしは、今ここにある愛を、一つだけまっすぐに守らなければ。じゃないと、絶対に後悔する。

「祐介。わたし、祐介と同じ苗字になるよ」
「加菜恵……!」

 隣のテーブルから、ふふふ、と小さく漏らした笑みが聴こえた。老婦人が、優しい表情でこちらを見ていた。
「ごめんなさいね、聞き耳立てちゃって。あまりに微笑ましくて」
「あ……すみません、お騒がせして」
「いいの。なんだか懐かしいわ。コイントス、すごく昔に、怖い顔で悩んでいらした男性に教えてあげたことがあったわ」
「え? あの、それって。し、失礼ですが、お名前をお伺いしても?」


(fin)
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